カップルや家族連れが楽しんでいるのを見て、健一は過去の新婚旅行の頃を思い出すのだった。
新婚旅行の先はヨーロッパのイギリスであった。
第22話 忘れられない思い出と想い(22)
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4年前の1986年の7月。無事に長男泰男が誕生し、健一・千恵子3人の共同生活が落ち着き始めた。
翌87年6月には、正式に2人の挙式が行われた。当初は小規模で、双方の家族だけで行う予定であったが、アジア食文化協会(AFCA)の和本得男や野崎龍平、大串らタイ料理研究会(TFRA)のメンバーも多数駆けつけ、また福井真理の姿もあるのだった。
その2ヵ月後の8月に、健一と千恵子は泰男を、母・京子に預けて新婚旅行へ旅発った。
しかし、2人は、出発の1月くらい前まで、どの国に行くかで悩んでいた。
健一にとっては、どうしても城山源次郎や青木らタイ・バンコクでお世話になった方々に千恵子を紹介したかったので、バンコクには絶対行きたかった。
しかし、千恵子の希望は、まだ行った事のないヨーロッパあたりを希望しており、苦渋の結果、バンコク経由ヨーロッパ行きを計画。バンコクの滞在は2日間に絞られてしまった。
ヨーロッパのどの国に回ろうか、少し迷ったが、イギリスに行くことに決まったのには余り時間がかからなかった。
これは、英語であれば健一は問題なくしゃべることができたという、それだけの理由であり、その事には千恵子もあっさり賛同してくれた。
直行便もあるのに帰りにバンコクに立ち寄るため、あえて経由便を使用。
そのため行きは20時間近くかけてロンドンに到着。
さらに国内線を乗り継いで、マンチェスターの町に降り立った時には、2人とも身体のあちらこちらにコリと痛みが走ってしまった。
英語が話せる健一にとって、行動にはなんら支障はなかった。
若干英国式の英語は、健一が普段使い慣れている米国の物と違うものの、それほど意識することも無かった。
むしろギャップを感じたのは、その町並みのほうで、童話の世界に紛れ込んだかのような中・近世くらいの時代を思わせる石畳や伝統的な建物の数々を見ると、日本・中国やタイとのあまりもの違いを感じるのだった。
特に、マンチェスターから列車で1時間ほど移動した、“チェスター”と言う町は、中世の古い町並みが見事に残っていて、国が違うものの、かつて歴史を研究していた健一にとっては、非常に興味深い物であった。
途中で休憩しようと喫茶店のようなところに入ると大抵そこは、英国式のパブであった。ここでは“エール”と称される、冷えていないビールを販売していた。
「これがタイだと氷を入れてくれるんだけどね」健一がぶつぶつ言う傍らで、千恵子は「でも日本のビールとかと違って、味が濃いから、なんとなく日本酒のように少しずつ味わって飲むのがいいのかも」と味はまんざらでもないような表情で楽しんでいた。
2人が滞在中最も心が落ち着いたのは、
「チャイナタウン」の存在であった。
1歩中に入るだけで、急に“中国”に紛れ込んだかのような錯覚に陥った。
漢字のひしめく街中に、少し懐かしくなっていた中華料理の香りは、思わず食欲がそそられる。
思わず何も考えずに目の前の店で食事をしてしまうほどであった。
マンチェスターからは列車でロンドンに入り、有名な観光地を回りつつ、やはりここでもチャイナタウンに行って一息をついていたりしていた。
街中を歩いている途中、偶然にも一軒のあるお店を見つけると思わず立ち止まってしまった。
その店は正面に大きなタイ国旗をぶら下げていた、タイ・フードレストランのようであった。
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