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ある旅人の手記 作者:まみや ろも
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猫の街

その街は、猫の街と呼ばれているそうだ。


確かに宿に着くまでに多くの猫を目にした。
猫好きのわたしとしては、早々に荷物を置いてカメラを持って街中を散策したいところなのだが、それは止めておく事にした。



あまり大きくないこの街で今日、葬儀が行われるそうなのだ。




亡くなったのはかなりご高齢のおばあさんだという。
店番のために残った宿の娘さんからそう聞かされた。
この宿は宿泊だけではなく、食堂と酒場も一緒に経営しているらしかった。
娘さんはその食堂の方の店番なのだろう。



猫が好きで、大きな鍋を何個も手押し車に乗せて、街中の猫に餌をあげて歩くのが日課だったという。
それではこれから猫たちのご飯はどうなるんでしょう?
と聞くと。
もう数ヶ月前から、足を悪くしたおばあさんに代わり、お孫さんがあげているのだそうだ。



「あなたも葬儀に顔を出せばよかったのに」

「ここへ来るまでにも、何度かそう声をかけられましたが、遠慮しました」

「そんなのしなくて良かったのに。おばあちゃん、賑やかなの好きだったから」

カウンターに頬杖をついて、娘さんが笑う。
その笑った目が、なんだか猫みたいだった。







夜。

葬儀を終えた人たちが酒場に集まってきた。
口々におばあさんの思い出話しを私にも聞かせてくれる。


親に怒られて泣いていると優しく頭を撫でてくれた話。

誕生日にサプライズパーティーをしてひどく驚かれた話。

人の家に子供が産まれた時、自分のことのように喜んでくれた話。

自分の子供が孫を生んだ時、喜びすぎて腰を抜かしてしまった話。

先に亡くなったというご主人の話。

その日から、おばあさんの日課が始まったという話。



そうして話すことがまた弔いになるんだよ。
そう言って、次々にわたしのコップにぶどう酒を注いでくれた。

「そういえば、おばあさんのお家では猫は飼わなかったんですか?」

ややお酒の回った頭に、そんな疑問がわいた。
いや、それほどの猫好きなのだから街中の猫がおばあさんの猫だったという事なのかもしれない。


だが。



「飼ってるわよ。真っ白くて耳の先が茶色い雌のペルシャ」

いつの間に居たのか、宿の娘さんが隣に座っていた。

「飼ってたんですか!!それなのに餌をあげて歩いてたんですか」

「そうね、面倒見がいいっていうか人懐っこいのよ」

まるで猫みたいね。
と言って、わたしのコップにお酒を注いだ。
人懐っこいのは皆さんも同じですけどね、そう思ったが口に出すのはやめておいた。


おばあさんの思い出話はまだまだ続くようだったが、これ以上お酒が入ると酔いつぶれてしまう。

明日は早いので。

そう断りを入れてわたしは部屋に戻ることにした。






翌朝。
少し早めに起きたわたしは街を散歩してみることにした。
道端や壁の上、木陰の中、荷車の下。
様々な所にいる猫たちを眺めていると、手押し車に大きな鍋を何個も乗せた若い娘さんを見かけた。
おばあさんの孫娘なのだろう。
1匹1匹に声をかけながら餌をあげていく。
通り過ぎざまに軽く頭を下げたのだが、ちらりと顔を見て、わたしが猫ではないとわかるとそのまま次の餌場へと足早に去っていった。



充分に猫たちを堪能し、日が昇り切る前に出発しようと宿を後にすることにした。
お会計をしていると、宿の娘さんが、ふいと近寄ってきた。

「行くの?」

「ええ、お世話になりました」

「そう、気をつけて」

それだけ言って、2階へ上がってしまった。


本当に、ここの街の人たちは。
人懐っこくて、素っ気なくて、気まぐれで。

猫そっくりだった。







車に乗りこみ、ちょっとだけ寄り道することにした。

そこは、墓地。

おばあさんのお墓があるところだ。
おおよその場所は昨日聞いていたので、すぐにおばあさんのお墓を見つけることが出来た。






ただ、そこには先客がきていた。












真っ白で



耳の先が茶色い



大きな



ペルシャ猫。








彼女は飼い主だったおばあさんの墓の前で。
誰もいない墓の前で、時が止まったように、墓石を見上げていた。
まるで、いつものように飼い主から声をかけられるのを待つかのように。







いつから居るのか。

いつまで居るのか。







よそ者であるわたしに、そのふたりの時間を邪魔する権利はない。
静かに後ずさりすると、そっとカバンに手を伸ばす。
そして、真新しいお墓とおばあさんの唯一の飼い猫にカメラを向けた。










レンズ越しに見えるふたりが

少しだけにじんで見えた。
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