シリョクケンサな恋心!?
恋心だって、
時には『キョウセイ』が必要です。
シリョクケンサな恋心!?
「おっはよっ♪」
「うわっ!?」
挨拶と共に、ぼやける視界。一瞬の事に怯んでいると、ピンぼけた校庭で彼女――映美が笑った。彼――和巳から奪った眼鏡を手にして。
「ちょ、返してよ映美っ!!」
「いーやよっ!! 悔しかったら取り戻してみなさい!!」
可愛らしく(被害者の和巳からすれば小悪魔にしか見えないが)舌を出し、走り出す映美。その姿を懸命に、しかし生まれたての小鹿のようによろめきながら、和巳は追い掛ける。
二人を知らない生徒は訝しげな表情を浮かべ、良く知る生徒はまたか、と苦笑を溢した。
和巳と映美。
二人は幼馴染みであり、そして恋仲でもあった。
◆◇◆
「……たく、本当にわからないよ……」
朝の騒動が終わり、昼休み。晴れ渡る空の下、屋上にて。不機嫌そうな和巳が、これまた不機嫌な表情で昼食のパンを頬張る。因みに、奪われた眼鏡は無事に彼の目元へと戻っていた。
そんな愚痴を耳にし、隣の友人は小さく笑う。
「ははっ、仲が良いみたいで何よりじゃんか」
「……毎朝あんな事されたら、いい加減嫌になるんだけど」
傍らのパックに手を伸ばし、じゅる、とイチゴジュースを吸い上げた。
「そういや、最近だっけか? 映美ちゃんがそんなイタズラしはじめたのって」
「うん。……昔はそんな事しなかったのに」
俯く和巳。そう、幼い頃からずっと一緒だった自分達。幼い頃から視力が弱く、眼鏡を付けていた自分。
昔から、その姿は見馴れている筈。しかし、何故か眼鏡を取るというイタズラが、今更映美の中で流行りだしたのだ。
ふむ、と考え込む友人。そしてふと、口を開いた。
「……映美ちゃんがイタズラしはじめたの、ひょっとしてお前と付き合い始めた頃じゃないのか?」
「…………」
じゅ。ジュースを吸い上げる音。その数秒後――。
「……そうかもしれない」
「やっぱりな!!」
ぱぁ、と顔を輝かせる友人に、理由がわからない和巳は反対に表情を曇らせた。
「……やっぱりって、何が?」
「何がって、わかんないのか?」
今度は苦笑いを溢しながら、徐に友人は眼鏡に手を伸ばす。そして――。
「わっ!? ちょ、ちょっと!!」
本日二回目、奪われた眼鏡とぼやける視界に面食らい、慌てて眼鏡奪還の為に手を伸ばした。引っくり返ったジュースやパンは、気にしてなんかいられない。
だが、それは友人によってあっさりと阻止。
「取り敢えず、落ち着いて話を聞けって。映美ちゃんのイタズラの理由を教えてやっから」
「……本当に?」
じとりとした瞳を向ければ、ぼやけた世界で頷く友人。それに渋々頷いて、抗う手を止めた。
「それで? 映美がイタズラする理由っていうのは?」
「ふっふー、それはな……」
「それは?」
「お前のその反応が楽しくてやってるんだ!!」
「………………」
沈黙。そして一言。
「いや、それは絶対に違う」
「なっ!? そんなすっぱり否定するなよ!!」
「いや、だって間違いは間違いだから」
「……」
「……?」
「……ひょっとして、試した?」
「? 反応しない事? うん、試してみたよ」
「……それで、今も続いてると」
「うん」
「………………そうか」
それを最後に、ふむと考え込む友人。眼鏡は、勿論彼の手元のまま。一つ溜め息を吐き、再び奪還の為に和巳は手を伸ばした。が、しかし――。
「あ、そういう事か」
またしても、すんでの所で遠ざけられる。
「ちょ、いい加減返してよ」
「あ、すまんすまん」
ニコリと笑い返された眼鏡を、ムスリとしながら受け取った。
「……で、今度は何がわかったの?」
眼鏡を掛け、クリアな世界の友人を軽く睨む。その視線を軽く流しながら、彼は理由を告げた。
「お前の顔だよ!!」
「………………反応の事ならさっき話したでしょ」
「や、違うって!! そうじゃなくて、お前の素顔だよ」
「……素顔?」
意味がわからず、和巳は怪訝な表情のまま首を傾げる。そんな彼に、友人は誇らしげに胸を張った。
「そうだよ、お前の素顔だよ!!癪だけど、お前眼鏡取るとイケメンだしさ」
「……そう、なのかな」
「絶対そうだって!! 自分で気付いてないだけでさ!!」
「……」
本当に、そうなのだろうか。小さく首を傾げる傍ら、友人は「そうに違いない」と言わんばかりに頷いた。
「で、物は試しだ」
ビシリ。指を差され、数回瞬き。
「お前、コンタクトにしてみたらどうだ?」
「……コンタクト、ねぇ」
ふむと、考え込む。前から、親には『コンタクトの方が楽じゃない?』と、問われてはいたのだ。あまり眼鏡生活に不便を感じている訳でもないので、変えていないだけであって。
「……良いかも、な」
「だろ!! 今度コンタクトに変えてみろよ!! 絶対そうだから!!」
張り切る友人。未だに残る小さな違和感に首を傾げながらも、まあいいかと、和巳は頷いた。
◆◇◆
それからは、話が早かった。
元々息子がコンタクトにする事に賛成だった両親は、二つ返事で変更を承諾してくれた。
そして、映美のイタズラに耐えながら過ごし迎えた週末――、
とうとう、和巳はコンタクトデビューを果たしたのであった。
◆◇◆
そうして、迎えた月曜日――。
「おっは……あれ? あれっ!?」
脇をすり抜け様、眼鏡を奪おうとして空を切る手に、和巳は小さく苦笑。
手とすっとんきょうな声の主――映美はというと、正面からまじまじと和巳の顔を眺め、そして――。
「か、和巳じゃないッ!?」
「……眼鏡止めただけだよ」
まるで化け物を見るかのような映美に、やれやれと溜め息。そうして、鼻筋に手を持っていきかけ――眼鏡でない事を思い出して慌てて手を降ろす。その間も、何が楽しいのか映美は人の顔をじろじろと見つめていた。
「……何?」
「えっ!? や、えっと……」
何やら、ああでもこうでもないと思案する映美。その姿に、嗚呼、と思い出した。
「あ、大丈夫。コンタクトしてるから、不便はないよ」
「へ、コンタ……クト………………?」
数回、瞬き。その直後、何故か酷く悲しげな表情を刻んで俯き、
「そう……コンタクト、か……」
「……映美?」
とぼとぼと去っていく彼女の背を、和巳はただ訳もわからず見送る事しか出来なかった。
◆◇◆
「……という事なんだ」
訪れた、昼休み。相談に乗ってくれた例の友人に報告をすれば、彼もまた、数秒硬直。そして――。
「だぁぁぁぁっ、ダメだ俺ギブっ!!」
すまん和巳!! そう勢いよく土下座する姿に、小さく苦笑。
「や、別に、あんまりあてにしてなかったというかなんというか……」
「な、何だとっ!? お前、友人に散々聞いといてそれかよっ!!」
「や、あれはそっちが勝手にいたたたた!!」
ギブギブ!! とヘッドロックをかけてきた腕を激しく叩いた。だが、悪乗りした友人は楽しげに――勿論怪我のないよう力加減して、だ――固めてくる。
そんな、最中だった。
「……あんたたち、何してるの?」
出入口からの声に、ピタリと二人の動きが止まる。
声の発生源に目を向ければ、そこには件の人――映美が、呆れ顔で立っていた。
◆◇◆
後は恋人同士で。などとふざけた事を言い残し、友人はそそくさと教室に戻ってしまった。
青空の下。残されたのは何処か不機嫌な映美と、困惑顔の和巳だけ。
取り敢えず、何か言わなくては。気まずい空気の中、和巳は口を開きかけた。しかし――。
「……何で、コンタクトにしちゃったの」
低い、映美の声に遮られた。低さにもそうだが、思いもよらない不機嫌な様子の問い掛けに、面食らう。だが、答えなければ不機嫌さが更に増すだけなのは明白。
だから、思うままを口にした。
「や、映美の眼鏡を取るイタズラ、僕の素顔が見たいからじゃないか、なんて言われたから」
「………………」
「映美?」
途端に俯むいてしまった彼女の顔を、覗き込む。そして、ぎょっとした。
涙を浮かべ、頬を赤く染めながら、必死に虚空を睨んでいたのだから。
「ちょ!? ど、どうし」
「そんな理由じゃないもんっ!!」
叫び声。近距離でのそれに思わず怯めば、涙に揺れながらもこれでもかと睨んでくる映美の眼差しと、ぶつかった。
「え、映美……?」
「そんなんじゃ……無いんだもんっ!! そんなんじゃないもん馬鹿かすみぃっ!!」
とうとう臨界点に到達したのか、「馬鹿っ!!」と幾度も罵り泣きながら、ぽかぽかと胸板を叩く映美。正直、痛くはない。だが、理由がわからずただ呆然としながら、和巳はなされるがままだった。
「ちょ、馬鹿って……」
「馬鹿は馬鹿よっ!! 私の気持ちも知らないでっ!!
レンズなんて物越しに私を見て欲しくないなんて、言える訳ないでしょっ!? 気付きなさいよ馬鹿ッ!!」
「え………………?」
思いも寄らない言葉に、数回瞬き。その反応に自らの失言を理解したのだろう。硬直し、刹那音が鳴りそうな程、映美は赤面。
「え……今の、え……えっ?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 忘れろっ!! 今すぐ忘れろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
先程よりも激しく、強く殴る映美。今度は少し痛いが、けど、和巳はそれでも構わなかった。
「……そんな理由、だったんだ」
わかってしまえば、とても単純で、可愛らしい理由。思わず吹き出せば、「笑うなッ!!」と、涙目の映美から手痛い平手打ち。
肌を叩く乾いた音が、青い春の中高らかに響いたのであった――。