挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
僕とボクの日常攻略 作者:水無月龍那

課題3:僕とボクの体調管理

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

16/42

課題3:僕とボクの体調管理 4

「――……」
 目が、覚めた。
 身体が酷く重い。重力に身を任せて布団に沈んでいたい。そんな感覚。
 だが、そうはいかない。なんとか首だけ動かして時計を見ると、アラームが鳴る数分前だった。
 随分朝に強くなったもんだ。なんて。そんな言葉すら笑えない。
 最近は目覚ましひとつ止めてしまえばそれで事足りるようになってしまった。全てはあの夢のせいだ。ああ……苛々するのも体力を使う。
 とりあえず重い身体を引きずるように着替える。鞄を持って部屋を出ると、トーストの匂いがした。
「おはよう、ございます」
 今日は具合どうですか? としきちゃんがそっと声を掛けてくる。
 少しだけ視線を向けても彼女の姿は見えないが、カウンタの所には既にお弁当箱が包まれていた。
「うん……大丈夫」
 ソファに鞄を置いて洗面台へ向かう。台所を見ることはなかったけど、スクランブルエッグが出来上がっているらしい。フライパンを箸でかしかしと混ぜる音と卵の匂いがした。
 顔を洗って鏡を見る。ああ。これは具合が悪いと人から心配されるのも無理はない。
 目の下のクマが酷い。
 髪をどかしてみると、顔色も結構酷かった。元々色白ではあるけれども、それを通り越して貧血でも起こしそうだった。
 とりあえず朝食を食べれば少しは持ち直すだろう……彼女と顔を合わせて消耗する分とどっちが大きいかは分からないけれど。と、髪を手櫛でさっさと戻して食卓へ向かう。
 僕が戻ってくる頃には、テーブルの上に食事の準備ができていた。
 皿の上に乗ったサラダとベーコン。それからスクランブルエッグ。
 テーブルの真ん中には焼いた食パンとマーガリン。
 しきちゃんがぱたぱたとコップに注いだ牛乳を持ってきて、それぞれの席に置いた。
「いつも。ありがとうね」
「いいえ。ボクは、これくらいしか……できませんから」
 ふるふると首を横に振ったらしく、肩で揃えられた髪が揺れたのだけが視界に入った。
 朝食を食べながら朝のニュースを聞き流し、天気予報だけ把握して。食べ終えた食器を片付ける。
「あ。お皿はボクが洗います」
 流しに立った僕の袖を、彼女がそっと引いた。
「――っ!」
 思わず彼女を見下ろす。そのまま硬直してしまう。
 腕を振り払うなんて行動も思いつかなかった。
 随分久しぶりに見た彼女の目は、こんなに赤かっただろうか。
 肌の色。揺れる髪。僕の袖を掴むその指は――こんなにも細くて、華奢で。美味しそうで。おいしそう、で……。
 色んな感想と感情がぐるぐると回る。なんだかくらくらする。胸がぎゅっと締められたような感じもする。これは良くない。
「え。っと……うん。お願い。していいかな」
 僕、学校行かなきゃ……、と視線を逸らす口実に壁掛け時計を見ると、「はい」という返事と共に袖の引っ張られる感覚がなくなった。
 少しだけ残念な気が……いや。何を考えているんだか。
 僕はソファに置いていた鞄を手に、玄関へ向かう。
 見送りに、とついてきた彼女は、靴をはく僕の背に、「あの」と声をかけてきた。
「お兄さん……お休みしなくても、大丈夫ですか?」
「ん。大丈夫」
 体力的にはちょっと自信ないけれど。
 ここで一日彼女と過ごすのもまた、自信が無い。
「無理はしないから。それじゃあ――行ってきます」
「はい。いってらっしゃい」
 そして僕は、ドアに鍵を掛けて学校へと向かった。

 □ ■ □

 学校生活は平和そのものである。
 授業を受けて、昼食を食べて。授業を受ける。
 柿原とは授業が重なってなかったけど、校内ですれ違った。
 曰く「お前ホント顔色悪いぞ」とのことで、ブロック状の栄養補助菓子と野菜ジュースを投げつけてきた。
 空き時間はぼんやりとして過ごした。校内を行き交う人々を眺めてみたり、図書室で本を探してみたり。いつも通りと言えばいつも通りに過ごした。違う事と言えば、この体力の心許なさだろうか。
 人は少ないけれども男女共に歩き回っているこの空間。
 それが別に苦痛じゃかったと気付いたのは、夕方――帰宅間際になってからだった。

 気付いたって僕の身体はしっかり家に帰るようになっている。
 なんでかって言われても、単なる癖だ。
 外で一晩過ごすという事はあまりなく、何があっても必ず一度は家に帰るようにしている。そんな生活が長年の間にすっかり染み付いてしまっていた。
 外で過ごすのは、落ち着かないんだ。
 けど。
 今この状況で家に帰るのも辛い。
 しばらく家を離れるか。
 それがとても良い考えのように思えた。
 最近は寝泊まりをする所なんて山ほどある。最悪柿原に事情を……いや、話せない。
 具体的にどうするかは決めないまま。
 とりあえず数日家を離れよう。
 そういう結論を出した。

 とはいえ。荷物をまとめるため、一度は家に帰らなくてはならない。
 いつも通りに食材を買って、いつも通りを装って。
 玄関を開けて。のろのろと靴ひもを解く。
「おかえり、なさい」
 しきちゃんの声がする。それだけで手元が狂って、指先が紐に絡まる。
「……うん。ただいま」
 靴ひもに集中する。はあ、と溜息が零れた。
「お兄さん……やっぱり具合悪いですか?」
「……ん」
 落ち着けと言い聞かせる。ようやく解き終えた靴を揃えて立ち上がると、そこにはしきちゃんがいつものように立っていた。
 見上げるその目が、悲しげな色に見える。悲しませてるのはきっと。いや、確実に僕だ。
 平気そうな顔をしてみたけれど、彼女の反応を見るに失敗したのは明らかだった。
 僕にできたのは、彼女から目をそらして、どうにかこうにか自分の言葉を探そうとするだけ。手の平を口に押し当てて、見つかりそうにない言葉を。言い訳を。探す。
 出てくるのは、情けないの一言。それから、なんと表現すれば良いかわからないこの気持ち。
「あ……あの」
 しきちゃんがそっと、声をかけてきた。
 酷い態度を取ってると自覚している。なのに、彼女は変わらず僕を心配してくれているのが分かる。
 それは、座敷童だからかもしれない。
 僕の体調不良は、自分に原因があるのかもと、責任を感じているのかもしれない。
 だから。せめて。
 やっと見つかった言葉を。
 膝をついて、ぐっと視線をあげる。彼女と視線の高さを揃える。
「ごめん。体調……心配させて」
「……」
 ああ。僕はこれ以上何か口にしたらいけないような気がする。
 その。と僕の視線があっという間に足元に落ちる。
 そこに有意義な何があるという訳でもない。あるのは言い訳だけだ。
「季節の変わり目だから、かな……疲れが、取れなくて」
 僕は嘘をつくという事には割と自信があったのだけど。今この瞬間においてそれはあっけなく砕けたし、なんだか酷い罪悪感があった。ああ、早く離れてしまいたい。
 けれども彼女は「そう、ですか」とだけ言った。
 そうなんだ、と頷くのがやっと。
 僕は立ち上がって「だから」となんとか言葉を繋ぐ。
「夕飯は……いいや。材料はあるから、食べてて。僕、もう寝るよ」
「はい」
 鞄と買い物袋を拾い上げて、彼女から視線を逸らしたまま通り過ぎると「あの」と小さな声が僕の足を引き止めた。
「……何?」
 振り返らずに答える。自分で声のトーンが落ちたのが分かる。また悲しい顔をさせただろうかと心配になる。同時に、一刻も早くこの空間から立ち去りたくてたまらない。混乱した感情は次第に苛立ちへと変わっていく。いや、この感情に対応できない自分への苛立ちなのかもしれない。
「明日の、お弁当は」
「イラナイ」
 彼女が息を飲んだのが分かった。
 こんな時でも僕の昼食の心配をする。どうして。八つ当たりにも近い言葉に反論の一つもせずに居られるのか。
 なんて思ってるのに。
「あの……お兄さんの体調、やっぱり、ボクの――」
「違うから!」
 まだ君はそう言うのか。これ以上、何も言わないでくれ。
 僕の血が、ざわりと騒ぐ。夢の中の僕が、にたりと嗤って肩を抱く。そんな気がする。
「ちょっと……、いや、しばらく。ほっといてくれるかな」
 ぽつりと零れたこの言葉は、彼女にどんな顔をさせたのだろう。「はい」という小さな返事でなんとなく察する事はできたけれども、表情を見る事はできなかった。
「あの、ボク……リビングに居ますから」
 何かあったら呼んでください、と言い残すような声がした。
 掠れた悲しい悲しい声に、心臓が掴まれたような感覚がする。
 その感覚も、彼女の声も全部無視して、僕は足早に部屋へと戻った。

 後ろ手にドアを閉めて、ずるずると座り込む。頭を抱えて、深い深い溜め息をついた。
 もう自分が分からなくなってきていた。
 苛々する。
 僕は。私は。一体彼女をどうしたいと言うのだろう。悲しませたい? 自分のものにしたい? 一緒に居たい? ああ、分からない。どれもが正解のようで、どれもが間違っている気がする。
 とりあえず分かった事といえば。僕は自分自身を過大評価しすぎていたって事だ。
 これまで飲み込んだ命の数なんて物ともしない程の感情。しきちゃんを安心させるために言った言葉は、僕自身にも言い聞かせたものだったのかもしれない。なんて無意味で、馬鹿で、愚かなんだろう。言葉をいくら重ねても足りない。
 彼女に謝りたい。でも、今の僕はきっと彼女と顔を合わせることが出来ない。こんなにも自分の感情を整理出来ないままで。
 どうすれば良いんだろう。どうすれば。どうすれば。どうすれば。

 しばしの自問の後。帰る前に思いついた答えをようやく思い出す。
 そうだ。この家を出て行けば良いんだ。
 しばらく。しばらくでいい。
 のろのろと立ち上がって、クローゼットを覗く。
 服を数着。隅に転がっていたスポーツバッグに詰める。
 玄関からは出て行けない。
 ならば。窓だ。
 そっと窓を開けて、ベランダに出る。
 夜風が部屋に吹き込んで、カーテンを巻き上げた。
 もしかしたら気付かれたかもしれない。
 そうでなくても、いつかは気付かれるかもしれない。
 でも。
 今はこれが最善のような。そんな気がした。
「いってきます」
 いつかちゃんと帰ってくる。それだけは約束して。
 僕はそっと、窓を閉めた。

 月は雲に覆われている。隠れるには良い夜だった。
 そしてそのまま、僕は彼女の前から姿を消した。

 □ ■ □

 答えは見えないまま、僕の時間は刻々と過ぎていく。
 眠れば夢のあいつが考えなくて良いのにと言い聞かせてくる。うるさいと押さえ付ける。
 目を覚まして、学校へ行って。そのまま夜の街に姿を消して。
 何日くらいそういう生活をしただろう。
 疲れは一向に取れない。寧ろ、夢のあいつの言葉が強く残って仕方ない。
 彼女はどうしているだろうか。会って何か言える気もしないけど、やっぱり気になる。
 手を伸ばしてもいけない。きっと、掴んで離さなくなってしまう。
 何でだろう。平穏な日々を求めていた僕の何かがそう問いかける。
 僕は。平穏に過ごすと決めた時から、その努力だけは崩さないようにしてきたつもりなのに。

 何で、こんな事になってるんだろう?
 何で、こうして逃げてるんだろう?
 向かい合う勇気がない? うん。
 どうして? どうしてだろう。
 彼女が愛おしい? それは、座敷童の力あってこその感情だ。
 あの血が美味しかったから? それは事実だけど、違う。
 夢に感化された? 違う。というか嫌だ。
 意志が弱かったから? 答えられなかった。

 そうして今日も、ぼんやりと街をふらつく。
 適当なネットカフェにでも、と足を向けようとしたその時。
 人混みの中に金髪を見た。
 いや、金髪なんてそう珍しくない。街中なら尚更だ。
 でも。それでも目を引く程に綺麗な。染めた物じゃないと分かるような髪の少女。
 知らない顔だ。
 だが、その隣。
 深緑のロングコート。黒い髪の、背の高い男。僕と同じ年か、少し上に見える。
 髪はなんだか野暮ったく顔を覆っていたが、その目は。僕を見ていた。
 くいくい、と少女が男の袖を引く。
「――」
「――」
 二人は少しだけ会話をして、雑踏に消えていく。
 動けなかった僕は、二人をそのまま見送る形になる。
 雑踏に紛れてしまう直前。青年が少しだけ振り向いたのが見えた。
「やっと、みつけた」
 にこりと微笑むような口の動きは、そう読み取れた。
 僕がその言葉を理解した時には、既にその姿は雑踏に消えていた。

 そして僕は気付く。
 あの青年には、会ったことがある。
 いや。会ったことがある、なんて軽い物じゃない。
「なんで……」
 背中がひやりとした。
 フラッシュバックしたのは、足元で波立つ血液。
 僕の足を掴む、筋張った細い指。
「確かに……死んだじゃないか……」
 なんでこんな所に居るんだ。
「見つけた」
 彼は、確かにそう言った。
 これ以上、ここに居てはいけない。
 踵を返して、僕はその場を離れる。
 どこに行けばいい。
 どこに行けば。
 どこに――!

 気が付くと、僕は家の廊下に立っていた。
 足は自然と家へと向かい、そのまま鍵を開けて駆け込んだらしい。
 目の前には、数日ぶりに見た少女が何か言いたげに立っていた。
 久しぶりに見たその姿に、なんだかとても安心した。
 安堵して。なんだか泣きそうになって。
 何か言いたかったけど、言葉が出なくて。何も言えなくて。
 ぐしゃぐしゃと頭を掻きむしって。
 そのまま部屋に逃げ込んだ。

 ああ、僕の馬鹿め。愚か者め。
 ドアを背にして座り込む。
 僕ってこんなに思い切りの悪い奴だったか? 平穏に生きようとして、その生活に浸って。すっかり爪も牙も無くしてしまったか?
 いや。それで良かったのに。むしろ、それを望んでいたのに。
「――考える必要なんて、ないだろう?」
 そんな声がする。幻聴だ。
「ほら、考えるのは苦しい。ならば考えなくて良い」
 幻聴のくせに。僕のイライラした思考をゆっくりと飲み込んでいく。
 ゆっくりと。どこまでも穏やかな声で。
 僕の意識を蝕み、沈めていく。
「ほら。何もかも忘れたって構わないよ。いっそ消えても、構わない」

 そうして僕の意識は、ずるりと飲み込まれていった。
むつきさんは思い切りが良いんだか悪いんだか。
平穏を求めるのと、悩んでうじうじするのは違います。
自炊は出来るし生活も出来る。これでもしっかりしてる方だと思ってたんです。
保守的すぎると手に入る物も手に入らなくなりますね。

エピソードがたりなくて書き直したら、なんかいつもの倍くらいあるような気がします。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ