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森の国のアリス
作:甲斐仁



4、ナルシスト&うさぎ


「ところで、大きな木ってどの大きな木なんだろ」
 とぼとぼとバロヴィルクと歩きつつ、アリスは呟いた。

「大きな木は大きな木だよ。アリスは、知らないのかな」
「大きな木っていう、名前なの?」
 巨大な木という意味ではなく。
「そうだよ。大きな木は、帽子屋の家の庭にあるんだ」
 丁寧に答えてくれて、バロヴィルクは持ち前の笑みをこちらへと向ける。
 アリスはあいまいに笑い返し、道を急いだ。

―――もし

 もしもアリスがあちらの人だと知れば、バロヴィルクは間違いなくアリスを女王への献上品とするだろう。
 女王のことは、よく知らない。

 けれど。

 それを思うと、恐ろしかった。

「帽子屋はね、少し変わってるんだ」
 バロヴィルクは、ふと思い至ったように話し出した。

「でも、傍にうさぎがいるから大丈夫だと思うけど。もしかしたら、君に失礼なことを言うかもしれない」
「あ、いえ、そんな…別に」
「ふふ、アリスは優しいね」

 ぎゅ、とバロヴィルクはアリスの手を握り、うきうきと歩く。
 微笑まれて、思わずアリスは赤くなった。
 然程美しいというわけではないが、他者を安堵させる雰囲気をもつバロヴィルク。

 先ほどのことがなければ、アリスは一瞬でバロヴィルクに惚れていたかもしれない。


 花畑を抜けて、丘を越えて…アリスは、歩いた。
 すると、遠方に巨大な木が見えた。30メートルほどの高さだろうか。
 見たこともない木だ。

「あれが…大きな木?」
「そう、あそこに帽子屋がいるんだ」
 アリスは一度深呼吸をして、それから歩調を速めた。



 たどり着いたそこには、大きな木が一本あった。

 幹の部分がぐにゃりと曲がっており、テーブルになっている。木には梯子がかけられており、梯子をたどるように上を見上げると、小さな穴が空いていた。
 どうやら木の内部は家屋になっているようだ。

 テーブルの上にはいっぱいの時計が散乱しており、隅の方でシルクハットの帽子を被った男が一人、カップに紅茶を注いでいた。
 長い白髪の、男だった。長い髪は腰まであり、束ねずに垂らしている。紅茶を注ぐ仕草は優雅で、動作のひとつひとつが美しい。

 ぽぅ、と一瞬見惚れてしまって、慌てて我に帰る。

「こんにちは。久しぶりだね、帽子屋」

 バロヴィルクが声をかけると、帽子屋と呼ばれた白髪の男は顔をあげた。
 そして、にっこりと満面の笑みを浮かべ・・・こちらへ、歩み寄ってきた。

「やぁ、バロじゃないか!久しぶりだね、どうしたんだぃ?」
「うん、実は…」
「それよりも!一緒に祝おうじゃないか、おめでたい日なんだから!」
「…僕、今日は無視され」
「さぁ、お嬢さんもどうぞ!椅子に座って、はい紅茶。ああ、レモンの方がいいかな?それともアップル?」

 帽子屋は素早い動きで椅子をひくと、アリスを座らせて目の前にお茶を出した。
 ついでといったようにバロヴィルクの前にも紅茶を置き、ドン、とアリスの横へ椅子を置いて自らも座る。
 どうしようと迷っていると、帽子屋はしょぼんと少しだけ残念な表情をする。
「おや、紅茶はお嫌いかな?お菓子もあるよ、どうぞ」
 しょぼんとしたのは、一瞬だけ。
 すぐに満面の笑みに戻り、お菓子をぐいぐいと勧めてくる。

「あ、あの…ぁりがとぅ」
 どうするべきなのかわからず、とりあえず御礼を言った。ぱぁぁ、と帽子屋は満面の笑みになり、うんうんとひとりで頷いた。

「いい子だね、君は!今日はめでたいんだ、無礼講だよ!」
「いつも、だろう?」
 バロヴィルクが出された紅茶をすすりつつ、呆れたように言った。

「そうともさ!毎日がめでたいんだ、祝うべきだ!」
 今にも立ち上がって演説をはじめそうな勢いの帽子屋に、アリスは圧倒される。

 ふと、バロヴィルクを見ると、少し機嫌が悪そうだ。
「あ、あの…」

 気になり声をかけると、バロは苦笑した。
「こいつは、いつも毎日こうなんだ。もう20年近くだよ。女王陛下が女王になったときから、ずっと。世界が滅びそうなのに、僕としてはあまり愉快ではないね」

 毎日?
 20年近くも、毎日祝っているなんて。

―――何をそんなに、祝っているんだろう?

 そんなことを考えているうちに、お菓子が目の前に置かれた。色とりどりの小さなプチケーキたちが、アリスを誘惑する。

「さぁ、召し上がれ!女の子はこういったケーキが好きだろう?遠慮せず、どうぞ、そして一緒に祝おう!」

 ぐぅ、とアリスのお腹がなる。
 よく考えれば、パンケーキ一口以来なにも食べていない。
 しかも、すごく甘い匂いがする・・・おいしそうだ。

「大丈夫だよ、食べても」
 戸惑うアリスに、バロヴィルクが言った。

「帽子屋の出すお茶菓子は美味しいから」
「あの、じゃあ、いただきます」
 フォークやスプーンが無いか探してみたが見当たらず、手でつまんで口に入れた。
「〜美味しい!」
「はは、それはよかった!!どんどん召し上がれ、紅茶はストレートかな?それともミルク?」

 帽子屋はアリスの返事を待たずに、レモンにアップル、ミルク、ストレート、そしてハーブティまでカップに注いでは、置いていく。
 紅茶がなみなみと注がれたカップが、アリスの前にどんどん置かれていき・・・アリスは、慌てて声を張り上げる。
「あの、それくらいで十分です!」
 こんなに飲めるはずがない。
 というか、カップで目の前が埋め尽くされていく。
 
「遠慮はいらない、楽しみたまえ!!」
 戸惑うアリスに、帽子屋は遠慮なくカップを置いていく。
 いくつめかのカップを、置いたときだった。

「―――――――やめろ」

 少女の、可愛らしい声がした。
 ぴた、と帽子屋が止まる。
「おや、レフィ。起きたのかい?ならば君も、これからが楽しいお茶会のはじまりだ!」
「黙れ」
 可愛らしい声音が、低く震える。
 声は、木の上からした。帽子屋も木を見上げて、話をしているようだ。

「レフィリアは、うさぎなんだよ」
 バロヴィルクが、こっそり耳打ちしてくれる。

―――うさぎ?

「貴様ははしゃぎすぎだ。脳天勝ち割るぞ」
「あはは!手厳しいなレフィは!紅茶でも飲んで談話しようではないか!そして祝おう、今日という日…」

 ガゴ、という音がして。
 帽子屋の頭部に時計がクリーンヒットした。
 バタン、とそのまま帽子屋は後ろに倒れる。

 打ち所、大丈夫だろうか。
 帽子屋・・・動かないのだけれど。


 木の、丁度梯子が掛かっている先。
 穴が開いている、その中から…。
 ひょこ、と小さい何かが顔をだした。

「おや、客人か。珍しい」
 それは呟くと、梯子を伝って降りてきて…アリスの隣、帽子屋が座っていたところにちょこんと座った。

 それは、少女だった。幼女といったほうがいいかもしれないほど、幼い女の子。

 普通の2歳ほどの少女なのだが…なんと、頭部に二本の長いうさ耳が生えていた。


―――確かに、うさぎだわ

 バロヴィルクの言ったとおりだ、とアリスは一人納得した。


「痛たた、酷いなレフィは。私が美しいのはわかるけれど、そこまで妬くことはないよ!さぁ、仕切りなおしだ。お茶会をはじめよう!」
「うるさい」

 少女の言葉など聴いていないというように、帽子屋は、一人でお茶会の続きを始めた。
 アリスの視界の端で、一人くるくると踊りだしている。
 少女は勿論、バロヴィルクも帽子屋を見てみぬふり・・・少し、可哀想だ。


 アリスは、ちら、と隣に座るレフィリアを見つめて…眼が合った。
「レフィリアだ、宜しく」
「よ、宜しくお願いします」
 ふ、と笑うレフィリア。
「ところで、何用か?」
 尋ねるレフィリアに、アリスは頷いた。

 そういえば、まだ用件さえ伝えていなかった。
 帽子屋に、圧倒されて。

 バロヴィルクが、そっとアリスに言ってくれる。
「うさぎに話すといい。彼女は、帽子屋よりよほどまともだからね」
 まとも、という言葉に、アリスはちらりと帽子屋を見て・・・目をそらした。
 まだ、くるくると回っている。

「あの、実は蒼…アイリオさんが、ここに来れば、帽子屋さんが力になってくれるから、と」
「アイリオが?ふふ、懐かしい名前だ!」

 帽子屋が、会話に乱入するようにはいってきた。くるくると回転しながら、紅茶を注いでいる。
 だが、そんな帽子屋にはおかまいなしに、レフィリアは話を進めた。

「どのような事情じゃ?」
「えと、あの、金の髪の青年を追いかけているんですけど…」

 その瞬間、ぴたりと帽子屋が止まった。

 その変わりように、アリスは一瞬ドキリとする。
「金の髪の青年、か。わたしは知らぬが、帽子屋、お前知っておるな」
 レフィリアが、動きを止めた帽子屋を、ちらりと見た。

 帽子屋は変わらず不敵に笑ってるが、先ほどまでの押しと激しさはない。


「知っているよ。トランプのナイトだ」


「陛下のかぃ!?」
 バロヴィルクが、立ち上がった。
 その勢いに、アリスは驚く。
「そうだ、ハートの女王側近である、トランプのナイト。金の髪の青年といえば、彼たちだけだからね」
「凄い…陛下の側近を見たなんて!いいな、僕も一度拝見したい…さぞ美しい方なのだろうね」
 興奮気味のバロヴィルク。
 先ほどとは反対に、今度は帽子屋が不愉快そうに眉をひそめている。

 今までの愉快さなど、微塵もない、不愉快まるだしの表情に、アリスは一瞬、背筋に冷たいものが走った。
 もしかして。
 金の髪の青年の話は、あまりしてはいけなかったのか。

「…ふむ」
 レフィリアは頷くと、ちらりとアリスを見た。
「して?そなたは、何がしたいのだ?」
「え…、あの、青年に、会いたい…なって」
「惚れたか?…女王の配下のものとなるとやっかいじゃな」

 ふと、何かを思い出したように、レフィリアは立ち上がった。
「バロ、こっちへ来い」

 そして、バロヴィルクを手招きした。

「家に、そなたの探していた、あちらからきたヘンテコなモノがあったはずじゃ」
「ほんとうに!?どれだい?」
 バロヴィルクは嬉しげに立ち上がると、レフィリアについて梯子を登っていった。

 突然のことに呆然とするアリスをレフィリアは梯子からちらりと見下ろし、帽子屋を見て…もう一度アリスを見た。
 そして、木の中へとバロヴィルクと共に入っていった。


「レフィは気がきくからね、二人きりにしてくれたんだよ!」

 帽子屋の二人で落ち着かないアリスに対し、帽子屋は嬉しそうに告げた。
 先ほどの、不愉快な表情は、消えている。

 そういえば・・・バロヴィルクと帽子屋は、女王に関してはあまり意見が合わないように思えた。
 アリスにはまだよく、わからないが。
 そもそも、女王という人物さえ、よく知らない。

「けれど。君は、本当に金の髪の青年を見たのかい?あれは、滅多に女王の傍を離れないはずなのだけれど…」
「でも、あの、森の中で見かけて…」
 森、という言葉に、帽子屋は首をかしげた。
「なぜ、そんなところに…?」

 しん、と辺りが静まり、帽子屋は考える仕草のまま、動かない。
 黙ってしまった帽子屋に、アリスは居心地が悪くて何気なくテーブルを見回した。

 あちこちに時計が置かれていて、ごちゃごちゃしている。

 お茶にケーキ、クラッカーらしきものの残骸まである。

「……あの、何を祝っているんですか?」

 ふと気になっていたことを、何気なく言ってみた。

 帽子屋は満面の笑みになり、ふふんと不敵に笑った。


「それはね、おめでたいからだよ!」


「おめでたい…?女王陛下が、支配されて滅びそうなのに…?」
「それはそれ。これはこれ。私が祝っているのは、先の陛下のことだ」

 帽子屋は、今までの笑みが演技であったかのように、本当に嬉しそうに微笑んだ。
 心から、幸せそうな笑みだ。

「もっと詳しく言えば、アリスの誕生だよ!ああ、アリス、彼女が生まれて20年近く。きっと今頃すくすくと淑女に育っていることだろう!!こんなに素晴らしいことわない。毎日でも祝うべきだよ!」


 アリス、という言葉に、アリスは背筋が凍るのを感じた。



少し長くなってしまいました。。。











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