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正しい悪魔の飼い方 作者:庚 真守
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悪魔憑きの女のこと

 あたしは悪魔を飼っている。
 それも凶悪な悪魔だ。
 おとなしく従順な態度を見せて、鋭い爪や牙を隠している。
 いつかは、あたしもその爪に引き裂かれてしまうのかもしれないが、とりあえず、今この瞬間の悪魔は、あたしへ愛情を寄せているらしい。



 桜の咲くころに、それは現れた。
 季節外れの雷鳴が響く。雷が墜ちたと知ったのはもうもうと煙が上がっているのを見た時だ。
 火がついたものの生木だから、燃え上がることはない。
 老いた木は、まるで泣き叫ぶかのような音をたてて縦に裂ける。
 悪魔は煙の燻る木の中から、燃え残りの炎を身にまつわらせて立っていた。
 奇怪でありながら、息を呑むほど美しい。
 現実離れした現実がそこにあった。
 悪魔は、冥府の魔神の一柱で四十の悪霊の軍団を率いる大公爵だと名乗った。



 そもそも悪魔というのは、キリスト教のものだったはずだ。
 神に反逆する存在で、うちは仏教徒だから無関係のはずだ。
 ホラー映画でも、悪魔は古い立派な洋館に出現している。
 うちは古いが日本家屋だ。無意味に敷地が広いせいで、固定資産税も馬鹿にはならない。
 おまけに先日の大雨で、池の水が溢れてしまい庭の風情もあったもんじゃない。
 庭にある桜の老木は、春になると毛虫が大量発生するしで、何かとタイヘンなのだ。もっとも大きな桜は、悪魔のせいで幹から裂かれ無残な姿を晒している。
 亡くなった祖父は戦前からあるこの家を“桜館”と名付けていたくお気に入りだったようだが、ご近所では“後家屋敷”と呼ばれているらしい。

 去年までは、正真正銘の後家である祖母と母との気楽な女所帯だった。
 婿養子であった父は、女遊びがきっかけでこの家から追い出されたそうだ。もう何年も会っていない。
 祖母は、ハイキング中に変なキノコを食べて亡くなった。
 そういえば、祖父が亡くなったのも生茹でのタニシの食べ過ぎだったと思う。考えてみれば夫婦そろってゲテモノ好きだったのだろうか。

そんな変わり者が多いせいもあって、孫のあたしも親戚たちからは“行かず後家”とあだ名されている。
 後家と言われるほどの年齢でもないはずだが、年寄り連中に言わせると四捨五入して三十になるという。女の盛りは、二十歳までらしい。
 他人の年齢を勝手に四捨五入してもらいたくないものだが、今はそんなことはどうでもいい。

 とりあえずの問題は悪魔だ。
 この家で鬼や妖怪。あるいは(出てはほしくないが)幽霊でも出たなら、まだ納得できる。
 なぜ、西洋の悪魔なのだろう。まったく脈絡がないではないか。

 旧約聖書に登場するソロモン王は、エルサレムで神殿を建立するために、神より悪魔や天使を使役するための指輪を神より授かったというが、当然ながら仏教徒には無縁の話だ。
 オカルトには、ちょっとだけ興味があるが、だからといって悪魔召還のための魔方陣を描いたり、サバトを催すなんてことするはずもない。
 そうなるとなぜ、悪魔がわが家に唐突に現れたのか。
 この結果があるのは、その前に原因があるはずだ。それがまったく判らない。
 キリスト教やユダヤ教に、縁もゆかりもないこの家に、悪魔はいつの間にかいついてしまった。

 この家に悪魔がいることを、誰も知らない。
 母も、一周忌の法要にきた客も僧侶も誰も、その存在にさえ気づかないのだ。
 夢と現実の区別がつかなくなっているのは、あたしだけなのか。



 もしかしたら、あたしは憑りつかれているのかもしれない。


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