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僕とボクの日常攻略 作者:水無月龍那

課題6:僕とボク、俺と私

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課題6:僕とボク、俺と私 5

 目を覚ますと、ひとりだった。
「あれ。ノイス?」
 返事はない。気配もない。
 時計を見るとまだ朝早かった。食事の時間にももう少しある。
「……?」
 ノイスがふらっとどこかに行くのは時々あることだったし、いいか。とベッドを出ると、身体がいつもより重い気がした。
 隣のベッドには、ノイスの寝間着がきちんと畳んでおいてあった。
 もしかして、一人で出かけたのだろうか。
 あの庭に遊びにでも行ったのかな。
 随分と気に入ってたようだし、と着替えてお茶を淹れる。
 お湯を注いでる途中、指が取れそうになってるのを見つけた。後で縫い直さなくてはならない。
「お茶を飲んでから……でも、この指でカップ持って落としたらダメか」
 温かいお茶は惜しいけれど、先に指を補強することにする。
 関節の部分だと、絆創膏で済ませる訳にはいかない。とりあえず裁縫箱を探しだし、針と糸を取り出す。
 と。

 がちゃ。

「あ。お帰りノイス――……?」
「テオ。着替えてるわね。出かけるわよ」
「え。うん……どこに。っていうかどうしたのその服」
 入り口で不機嫌そうに、上がった息で立っているノイスの服は、見たことが無いものだった。
 そんな服持ってたっけ。より先に、ノイスの趣味にはない服だな、と思った。
 ノイスはふわっとしていてフリルのある、いわゆる「かわいい」服を好むのだけど。今彼女が着ているのはアイロンの効いたスカートにブラウス、ピンクのカーディガンとジャケット。
「なんか……いつもと雰囲気違うね」
「そんなのどーでもいいのよ! ほら、出かけるわよ!」
 褒めたのに気に入らなかったらしい。彼女はずかずかと近寄ってきて袖を引っ張る。
「え。ちょっ、いま指が。あとお茶が」
「指ならあとでなんとかするから! お茶は諦めなさい!」
 こんなにノイスが急かすなんて珍しい。きっと何かあったに違いない。
「わかったよ。とりあえず針だけしまうから待って」
 そう言うと彼女は渋々と言った様子で手を離した。
 その瞬間、あの匂いがした。
「ノイス……もしかして。ウィルと会った?」
「……」
 ノイスは答えない、不機嫌そうに口を尖らせて視線を逸らした。
「ノイス」
「……会ったわよ」
 ぽつり、と答えた。
「会って、刺して、テオの魂半分流し込んだ」
「……は?」
「だって!」
 俺が聞き返すより先に彼女は声をあげた。
「だって……! テオの身体をそんなにしたの、アイツでしょ! 私、アイツの身体をテオにあげたくて! テオだって、そんな身体――」
 ぱぁん!
 言葉より先に、手が出てしまった。
 ノイスの髪が、はたかれた拍子に大きく揺れる。
 俺の指がちぎれそうになる。
「あ……ごめ、ん」
「……」
「ノイス」
「……」
「どうして、そんなことしたの」
「……」
「ノイス」
「……だって」
 ぽつりと言葉が零れてきた。
「テオ、会いたいって。言ってた」
「言ったけど」
「テオは、その身体が不便だって言ってた」
「……うん」
「夜、どうしてってうなされてた」
「うなされて……?」
 ノイスは目に涙を溜めて、俺へ叫ぶ。
「だからっ、私、テオは身体をバラバラにされたこと、ずっと恨んでるって知ってる……っ。バラバラにしたのも、アイツだって。テオは言わなかったけど! ずっとずっと、その身体と、バラバラにされたこと、気にしてた! だから、テオに身体あげたくて……っ、こんな身体にしたアイツなら、きっとテオも喜ぶと思って……」
「ノイス」
「だって、会うのってその為でしょ? 私は! テオの役に」
「ノイス!」
「……っ」
 ぐ、っと彼女の喉が詰まる音がした。
 随分と前に彼女が言っていた言葉を思い出す。

「すぐに、こんな処置が必要ない身体にしてあげるから」

 その言葉の意味をようやく理解した。
 彼女は俺がこの身体を不便に感じてると思っている。
 俺の身体をバラバラにしたのがウィルだと思っている。
 それはその通りだ。
 だから、この身体の魂を他の身体に移し替えるつもりで。
 その相手にウィルを選んだ。
 そういう事だったのだろう。

「ノイス」
「……なによ」
「頬。大丈夫」
「……テオの平手なんて、痛くないわ」
 そう言う頬が赤いのは、多分俺のせいだ。
 ごめんね、と頬を撫でると、彼女はぷいと顔を逸らした。
「俺はね。確かにこの身体は不便だと思ってる。でも、俺はウィルに何の恨みも抱いていないよ」
「え……」
 ノイスの目がきょとん、と瞬きをする。その拍子に大粒の涙がまつげに弾かれた。
「だって。アレは俺の自業自得だし。むしろその一件を片付けてくれたのがウィルだから」
「でも。でも……ずっと探して、わざわざ日本まで来るなんて」
「お礼を言いたかったんだよ」
 お礼、とノイスは繰り返した。
「そ。俺が生きてるってすぐには言えなくて。しかも人間じゃなくなって……あ。いや。そこはノイスに感謝してるんだ。あのままだと死んでたからね。こうしてようやく落ち着いてさ。なんとなく居るところも分かるようになって。会いに行く勇気もやっとでた」
「……」
 ノイスはむすっとした顔のまま、俺の話を聞いている。
「とりあえず……絆創膏ちょうだい」
「え」
「絆創膏。どこにしまったか忘れちゃって」
 ノイスは不思議そうな顔のまま鞄から絆創膏を一枚取り出す。
 受け取って取れかけた指を押さえる。
「縫おうと思ったけど応急処置でいいや。さ、ノイス。案内して」
「えっ」
「ノイス、ウィルに怒られたんでしょ」
「……ええ」
「ウィルはね。普段のんびりしてるけど怒ったら怖いから。早く行かないと多分もっと怒られるよ」
 ノイスはしばらく黙っていたが。
「分かったわ」
 心底嫌そうに頷いた。

 ノイスの案内で、街を歩く。
 近付くにつれ、気分が悪くなりそうなあの匂いがすると思っていたのだけど、土のようなあの匂いは、想像よりずっと薄くなっていた。
「ところでさ」
「何よ」
「その服、どうしたの?」
 ずっと放っておいた疑問を沈黙の合間に埋めてみたら、ぐっと声が詰まる音がした。
「……借りたの」
「借りた?」
 ウィルの所にノイスサイズの女の子が居る、と言うことだろうか。
「あの家にいた、座敷童に……私の服は、汚れてるからって」
 そうか。
 刺して血を飲ませたと言っていた。そりゃあ服も汚れる訳だ。
「髪とか手も、きれいに拭いてくれて……洗濯したら返すって」
「……へえ」
 どうやら良い子らしい。そう思って居るとノイスが不機嫌そうに呟いたのが聞こえた。
「なんなのあの子。ポット力一杯ぶつけたのに、そっちじゃなくてアイツ刺したことの方に怒るし。そうかと思ったら私の服の心配するし……髪、きれいだって褒めて……くれたし」
 全く分からない。分からないわ。
 そう呟くノイスは、なんだか外見相応に見えて。
 なんだか珍しくて。
 これから怒られに行くというのに、ちょっとだけ笑ってしまった。
「笑ってる場合じゃないわよ」
「そうだね。ウィル怒ってるだろうなー……」
「……そうね」
 きっとその怒りを目の当たりにしたであろうノイスの口数はどんどん減っていく。
「ま、ノイスの話を聞くに怒られるだけで済んでて良かったじゃない」
「そう……?」
「もしかしたら俺も一緒に説教されるのが本番かもしれないけどさ。荒れてた時期のウィルなら、その場で血を吸い尽くされおしまいだったかもしれないから」
 ノイスはうーと唸って、不機嫌そうに口を尖らせている。
「ちゃんと謝るんだよ」
「……分かってるわ」
 その態度に、少しだけ心配になる。
 けど、まあ。ノイスは素直な子だし、ウィルもそこまで……厳しくはなかった、と、思う。
「ま、どうなるかは実際会ってからじゃないと分からないね」
 途中で買ったケーキの箱を眺めてついた溜息は、そんなに悲観的な重さじゃなくて。
 少しだけ楽しみで。嬉しくて。
 なんというか、複雑な重さだった。
寝るまでは今日だってばっちゃが言ってた。

ノイスは、そのまま逃げる事も出来たのに、ちゃんとテオを連れて戻る気な所が「素直」と褒められる部分ではないかと思ってます。
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