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正しい悪魔の飼い方 作者:庚 真守
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悪魔の乳房のこと

 月が蒼い。
 爪でひっかいたような細い月が、濃い紺色の空にかかっている。
 掛け樋から手水鉢へ流れ落ちる涼しげな水の音が耳に心地よい。
 庭木や敷石に打ち水をしたせいか、冷ややかな風が通っていく。
 結桶に氷水を注ぎ、そこへ缶ビールを何本か放り込んでおいた。こうしておけば冷蔵庫に入れるより、早く冷えるのだ。
 夜風に当たって、縁側に座り込む。
 足元に置いた蚊やりの豚から蚊取り線香の細い煙があがっているせいか、植木や池があるわりに蚊は少ない。
 柱にもたれかかり団扇であおいでいると背後から、ひやりとしたものを胸元に差し入れられて飛び上がりそうになった。
 氷でも入れられたのかと思ったが、そうではない。
 冷たいものは、あたしの胸をわしづかみにしている。
 ほっそりとした指の先に真珠色の長い爪が、ほの暗い中でもはっきりと見えた。
 繊細な手はタンクトップの下にもぐりこみ、抵抗する間もなく下着をつけていない胸の先をつまみあげる。
 いきなりの痴漢行為に、悲鳴をあげるより怒りに血が昇った。

「何やってんのよっ!!」
 タンクトップの胸元に突っ込まれた手を引き剥がそうとするが、相手の力のほうが強い。
 細いくせに、恐ろしく馬鹿力だ。
 こちらがやっきになってもがけばもがくほど、その手はまるで面白がっているかのように、敏感な先端を指で転がす。
「ふぎょっ!」
 思わず情けない声がもれた。
 後ろから耳に息を吹き込まれたからだ。じつは、あたしは耳が弱い。
「放せっ、このド変態がっ!」
「どうした。血圧が上がっているぞ。身体に悪い」
 背後から低い女の声がした。
 あたしのほかに人気がなくなり、暗くしていると現れる座敷童か幽霊のような存在。
 やつが地上に出てくるのは、夕方以降のことだ。明るい日差しが苦手らしい。
 あたしは、できるだけ明かりをつけないようにしている。
 別に日に当たったからといって灰になってしまうわけではない。吸血鬼と悪魔の違いであろうか。

「誰のせいだと思ってんのよっ!」
「そなたの語尾は必ず“っ!”がつくな。少しは落ち着いて話せ」
 冷静でのんびりとした相手の口ぶりに、ますます腹が立ってきた。
 こちらの感情など毛ほども気にする様子もなく、やつはあたしの胸をねちっこく緩急をつけて揉んでいる。
 触りかたが妙にオヤジだ。
 いくら女の手でも、オヤジに触られているようで不愉快極まりない。
 こいつは、悪魔は悪魔でも、淫魔ではないのか。
 だが、淫魔というのは寝ている時に出てくるというではないか。
 こいつは寝ている人間を起こして遊ぶから、たちが悪い。

「ぅだぁぁあぁっ!!」
 我ながら奇天烈な声を発しながら、身体をそらせてなんとか、その手から逃れようとする。
 怒りのあまり頭に血が昇り、今にも血管が切れそうだ。
 涼やかな気分は一転して、脳内は煮えくり返っていた。
「興奮するな。触られたのが気に入らぬなら、わしの胸も触ればよかろう」
 そう言いながら悪魔は、あたしの正面に回ってきた。

 豊満な乳房をあらわにした姿で女は、嫣然と微笑む。
 長い黒髪に、褐色の肌。
 巴旦杏の形をした目許にエキゾチックな雰囲気がある。
 胸から胴までのラインは蜂のようにくびれて、それを忠実に形どる鎧は、まるでコルセットだ。
 中世のプレートアーマーというのか、身体のラインに沿った薄い金属板をつないだもののようだ。
 漆黒の鎧に、真紅の大蛇が鎌首をもたげている。
 今は胸甲を外し黒衣の襟をくつろげて、これ見よがしに露出した完全な球を描くようなふたつのふくらみ。その先端は濃い朱鷺色をしていた。
 ただの女ではない。息を呑まずにはいられないほどの美女だ。
 残念ながら、ただの露出狂ではない。これがあたしの悪魔だ。

 むき出しの胸を前にして、あたしは怒りを通り越して、目眩を起こしてた。
 自慢か? 自慢なのか。
 確かに彼女の胸は大きいだけではなく、形も色も見事だ。
 でも、乳輪は日本人のほうがもっと奇麗なピンク色している。……いや。そんなくだらないことで張り合っている場合ではなかった。
 頭を抱えそうになるあたしの両手首をしっかりと捕まえ彼女は、いきなり自らの豊満な胸に押しつける。
 たちまち掌の下で、粒だった乳首が硬くそそり立つ。
 ぎょっとして手を引っ込めようとするが、相手がこちらの腕を放さない。

「どうじゃ?」
 半裸の女は、こちらを見据えてきた。
 猫を思わせるようなつり上がり気味の目が、やや寄りぎみになっている。
 漆黒の髪に縁取られた美貌があまりに真剣で、あたしはなぜだか後ろめたいような妙においつめられた気分になってきた。

 ――どうすればいいんだ。揉めってことか?

 当たり前だがあたしは、他人の胸など揉んだことがなかった。
 触ったことぐらいならあっても、普通は女同士で胸を弄ることなどありえないだろう。
 ちょっとした好奇心が湧き上がる。
 温泉地などで見る気合いのない女の裸体などとは、くらべものにもならない。
 どんなグラビアアイドルでも、こんなに完璧な形のバストはないだろう。
 西洋の悪魔というのは、その外見も西洋人そのものだった。
 少し揉んでみたい気もする。
 いかん。ダメだ。そんなことをしたらこいつの思う壷だ。
 うっかり術中におちてたまるものか。

「かまわぬぞ。遠慮はいらぬ。揉め」
 そう言ってなおもぐいぐいと自分の胸にあたしの手を押しつける。
 筋肉質なくせに柔らかい。柔らかいが張りがある。うどんじゃないが腰があるとでもいうのか。
 つんと上を向いた朱鷺色の小さな尖りは、固くしこっている。
 もし、あたしにそっち方面の性癖があれば、相手が悪魔であろうとむしゃぶりついているかもしれない。
 そんなことを考えて、無気力な笑いがこみあげてきた。
 馬鹿か……あたし。


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