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健一は、初めてのタイ料理にトムヤンクンを選んだ。
辛さ以上に美味さを感じてしまい、今まで食べなかった事を後悔する。
第四話 突然の悲劇 その4(4)


それは、“トムヤンクン”世界三大スープのひとつであることは事前に調べていたのだが、
辛い料理が苦手な健一は、最初は食べるつもりはなかった。
しかし、今回、”居酒屋 源次“の店主の後押しがあったので、タイ料理の中でもっとも気になっていたこのトムヤンクンを食べてみることにした。

注文してから、しばらくはステージの演奏をぼんやりと聞きながら待っていた。
やがて、大きな土鍋に入っている“トムヤンクン”がテーブルの上に乗せられた。

トムヤンクンの赤いスープを一目見たときに、「どれだけ辛いのだろう。これは覚悟せねば」
と、思わず気合を入れる健一であった。
だが、実際に店員に小さな器にスープを注いでもらったときに、鼻に伝わってきた
トムヤムスープの香辛料とハーブの香りに、健一は思わず引き寄せられそうになった。

「この香りは、バンコクの街中にあふれている香りと同じようだ。
源次の店の人のいうように辛いだけじゃないのかも」健一が、そういいながら早速スープを口に運んだ瞬間!強烈な辛さを感じたが、同時にそれを上回るかのように香草のさわやかな香りとスープ本来の旨さを味わうことができた。

「これは辛いけどおいしい!」すっかりトムヤムスープのとりこになった健一は、次から次へとスープを口に運んでいき、気がついたときには見事なまでの完食。
気が付けば顔中は汗だらけになっていた。

健一はトムヤンクンを堪能後、帰り際に、“居酒屋 源次”に報告に向かった。
「先ほどタイ料理を食べてきました」「ほう、どうだったかい」嬉しそうな表情の健一を見て店主は、思わずニヤリと微笑む。
「トムヤンクンは確かに辛いけど、おいしかったです!思わず全部食べてきました」健一の感想に、店主も嬉しそうに「そりゃ良かった。タイ料理はもっといろいろあるからよ。でも明日帰国だったね」

「そうなんですよ。もっと早くタイ料理のことを知っていればと少し後悔しています」
健一は少し寂しそうにつぶやくと、店主は、元気一杯の声で、「青年、君はまだ若いからまたこっちに遊びにおいでよ。日本とタイは遠いようで通いだすと意外に近いんだぜ」

店主は話を続ける、「おれも青年よりは年をとっていたかな〜。
縁あってタイにきたらこの魅力にすっかりはまっちまってよ!
気がつけばこっちでこの店を出してからもう10年になるかなあ。
一応日本料理屋やっているけど、日本と違って、こっちは一年中暑いだろ、
暑さには辛いけどタイ料理が合うんだよ。

香草類もたくさん食べてるから、俺はもうすぐ50だけど、気力体力は40歳かな」

すると健一は、突然大きな声を張り上げて「僕は必ず戻ってきます。そのときはまたタイ料理を教えてください!!ちなみに僕の名前は大畑健一といいます」
「そうかい、健一君。おれは城山源次郎。常連のみんなは、『源さん』と呼んでくれているんだ。戻ってくるのを待っているぜ」
「はい、必ず。源さんありがとうございました」
健一は、今までのモヤモヤとした気分がきれいに晴れた気持ちで宿に戻った。

健一は、ある決意を胸に、日本への帰国の前に、あるところに立ち寄った。
それは、バンコクの中心部を流れるチャオプラヤー川のほとり。
バンコク到着2日目にして始めて見た健一は、様々な船の往来や対岸の建物の景色を何気なく見る事が大好きになり、この日も、見納めに、訪れるのだった。
「これで、気持ちは決まった。すぐに就職せず、もう少し大学に留まって研究を続けよう。
そして、もう一度家庭教師のバイトで稼いでタイに戻ってくるぞ!そして源さんにもっとタイ料理を教えてもらおう!」

健一が、川に向かって心の中で叫んだ。
本当は声を出したかったが、それができなかったのは、健一のいる所から10mほど横で、空手衣に身を包んだ、日本人の親子が、日本語の大きな掛け声を出しながら訓練をしていたからであった。
ちなみに、子供のほうは、まだ小学生にも入っていないくらい、小さいのであった。


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