健一の恩人青木が料理を食べに来たのを、必死に事情を説明する健一。だが、青木がしつこく食い下がるのを見て、横にいた福井が反論を開始した。
第19話 恩人の下で再出発 その3(19)
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こうして、青木と知り合った健一は、以後事あるごとに、青木と関わる機会が増えていった。
帰国後、頂いた辞書と発音の解説書で、毎日必死に勉強したおかげで、タイ文字こそまだ完全に理解できないものの、
元々英語が得意で、人に教えるほどのレベルだった事も有利に働き、
日常会話レベルのタイ語に関しては、ほぼ問題なくやり取りできる状況にまで理解することができた。
その他にも、日本でタイ料理を自分で作りたい一心で、思わず頂いた名刺を元に、青木貿易の事務所に電話をして、いきなり相談したこともあった。
それに対しても、青木は嫌がることも無く、快く現地の料理学校を紹介した。
健一は、そこで学んだ味を、城山源次郎の計らいで、“居酒屋 源次”で
試食会を行うことになった。
その時には青木を始め、オーケン土山や吉野一也ら“源次”で知り合った仲間が、健一の作った料理を味わってくれたのだった。
その後も、日本ではまだ入手が困難だった調味料や食材を送ってもらい、さらには千恵子との新婚旅行の帰りにバンコクに立ち寄った時でも、
タイ料理研究会(TFRA)の野崎たちと、“源次”で合流してくれたり・・・。
昨年、曼谷食堂を開業した際には、大きな花を送ってくれるなど、もはや健一にとって無くてはならない存在になっているのだった。
正に“恩人”ともいえる青木がわざわざ健一の店にまで来てくれたのだった。
健一は慌ててハンカチで涙をふき取るのだった。
「健一君、もちろんお話は知っています。
千恵子さんのことは私もショックですよ。
いや、バンコクの源次郎さんも、他のお客さんもみんなそうですよ」
青木も沈痛な表情で語った。
涙を拭き終えた健一は「ありがとうございます。
皆さんに、そんなによく思っていただいている千恵子もきっと空の上、
いやそうじゃ無いかもしれないけど...。
どっちにせよ間違いなく喜んでくれると思います。
ただ、この店は閉店することになったんです。今回のことのショックもありますが」と
、再び泣き出しそうな鼻声で青木に伝えた。
青木は少し驚きの表情を見せながら「ああ、そうなんですか。
あれだけタイ料理に力を入れていたのに残念ですね。
今日は楽しみに来ていましたから」
「ごめんなさい。今はどうしても作る気力が起きないんです」必死で謝る健一。
「健一君のその気持ちもわかるよ、でもTFRAの活動もやめてしまうの?」少し心配そうな青木に「それなら大丈夫です。僕の後輩の野崎が後を継ぎましたので」
「では、このお店でやっていたというTFRAの定例の研究会も別のところになるんですね」
青木の更なる問いに健一が答えにくそうにしているところに、それまで黙って聞いていた福井が大きな声で口を開いた。
「それはそのままよ!あっ申し遅れました。私は福井と言いまして、健一君にこの店を貸し出していました。これからはアジアンカフェになりますが、定例会はこれまで通り、ここでやってもらおうと思っています」
江戸っ子気質のような口調になった福井は、さらに語気を強める。「ところであなたは、貿易会社の社長さんでしたっけ?」
青木は福井に圧倒されつつ「あ、はい、青木と申します。
大畑健一君とはバンコクで知り合ってからというもの、いつも頑張っている姿を見て元気をもらっています」
「じゃあ、顔は広いわね。健一君の就職先とかいい所ないかしら?彼は普通に就職活動しても、うまく見つかるかどうかもわからないし、就職できたとしてもどうして
も中途採用になっちゃって何かと不利だと思うから。
どうせなら知り合いの紹介のほうがいいと思うんだけど」
福井がまくし立てるように言うと、青木の表情が急に穏やかになり、顎鬚をこすりながら
「それならぜひお願いしたいのです。健一君を私のところで預かりたいのですが」
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