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ある旅人の手記 作者:まみや ろも
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車の中で

わたしの車は二人乗りだ。

あまり大きな車ではない。
というか小さな車だ。

そして狭い。

だからこのような事になるのは珍しいことなのだが。
いま、わたしの隣に。
つまり助手席に。

男が座っている。

なぜこのような事になってしまったのか。
事細かに説明するべきだろうか。
それとも、今こうしてこのような状況になっているのだからこうなるより他は無かったのだ。
と、言ってしまえばいいだろうか。

ともかく、だ。

わたしはこの男性を乗せて、ここから1時間くらいだという山中の目的地へと車を走らせているのである。



「それにしても」



男は窮屈そうに身体の向きをずらす。


「乗せてもらっといてなんだけど、狭い車だねぇ」


大きな図体の男には、この助手席は狭すぎるだろう。
しかも彼の膝の上には大きなバックが乗せられている。
座って間もなくタバコを吸おうと左手でポケットをまさぐっていたがそのバックが邪魔をして取り出すのに手間取っていた。
左手で左の内ポケットからライターを取り出したときにはずいぶんと器用な真似をすると思ったが、結局落としてしまったらしい。
それでタバコは諦めた様子だ。
吸わないわたしとしては嬉しい限りである。
ちなみにこの車、屋根を取り外してオープンにすることも出来るのだがわたしの手間が増えるだけだ。
頭がぶつからなくなる程度のこと、わざわざ教える必要もないだろう。


「それで、どうしてなんだ?」


タバコが無いからなのか生来のものなのか。
男はさっきから話し続けている。


「どう、とは?」


「どうして一人で旅になんか出たんだって聞いてるんだよ」


「理由が必要ですか」


「あてのない一人旅なんだろ?そんな酔狂なまね、理由の一つや二つあるもんじゃないのか?」


「酔狂なのは認めますが、とくに理由なんてありませんよ」


「そういうもんかねぇ」


「そういうものです」




「・・・」




「・・・」




会話が、途切れた。
ちょっと、気まずい。
でもまあ、これで静かになった。


少し前から道は登り始めている。
山に入ったのだろう。
野生動物が飛び出してくることを考え、自然と運転は慎重になる。
男には悪いが集中させてもらうことにしよう。



「じゃあ質問を変えようか」

集中させてはくれないらしい。


「どうして旅を続けているんだ?」


「質問、変わりました?」


「変わったさ。さっきのは旅に出た理由。今度のは続けてる理由だ」


「なるほど」

「で、どうなんだ?」


「そうですね。
旅先で見た美しい風景、人々との素敵な出会い、そんな素晴らしい思い出たちがわたしを次の旅へと向かわせているのでしょう」




「・・・」



「・・・」



「ウソだねぇ」

「ウソですねぇ」



「そんなものは結果であって後から付いてくるもんだもんなぁ」

「それについては同感です」

「つまり?」

「続けている理由もとくに見当たりませんでした」

「なんとなくかい」

「そう、なんとなくです」



そしてわたしはこう続けた。

「何かをするのに理由が必要とは思いません。ですが必要ないとも思いません。理由があろうが無かろうが人は何かをするものだとわたしは思います。
使い古された例えですが、生きるのに理由は必要ですか?というアレと同じです。
必要だという人もいれば必要ないという人もいる。理由が無いなら自分で見つけてしまう人もいる。
全部正解です。
ですからこれはわたしにとっての回答です。
何か理由が無いと旅に出れない。旅を続けれない。理由が無いと生きて行けない。そういう考えが少々窮屈に思えるのです。
なんとなく行儀が良すぎて。もうちょっと人間、勝手にしてもいいのではないかと。
そんなことを考えています。
理屈をこねているうちにただの屁理屈になってしまいましたが、そんな感じでしょうか」


「なるほどねぇ」


「納得いっていただけましたか?」


男は鼻で笑った。

「いいや、全然だ」


「そうですか」


「でもあれだ。あんたは面倒なタイプの人間だ」


「よく言われます」


「旅に出る理由は無いくせに理由が無い理由はあるんだな」


「そういう言葉遊びは嫌いではありませんが、それではあなたも面倒な人間ということになってしまいますよ」


「ああ、よく言われるよ」



そして。

「ここでいい。停めてくれ」

「まだ思っていた場所から遠いように思えますが」

「もう充分だ。そこの脇に車を停めてくれ」

少し道が広くなっている場所があったので、そこに車を停めた。
男はドアを開けるとまず、左足を出して大きく伸びをした。


「ああ、狭い車だった。よりによってこんな車に乗っちまうとはねぇ」


あくびまじりに言うと、右手に持っていたナイフをわたしの喉元から外した。



「いいか、俺と別れたらすぐUターンして山を降りろ。あとはどこに行くのも勝手だ。
これまでどおり理由の無い旅を続けてくれや」


「正直、このまま無事に開放されるとは思いませんでした」


「その割にはずいぶん流暢に喋っていたじゃないか」


「それは誤解です。正直なにを口走ったか覚えていません。シャツなんか汗でぐっしょり濡れています」


「それは悪かった。ちなみにこのままこの道を行くと俺の仲間が待っている。本当言うと後は仲間次第ってとこだったんだ」


「ではなぜ?」


「さあね」


男は車から降り、銀行から奪ったお金の入ったバックを重そうに持ち直した。
ポケットからタバコを取り出す。ライターはいつの間にか拾っていたらしい。
ゆっくりと火をつけゆっくりと吸い込みゆっくりと吐き出す。
そして。




「理由が必要か?」




そう言うと、わたしの答えを待たずに山を登っていった。
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