挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
天上の青は謳う 作者:奏多
4/32

1章 勇者の姉、召還 -3

 その後、伊織はまず着替えさせられることになった。
 この国の住人らしくない格好で歩けば、国内に既に潜んでいるかもしれない敵に「わたしが標的です」と自己紹介して歩くようなものだ。伊織としても、このよれよれの部屋着でうろつきたくない。
 文化が違うのでこれがどれだけ適当な服か、フレイ達にはわかっていないようだが、内心非常に肩身が狭かった。なので、伊織は諸手を挙げて着替えに賛成した。

 フレイ達が退出するのと入れ替わりに、女官の集団が大挙してきた。大多数が同じ紺色のお仕着せ姿で、中の偉そうな中年の女性だけは違う服を着ている。

「私、イオリ様のお世話をさせて頂く、侍女のルヴィーサと申します」

 赤毛の女性が自己紹介するやいなや、伊織は彼女達によってたかって着替えさせられた。
 その服も、伊織にとっては興味深かった。
 一番下は半袖の白い薄手のワンピース。襟ぐりが広いので、頭からすっぽりと被る。
 上からビスチェみたいな、厚手の布のコルセットを着用。あんまり腰を締められずに済んで、ちょっとほっとした。
 それからまたもう一枚、今度は裾の長いワンピース。

 更にガウンみたいな服を二枚重ねる。このガウンの着方が、浴衣みたいでちょっと懐かしかった。
紐で締めて、その上から帯を巻く。最後の一枚はふわりと羽織るだけ。色は上品そうな藍色だ。上着は銀の刺繍があって、とても綺麗だと伊織は思った。
 着用完了すると、鏡の前で一回転してみたくなったが自制する。そのあたり、自分も女の子という人種なんだなと、伊織はしみじみ感じた。

 更には髪も結い上げてくれた。
 それほど長くない髪を斜め上に結い、そこに綺麗な色の組紐や布の花を飾り付けていく。
 できあがり具合を大きな鏡で見て、伊織は「うはぁ」と感嘆の声を漏らした。
 どこかへ出かける時だって、面倒くさがりな伊織は適当に髪を結ぶだけだったのだ。それが別人みたいに華やかに見える。
 最後にお守りだと言って、青い綺麗な石のついたペンダントを首から下げてもらった。

 でもちょっとだけ気になることがあった。皆はあきらかに西欧系の顔立ちで、体格も伊織より良い。その中に彼女がいると、子供がまぎれこんでるみたいに見えるのだ。
 ということは、合う服を作ってくれていたのだろうか? でも召還は急なことだと言っていた。それなら誰かの服か。
 伊織は疑問を解決するため、遠まわしにルヴィーサに訪ねてみた。

「あの、こんなに素敵な服、どなたかのをお借りしているんだったら申し訳ないです。お礼を言いたいのですが……」
「お気になさらないで下さい。ユーキ様から小柄な方だとは聞いていたので、召喚のお話を伺ってすぐに、王妃殿下から幼少時の衣装をご下賜頂いたのです。予想以上にお体に合って、ようございました」
「え、これ、王妃様の服?」

 予想以上の回答に、思わず伊織は呆然とする。そんなすごい服だったのか。確かに刺繍とか飾りが半端ないとは思っていたけれど。

「じゃ、じゃあ王妃様にお礼を」
「後ほどお会いする時に、申し上げていただければよろしいかと存じます」

 やっぱり王妃様にも、後で会わなくちゃいけないらしい。
 伊織の頭の中で、RPGゲームの一場面が思い浮かぶ。
 世界を救うために旅立つ勇者が王様に出発の挨拶に行くシーンだ。そこでは王様から『よくぞ来た、勇者○○よ』なんて言われるのだ。

 そういえば、悠樹も同じ事をしたのだろうか? そもそもお城で生活してたのだから、何度も王様やら王妃様やらに会っているはずだ。
 伊織は思わずこの世界のどこかにいる悠樹にお願いしたくなる。
 その「慣れ」を、少しお姉様に分けて下さい弟様。あまりにロイヤルな相手では、いくら自分でも気後れしてしまう。
 そこで扉がノックされ、フレイがアルヴィンと一緒に戻ってきた。

「綺麗にお仕度されましたね、イオリ殿」

 フレイが褒めてくれて、伊織はただただ恐縮する。
 その横にいるアルヴィンは、ぼんやりとこちらを見たまま何もいわない。
 王妃も、この王子の母なのだからさぞかし美しい人だろう。そんな人の服を伊織が着ていたら、さぞかし滑稽に見えたに違いない。

「ごめんアルヴィン、王妃様の服貸してもらっちゃって」

 伊織が謝ると、アルヴィンは変な表情になる。通訳するなら「何言ってんだコイツ?」という感じだ。
 ややあって、ぶっきらぼうに言ってきた。

「いや、母上が差し上げた物だし、別に」

 じゃあなんで変な顔するんだろう?
 わけがわからないまま、伊織は彼らに付き添われて廊下に出た。

 先導して歩くルヴィーサの後ろを、イオリは長いスカートの裾を踏まないように歩いた。
 それだけで実は精一杯だった。廊下でも何度かつっかかり、階段ではそのまま顎から前につんのめり、一歩先を歩くルヴィーサにダイブしかけた。
 その度に踏ん張り、さらに緊張をみなぎらせながら歩いていたので、どこをどう通ったのかも、誰とすれ違ったのかもまったく分からない。
 ただ、その人達は謁見の間の前にいた。なので伊織も彼らを見る余裕があった。

(ザビエルに剃り込みに……)

 思わず種類を脳裏に浮かべてしまうほど、様々な禿げ具合の壮年の男性達が十二人ほどいる。彼らは頭頂を伊織達にさらし、赤い絨毯の上に膝をついて深々とお辞儀していた。

「勇者の姉君のご来城は、秘匿されねばならない。王命である。各々疾く立ち去られよ」

 厳しい表情でアルヴィンが解散を言い渡す。が、中の一人が進み出た。まだ禿げができていない彼が、理由を述べはじめる。

「申し訳ございません。世界の英雄への敬意をぜひ、姉君様にもご理解いただきたいと思いまして、王城近くにおりました者達皆でここでお待ちしておりました」
「ミュルダール伯、殿下のご命令です。御前から下がられよ」

 全てを言わせずにフレイが念押しすると、ミュルダール伯を含めた彼らはしかたなさそうにお辞儀を解き、謁見の間らしい大扉の前から立ち去っていった。
 その際、ミュルダール伯がもう一度恨みがましそうな目で振り返る。彼の視線の先がふと気になって見れば、フレイが()め付けるような目をしてミュルダール伯を見ていた。
 どうやら何か確執があるっぽい。

「まったく、誰が漏らしたんだか……」

 アルヴィンがため息をつくと、フレイが吐き捨てるように答えた。

「きっとミュルダール伯です。今回の召還で、エンブリア・イメルは彼の領地から献上させましたから。けれどこんな大仰(おおぎよう)なことをされては、敵である他国にまで動きが知られてしまいます」
「やっかいなことを」
「それだけ、ユーキ様のご動向に誰もが無関心ではいられないのですよ」

 ルヴィーサがやんわりと間に入る。

「魔を退けられるのはユーキ様だけ。それに対する敬意を現さずにいられないのかもしれません」

 そう言って、ルヴィーサは伊織達を控えの間に押し込め、自分は謁見の取り次ぎのために出て行く。

「そういえば、悠樹の旅ってどんな感じなんですか? この国で魔物を見ることがないから今一ピンとこないんですけれど。あと魔ってどんな奴なのか……」

 手紙に細かく書かれたことがないので、いまいち伊織には「魔」という存在がよく理解できていない。

「亡霊みたいなものだ」

 見たことがあるというアルヴィンも、曖昧な表現をした。

「魔は世界の歪みから発生すると言われている。その歪みから這い出た魔は世界を食べるために物質のあり方を歪めてしまい、植物は枯れ、大地は腐る。動物達は心を歪められて暴走する。勇者はそんな魔を消滅させ、歪みを正して歩くんだ。古い伝説によると五百年毎に魔の侵食が発生してるらしい」
「五百年……」

 では、五百年毎に勇者が出現するのだろうか? 尋ねてみると、必ずしもそうではないらしい。
 勇者がいない時代もあって、その時人々は絶滅の危機に瀕したという。
 そのうちに奇跡的に歪みが戻って魔はいなくなったが、それ以前の過去の文献や遺物もほとんどが失われ、多くの国が消滅したらしい。

 荒廃した世界で生き抜くことに必死で、様々な知恵も失われた。だから世界中の人々が勇者を大切にする。今回のように勇者を脅迫しようなどという計画が持ち上がる事は、本当に稀なのだ。

「勇者がいてさえ被害は発生するっていうのに、何を考えてるんだかな」

 アルヴィンがそうぼやいた時だった。
 ルヴィーサが戻ってきて、彼らと伊織に準備は良いかを尋ねてくる。
 返事を受けた彼女は、王と王妃の待つ謁見の間へ入るため、扉の守護をする衛兵に開扉を告げた。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ