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僕とボクの日常攻略 作者:水無月龍那

課題5:僕とボクの話

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課題5:僕とボクの話 2

 柿原をとりあえずソファに座らせ、服を着替える。
 お茶を淹れようと台所に向かうと。
「ボクが、やります」
 しきちゃんに制されてしまった。
「お兄さん、体調が良くないですから……座っていてください」
「……うん」
 素直に頷いて丸テーブルの椅子に腰掛ける。柿原はソファでしっかりくつろいでいる。
 お湯が沸く音がする。
 とてもとても長い夢から覚めたこの部屋は、思った以上に居心地が良かった。
 お茶を待つ間に、ノートのコピーが詰まったクリアファイルを指で軽く捲る。
 その日付に僕は頭がくらくらして、思わず机にがっくりと突っ伏す。
 ノートの日付は水曜から金曜までが記されていた。シャーペンの画一的な線でも分かる整った字が嫌でも目についた。
「えー……もう週末とか……何日経ってんの」
 耳に届く自分の声は、やはりというかなんと言うか。酷く疲れていた。
「欠席三日目かな」
「分かってるようるさい」
 えー、と文句をあげる柿原の文句は無視して、本題を切り出す。
「それで?」
「うん?」
「僕が数日学校に来なかったからって、なんで家まで来たの?」
 単に心配なだけならメールや電話でも寄越せば良いだけだ。さっき着替た時にチェックした携帯にはそんな履歴一つも残っていなかった。
 試験もレポートもまだ先。講義の一コマ程度なら欠席でも問題ない。ノートなら学校に来た時でも良かったはずだ。
 なのにわざわざコイツは「講義のノート」を口実に家までやってきたのか。
 僕の問いの裏を柿原はしっかり読んでくれたらしい。彼は「そりゃあさ」とソファの背に埋まりながら答えた。
「お前ずっと具合悪そうだったから、心配だったのと」
「と?」
「勘」
「勘……?」
 そう、と柿原がにやりと歯を見せて笑う。

「無理に話せとは言わないけどさ。お前が何か誤魔化してる事に気付けない程鈍くないって言うのは覚えておけ」

「――っ!?」
 思わず言葉が詰まった。にやりと笑う彼のその指は、自分の歯をこつこつと示していた。その動きが何を示すかなんて問いはしない。僕の牙。普段は少し鋭い犬歯程度にしか見えないそれの意味を示す指。
「覚えてた?」
「……覚えてる」
 思わず溜息をつく。僕は何をしくじったのだろう。
「で。正直聞きたくないけど……“正体それ”はいつから?」
「んー、半年くらい前? まあ、今はそんな話置いとこうか」
「そうだね。そこは後でじっくりと話してもらうとして」
 どうして気付かれたのかは僕にとって死活問題のような気がするが、今は彼の言う通りそれがメインではない。きっと彼は気付いているんだ。他にも色々。
 図鵜通の種が増えた気がして。深々と息を付いていると、どうぞ、とカップを並べにしきちゃんがやってきた。そのままキッチンに戻ろうとする彼女を呼び止めて、同じテーブル……いつも食事をとる席を示すと、彼女は少しだけ不思議そうな顔をしてテーブルにやってきた。
「そういえば、彼女の名前は聞いた?」
「いや、まだだけど」
「そう、じゃあ紹介するけど……ちょっと待って」
「おう」
 柿原には色々と話をしなくてはならない。巻き込むとかそう言うのじゃなくて、ただ話をしなければならない。
 柿原はそれを無視してしまってもいいし、僕から距離を取ってもいい。
 そう言うのには、慣れてる。
 ただ、その話が僕だけで済むのならいいんだけど。そうはいかない。
 ここしばらくの体調不良。無断欠席。その原因ときっかけ。
 これらの話をするには、しきちゃんの許可も必要だ。彼女の話も省く訳にはいかない。どこから話せば良いか少し悩んだ後、彼女と向かい合う。
 話に付いていけてなかった彼女は、僕と彼のやり取りを黙って見ていた。
「しきちゃん」
「っ! はいっ」
 その会話の球が飛んでくるとは思っていなかったらしい。彼女は目をぱちぱちとさせ、僕の言葉を待つように背中を伸ばしていた。そんな声でも耳をくすぐる。さらりと揺れる髪と首筋に思わず向けた視線を背ける。
 ああやっぱり彼女をまっすぐに見る事が出来ない。少しだけ鼓動が早まる。視界の隅で柿原がこっちを見ているのが分かった。感情を悟られるのが嫌で顔ごと彼から背ける。
 でも、背けてばかりではダメだと、彼女にもう一度向き合う。
「えっと。しきちゃん」
「はい」
 今度は落ち着いた声が返ってきた。僕もなんとか自分を落ち着かせて話をする。
「彼の事は?」
「お名前は、聞いています」
「うん。オーケー。それで、今から柿原に話そうと思ってる事がある」
 でも、と言葉を繋ぐと彼女はこくりと頷いて言葉を待つ。
「その前に確認しておきたい事があるんだ。多分だけど――しきちゃんに関係のある話、だと思う」
「はい」
 彼女は何かを待つように僕をじっと見る。
「答えはイエスかノーだけでもいい。知らないふりをしてもいい」
「はい……」
「僕が夢にみた話なんだ。灰色の髪に茶色い目の男……もしくは、カノっていう名前。知ってる?」
 あの男がなんだかんだで名前を明かさなかったのを思い出した。僕の過去である意味一番致命的な所を握られたのに、僕は明かされた分しか知らなかったのがなんだか苛立たしくもある。
 そして彼女の反応は分かりやすかった。
 特に後者の名前に彼女は目を丸くした。驚いたように見開かれたその目はみるみるうちに潤み。大きな粒を零した。
「っ!?」
「あ。泣かした」
「ちょっ……柿原は混乱させるような事言わないで!」
 焦って何か頬を拭う物を探す。こういう時に良いものが見つからない。仕方ないので身を乗り出し、袖で拭う。一瞬、触れて良いものかと悩んで手が止まったが、その間を彼女の雫が繋いだ。
「ご、ごめんね……! 辛かったら答えなくても――」
 僕の声に彼女は小さく首を振った。瞬きで残った雫を全て落とし、彼女は少しだけ、笑った。
「いいえ、あまりにも懐かしくて……少し、嬉しかったんです」
 そうして彼女は改めて頷いた。
「はい。ボクは、知っています。その名前。香乃は。昔の、ボクの名前です」
 あの夢の家に囚われていた座敷童は。花が香るような、思わず息をのむような。そんな淡い笑顔でそう答えてくれた。
「――」
「……お兄さん?」
 は、と我に返る。
「う、うん。ありがとう」
「フツーに見蕩れてたな」
 うるさい。柿原の言葉は無視して椅子に戻る。
 今の答えではっきりした。僕が夢に見たあの風景は、あの男は。しきちゃんが話していた家の過去だ。皆殺しにした本人だ。彼女に共感し想い焦がれた結果、道を踏み外した殺人鬼だ。殺人鬼、という表現を使うと、その前に見た過去を思い出すがそれは関係ない、と追い出す。
「えっとね。その頃の話を……聞いたんだ」
「その頃の話、ですか」
 そう、と頷く。彼女はどこか不思議そうな顔をしたが、すぐにどういう事か気付いたようだった。
「あ……ごめんなさ、」
「謝らないで」
 そっと制すると、彼女は言葉を詰まらせてこくんと頷いた。
「その話と、君自身の話、僕がしても大丈夫?」
「はい」
「うん。ありがとう」
 本当は頭を撫でたい所だけど、今触れるのはよろしくない。なのでそのまま柿原と向かい合う。
「話はまとまった?」
「まあ、おおむね。……で。だ。今から話すのは僕と彼女、二人の正体と彼女の過去が関わってる」
「うわ。お前の過去とかなんか壮絶そう」
「さらっと酷い事言うよね。お前」
「いや、いいけどな。それで、その子も関係者か」
「うん」
 しきちゃんもこくりと頷き、椅子から飛び降りた。それから柿原の前でぺこりと一礼する。
「初めまして。申し遅れました。ボクは、しきと言います。苗字はありません。今は……このおうちで、座敷童をしています」
「座敷童」
 繰り返す柿原に彼女は「はい」と頷く。
「そこのお部屋を借りています」
「へえ……」
 柿原はそうかあ、とただ頷いた。
「それで。お兄さんの体調は、ボクのせいで」
「いや、しきちゃんのせいじゃ……」
「よし、順を追って話してもらおう」
 柿原は「皆まで言うな」と言わんばかりに手で話題を制した。
 それもそうだ。あちこち話が飛び回っては、分かるものも分からなくなる。
 そうして僕としきちゃんは二人で話す。

 僕が吸血鬼で。しきちゃんが座敷童である所から。
 夜の公園で出会った事。彼女の血を吸った事。
 彼女の家の事。解放と引き換えにその血に受けた呪いの事。
 それが今、僕の中にもある事。
「それで……」
「それで?」
 流れでさらっと話せるかと思ったけれども、ここでやっぱり言葉が止まった。
 柿原が首を傾げて続きを急かす。
「ええと……その」
 ちら、としきちゃんを見る。彼女も柿原と同じくどうして話が止まったのかいう顔をしている。つまりは、僕ひとりが抱き、知っている感情だ。
 別にこの想いをばらしてアイツが可哀想、という事は欠片も無い。ただ。僕自身がなんか恥ずかしいのだ。考えるだけ、感じるだけなら良い。いざ人に説明するとなると、なんという罰ゲームだと思う。あいつは本当に、僕と合わない奴だと再認識する。
 とはいえ、ここで止まっていてはいけないのだと、僕は自分自身に言い聞かせる。
 どうして言い聞かせなければならないのか。ちょっと釈然としない気もしたが、僕は意を決して言葉を吐いた。
時間も忘れてぐっすり眠ると、すっきりするような、疲れるような。
そんな感じがします。
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