(11)好きと言う言葉
電気を消し忘れた部屋は、二人を明るく迎えてくれた。
コタツも点けっぱなしだった。
恭子をコタツに座らせ、マサルは1時間ほど前に沸かしかけて止めたヤカンを
もう一度火にかけた。
そして、まだ冷えきっている体をコタツの中で温めている恭子を後ろから抱きしめた。
恭子は一瞬ビクッとしたが背中に伝わってくるマサルのぬくもりをそのまま受け入れた。
恭子は、自分を抱きしめているマサルの腕に力が加わったことに我慢していた涙が
こぼれた。
「ごめん…」 マサルが謝った。
「え?」
「すぐに追いかけなくて…ごめん」
「…ううん、いいの。だって、見つけてくれた…
マサル、私のこと、ちゃんと拾いに来てくれた…」
お湯が沸くまでマサルはずっと恭子を後ろから抱きしめていた。
お湯が沸き、台所に立ったマサルは、恭子に「好き」という言葉をいつ言おうか考えている。
マサルの性格だからなのか、貧乏者でも母性本能をくすぐられるのか、女性からの告白は幾度となくあったが、29歳になるいままで、自分から女性に「好き」という言葉を言ったことがない。
―――タ、タイミングがわからない…
大の男が緊張していた。
「暖まったら送っていくから、風呂でちゃんと温ったまれよ。
風邪引いてOL の仕事できなくなったら大変だからな」
マサルは、恭子の前にお湯を置き微笑んだ。
恭子はお湯の入ったマグカップを両手で包んだ。
「あ、あのさぁ。あのさぁ…」 コタツに入りながらマサルが口ごもる。
「んん?なぁに?」
恭子は返事をしながら、マサルが座っている後ろに詰まれていた原稿用紙の間に
雑誌が紛れているのに気が付いた。
マサルはまだ、「あのさぁ…」と言い続けている。
いったいいつまで「あのさぁ」を言い続けるのか、残念ながらその声は小さくなる一方だ。
恭子は、雑誌など買わないマサルにしていは珍しいと思い、一瞬「エロ本?」と思ったが原稿用紙の間からそれを抜き取った。
マサルは雑誌に伸びた恭子の手を見て「あっ」と小さい声だけたてて、顔をコタツの上に伏せた。
恭子はその雑誌を手に取ってチラッとマサルを見た。
美和から貰った雑誌の表紙は坂井恭香。
「・・・」 恭子は顔を伏せているマサルに
「いつから…知ってたの?」
静かに問いかけてみたが、マサルは伏せたまま何も言わない。
少しの沈黙のあと、恭子がもう一度聞いた。
「…マサル?ねぇ、いつから?」 まだ何も言わないマサルの肩を揺すると、
「グーグーグー…グー」 と、取って付けたようなイビキをかく。
恭子はそんなマサルが可笑しくなってクスクスと笑った。
マサルは自分の肩に置かれた恭子の手を掴み、少し顔を上げて恭子の目を見て言った。
「今、俺の前にいるのは女優の坂井恭香じゃなくて、OL の坂井恭子だから…
俺の好きなのは…坂井恭子だから。恭子が…好きだ」
赤い顔をしたマサルは、恭子の手を掴んだまま、またコタツに伏せた。
「うん…うん…」 恭子は笑顔で小さくうなずき、
初めて言われたマサルからの「好き」という言葉にうれしくて涙ぐんだ。
この日から恭子の携帯の中にあるメモリーは
「スガノ マサル」 「友達」 から
「スガノ マサル」 「大切な人」 に登録し直され、マサルは昇格した。
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