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僕とボクの日常攻略 作者:水無月龍那

課題6:僕とボク、俺と私

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課題6:僕とボク、俺と私 2

 ドアを開けると、キッチンに知らない少女が立っていた。
 見覚えは……いや、見たことだけは、ある。
 夜の街でアイツと一緒に居た少女だ。

 どうしてここに彼女が居るのか。しきちゃんは――。
 思考が彼女から離れたその瞬間。

 腹部に衝撃が走った。
 熱い。
「な……」
 手を当てる。硬く冷たい何か。それからずるりと生暖かいものが手に触れた。
 視線を下ろす。
 そこには。一本の包丁が深く刺さっていた。
「……」
 無言で包丁を抜く。抜いた途端に血が一気に服を濡らす。
 べちゃりとした生暖かい肌触りが気持ち悪い。けれどもこの程度の傷なら、まだなんとかなる。
「君。どうしてここに居るの?」
「あら。やっぱり包丁一本じゃ駄目ね」
 彼女は僕の質問をきれいに無視して視線を下ろす。
「やっぱり――数に物言わせないと駄目かなあ」
「ねえ、質問に……っ!?」
 少女の目が、僕を冷たく射貫く。
 その周りには、包丁、ナイフ、フォークまで。キッチンにあるあらゆる刃物と食器が浮いた。
「はじめまして。それから――先にお礼言っとくわ。ありがとう。それじゃあ、さようなら」
 少女が指をすい、っと僕を指す。
 ドアを閉めるには、時間が足りなかった。
 包丁から手を離してドアノブを掴むまでの短い間に。
 キッチンばさみから包丁まで、次々に僕の身体へと突き刺さる。
「ぐ……」
 さすがに、耐えきれない。
 骨も何カ所か削られているし、庇おうとした腕にもミキサーの替え刃が刺さっている。
 身体を支えようと掴んだドアノブは、血でずるりと滑り落ちた。
 膝から崩れ落ちる。
 そうしてようやく、僕は床に倒れ伏したしきちゃんに気付いた。
「し、きちゃ……」
「そんな状態なのに彼女の心配なんて、紳士ね、と言っておこうかしら」
「彼女に、なにを……した」
 自分の声も遠くに聞こえる。金髪の少女は小さく溜息をついたようだった。
「この子が何者か分からないけど、貴方の餌なんでしょ?」
「……」
 違う、という声すら出ない。頭がくらくらする。
 なんとか倒れるのは堪えているけれど、出血量が尋常じゃない。
「その子は……とりあえず邪魔だったから。人間でしょ?」
「ざん、ねん……彼女は、座敷童、だよ」
「ざしきわらし?」
 少女は首を傾げる。
 何かしら、と言う声が聞こえた。
 が、僕にはもう答えるだけの力は無かった。
 手が、ドアノブから離れる。
 頭が、意識が。視界が霞む。
 とても、寒い。
 そして僕は、そのまま暗闇の底へ落ちていった。

 □ ■ □

 目を覚ました。
 なんだか良い匂いがした。
 カーテンの隙間からは朝日。ドアの向こうからは、誰かが動く気配がする。
 目覚ましは鳴る前。まだ頭は寝ぼけてる。
「あ、れ……?」
 なんだかお腹が痛いような気がする。さすってみたけど何も無い。ただ、匂いに釣られた身体が空腹感を訴えるだけだった。
 枕元の目覚まし時計を手探りで取って、時間を確認する。
「……6半時、か」
 不思議な夢を見たような気がした。
 内容はうまく思い出せない。
 誰かが笑ってるような。ずっと誰かを探してるような。
 ただ、なんだか痛くて。苦しくて。寂しいような。
 そんな縁だけ残ったような、空っぽの何かがもやもやと残る夢。
 しかし、思い出せないものは仕方ない。
 夢は記憶の整理だとも言う。きっと、記憶の何かが片付けられたのだろう。
 いいや、起きよう。
 ベッドから抜け出すと、思ったよりも身体は軽かった。ダルさはあるけれど、今日一日のんびりするには問題ない。少しなら、散歩とかに行ってもいいかもしれない。
「……とりあえず、顔洗うか」
 着替えてドアを開ける。
 と、そこには。
「あ。おはよう! ご飯できてるよ」

 ――。

「あ。ああ……おはよう。今日も元気だね……ノイス」
 金色の髪を背中に揺らした、エプロンドレスの少女。
 漂うのはパンが焼ける匂い。ドアの向こうに居た時は何か違うものだった気がするけれど――きっと気のせいだ。
 どうやら頭はまだまだ寝ぼけているらしい。失敗してるぞ記憶の整理。
 ノイスはこっちのリアクションにも機嫌よさげにしている。
「調子はどう? 疲れてない? そうそう。今朝はピザトーストにしてみたの」
「うん。調子は……」
 いつも通り、だと思う。少し楽なのかもしれないが、何か引っかかる。
 が、答えはあくびでふわふわとした言葉になっただけだった。
「あー、また昨日夜更かししてたでしょ。ダメよ? 太陽に慣れないと」
 台所を通り越して洗面所へ向かおうとすると、彼女はいつものように小言を言う。
「分かってる。昨夜はちょっとレポート残ってて――」
「まったく。お勉強もいいけど、身体、大事にしてよね?」
「うん……分かってる」
 そんな言葉を残して洗面所へ。
 顔を洗って。
 顔を上げて。

 鏡に映った自分に違和感を覚えた。

 ――あれ?
 俺は、こんな青い瞳だったっけ。
 僕は。こんな黒い髪だっけ。
 俺は。……こんな、顔だったっけ?

 いや。

 そもそも。僕は――誰だっけ。

「いや、いやいやいや……」
 タオルで顔を拭いて、鏡の自分と向かい合う。
 寝ぼけてるにも程がある。
 けど。さっきのなんだかもやっとした気持ちが、少しだけ形を持ったような気もした。
 目が霞む。水が入ったのか。
 もう一度顔を洗ってタオルで拭くと、鏡に映ったその姿が変化した。

 髪は灰色で。赤くて。黒くて。
 目は髪に隠れて見えなくて。青くて。深い茶色で。
 不健康そうな青白い肌。日焼けとは縁遠い白い肌。
 ああ。頭がくらくらする。
 とても。
 そう、とても、不快。
 不快で仕方なくて。
 思わず鏡にタオルを投げつけた。

「――嗚呼。滑稽だね」
 タオルが洗面台に落ちると、鏡の中の自分が笑った。
「……は?」
 瞬き一つで、鏡の中の自分は姿を変えた。
 灰色の髪の青年。深い茶色の目。
 深い茶色の瞳にある感情は呆れ。哀れみ――いや、軽蔑だろうか。
「君は私の想いにあれだけ同調して。あれだけ啖呵切っておいて。こうもあっさり閉じ込められるなんて実に情けないとは思わないのかい?」
「……」
「おっと。その表情。本当に忘れてしまっているようだね」
 忘れた? 何を。
 口に出さずとも、その疑問は彼に届くらしい。「何を、とは」と、目を細めた。
「本当に、情けない。一瞬でも様子を見ようと思った私が馬鹿だったのかもしれないな」
 はあ、と彼は小さく溜息をつく。
「覚えているはずだよ。君は。私を。彼女を。君自身を――」
「何を……」
「ん、分からないならそれでも結構。私はかつて忠告もしたし、二度と言うつもりは無いからね」
 彼の指先が、己の右目に触れる。
 自分の濡れた指も、同じように動いていた。
「やはり初志貫徹というのは大事だね。うん。さあ、目を閉じて」
 言われるままに、瞼が重くなる。眠気に抗えないように、瞼が落ちそうになる。
「君は本当に油断しすぎた。私の言葉だけでなく己の言葉すら忘れるとは」
 瞼が落ちて、声だけが頭の中に響く。
 水に酔うような。涼しげだけれども、人を惑わす。自信を惑わすそんな声。
 立っていられない。
「思い出さなくていい。目も覚まさなくていい。万が一目を覚ましたとしても――もう君は、君じゃ無い」
 声が染み渡る。
 思わず床に座り込み、眩む意識に抵抗する。

 僕は。俺は。なんだっけ。
 霧と霞の街。
 誰も居ない和風建築。
 不機嫌そうに新聞を読む横顔。
 タイを引かれて間近に見た恐怖。
 それは、私。

 ぐちゃぐちゃとした意識が、すうっと平らになっていく気がする。
 そのまま――。
「ねー。いつき。ごはんさめちゃうったら」

 ――。

 その言葉で、僕の意識が一気に戻ってきた。
 そうそう。僕はいつき。そうだよ。何を忘れてるのさ。
 ノイスと二人で日本に来て、長く暮らしてるというのに。
 忘れるなんて。
「――わす、れる?」
 僕は、何かを忘れてるような気がした。
 そっと、お腹に手を当てる。
 痛みも何もないけれど、そこに何かがあるような気がして。
「もー。いつきったら!」
 ひょこりと洗面所に顔を出したノイスが、頬を膨らませる。
 さらっと流れる長い金髪。
 緑の瞳。
 灰色のエプロンドレス。
「……あれ。君、誰?」

 その一言で。彼女の目の色が、変わった。
登場人物ごっちゃまぜ。
僕が俺で私が僕で。誰が勝つのでしょうね。
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