5、アリス
「アリス、って・・・」
震える声で呟くと、帽子屋は微笑んで答えてくれる。
「アリス、っていうのは、前王の第一子のことだよ。つまり、皇女さま。今の女王の姪になるのかな」
ふふ、と笑う帽子屋。ほ、とアリスは安堵する。
なんだ。
一瞬、自分のことかと思ってしまった。
十代後半な自分なこともあり、歳も近い。
てっきり・・・。
「さて、それはそうと。君、名前は?わたしは、帽子屋。そう、名乗ることにしている」
そう言って、自分で煎れた紅茶を口へと運ぶ。
名乗ることにしている、ということは、偽名なのかな?なんて思ったが、あえて口にはしない。
きっと、理由があるのだろうから。それよりも。
名前を聞かれてしまったが、正直に答えてもいいのだろうか。
「私は・・・私は、アリス、です」
隠しても、仕方がない・・・だろう、と正直に告げた。バロヴィルクには、本名を名乗ってしまったし。
少しだけ迷ったが、はっきりと告げた。
案の定、ぴく、と帽子屋が動きを止める。
「アリス?…君、が?」
「あのっ、先ほど帽子屋さんが仰ったアリスさんとは、違いますっ。私、皇女じゃないし」
わたわたと告げるも、帽子屋はじっとアリスを見つめてくる。
正直、居心地が、悪い。
「そういえば…似てる、気がするね」
「ですからっ」
違う、と言いかけて。
「君だよ。間違いない。よく見れば、私にはわかる。…君は、あのアリスだ」
「…私はっ」
話くらい、聞いてくれてもいいじゃない。
違うって、言ってるのに。
泣きそうになって、やっと帽子屋がアリスに気づいて慌てだす。
「ああ、ごめん。泣かないで。…でも、君なんだよ。わたしには解るさ!そして、アイリオにも」
「……え?」
なぜここに、アイリオさん?
「きっと、彼も、気づいたのだろうね。だから、わたしの元へと寄こした…けど。あまり、関心しないね」
そう言って、帽子屋は立ち上がった。
傍にあったポットから、ドボドボとカップへお茶を注ぐ。
「君は、帰るべきだ。元居た、世界へ。陛下に気づかれる前に、お帰り」
「どういう、意味ですか?よく、わからない…それに、わたし。皇女じゃないし…」
「君は、皇女なんだよ」
そう言って。
帽子屋は笑った。
「でも、陛下に気づかれてはいけないよ。気づかれては、君は命がないと思って間違いないだろう」
「・・・どうして」
と言いながらも、私は皇女じゃないのに、と心の中で呟く。
「女王は、恋をしてはならないからだ。その禁忌を犯し、先の陛下は君を産んだ。愛しい男との子を、ね。そしてあちらの世界へ愛の逃避行をしたんだよ!!」
「え・・・恋をしてはいけないんですか?」
「そうだよ。でも、恋をしたんだ。スペードのナイトに。そして、罪を犯した」
だから、君は今すぐに帰るべきだ。
言葉とは裏腹に、帽子屋の態度は飄々としている。
アリスは、眉を顰めて相手を見た。
だって、そんなの信じられるわけないから。
自分は、父と母の子で、ただのアリスだ。
けれど。
確かに、自分でももう帰るべきだと思う。
少し、この世界は怖い。
「でも・・・でも、帰るにしても、どうしたら。森が時折あちらと繋がるとかなんとか聞きましたけど」
この際、皇女がどうとかは、置いといて。
帰るには、どうするべきか。
一刻も早くここを出て、我が家へ帰りたい。
金の髪の青年は、気になるが・・・命に腹は変えられない。
「ふむ、確かに森は時折あちらと繋がるが。それは、あちらがこちらに繋がるのであって、一方通行だ!つまり、こちらからは帰れん!!ははっ」
「Σはっ!?」
え?
ええ?
初耳です。
「ど、どうすればいいの!?」
「それは勿論、こちらとあちらが繋がるところに行けばいいのだよ!頑張ってくれ」
「・・・」
あれ。
なんか、物凄い他人事。
まぁ、他人事だろうが。
でも、でも。
「助けて、下さい!」
「嫌だ!!」
「・・・ですよね」
聞くところによると、女王に目をつけられると大変なことになりそうだし。
皇女であると信じているアリスと共に行動するのは、まずいのだろう。
「だが、まぁ、仕方がないな。このわたしと共に居たいと願うのは自然なことだ」
「・・・。・・・へ?」
思わず、間抜けな声が出てしまった。
いきなりナニ言ってるの、このひと。
ちょっと待って、なんか伝わってない。
言いたいことがズレてる気がする。
「わたしは麗しいからっ!アイリオのようなオッサンよりも数倍もね☆ああ、皆まで言わなくてもわかっているよ。一目ぼれだろう!!」
「・・・」
「仕方が無いな。レンの娘となれば、わたしの娘も同然だ!!連れていってやろう、かの谷まで」
谷?
って・・・もしかして、その谷が、こちらがあちらに通じる場所?
いや、それよりも。
「レンって、パパ!?」
「そうだとも!親友だからね☆レンがスペードのナイト。私がダイヤのナイト。アイリオがクローバーのナイトだったんだよv」
ダイヤのナイトって・・・あまり聞きなれない言葉だな、とぼんやり思った。
と、いうか。
思考が、ついていかない。
レンって。
確かに、父の名前だが。
いやいや、あのおっとりした父に限って。
異世界に住人で、しかもその世界で禁忌の愛ののちに今の世界へ駆け落ちしてきた、なんて。
言葉にしてみると、ありえないから。
本気で、ありえないから。
「まぁ・・・レンなんてよくある名前だと思うし、それは置いといて、お聞きしたいことが」
「ああ、わたしのプロフィールを知りたいのだろう?わたしは帽子屋。本名はひ・み・つv趣味はお茶会、好きなものは・・・君かなv」
「かの谷、について知りたいんです。そこへ行けば、わたしは帰れるんですか?」
「・・・冷たいね、アリス。ここは、キャv照れちゃうわvvとか言ってくれると嬉し」
「遠い場所なら、やはり準備も大変だと思うんです。それに、帽子屋さんにもあまりご迷惑かけられないし」
「・・・。冷たいね、本当に」
ふむ、と帽子屋が傍のビスケットに手を伸ばした。
「場所は・・・遠いよ、かなりね。夜の森を通らなきゃいけないし。それに、陛下の城の近くだしね。正直あまり城には近づきたくないんだけど」
帽子屋は、ポリポリとビスケットを食べながら言った。
「森には、アイツがいるし・・・」
「あいつ・・・って」
誰?
と聞こうとしたとき。
上から声がして、アリスは顔をあげた。
「アリスっ、見てこれ!あちらのものだよ」
バロヴィルクだ。
なにやら手に持っている。
「とっとと降りんか!」
「ぎゃっ、蹴らないで!落ちるから・・・うさぎ、痛いっ」
「誰がうさぎだ。レフィリアという名があるというに」
なにやら、レフィリアに頭を蹴られて、バロヴィルクが悶絶してる。
仲・・・いいのかな?
「じゃあ、出立は明日の朝ってことで。今日は泊まっていくがいい」
あはは、と笑う帽子屋に、アリスはぺこりと頭を下げた。
「あ、ありがとうございます。すみません、なんか・・・」
「構わないさ。あ、そうそう。行くとき、アイリオを誘っていこうかv無理やり引っ張っていこっとvvv」
うふふ、となにやら嬉しそうな帽子屋。
こうして。
出発も決まり、なにやら大変なことになったと思うアリスだが。
こんなときにも、思い出すのは。
あの、金の髪の青年のことだった。
|