84.ラッガナイト城塞防衛戦7 ~魔を穿つ矢~
「他にも悪魔たちを倒す色々な手段があるのでしょう?」
少女の言葉に男たちは活気づいた。
先ほどの大工の話を皮切りに、誰がどれだけ面白い情報を知っているのかの比べ合いのような様相を呈している。
「グラリップの旦那だけどなあ、アイツは・・・いやあの方は元々ただの傭兵だったんだ。つっても依頼達成率、ほぼ100%っていう凄腕だったんだがな。けれどもある日突然、ロウビル公爵様にお認めになられて家臣になったんだ。それからはとんとん拍子に出世して、今や少将様よ」
うらやましいこったなあ! と、とある男が言った。
すると別の者が鼻で笑う。
「へっ、それくらい、街のモンなら誰だって知ってる有名な話じゃねーか!」
「ばっ、馬鹿野郎。話はこれからだ!」
男はいきり立つと、令嬢の方を見て興奮気味に語る。
「なぜグラリップが・・・、あ、いや、グラリップ様が少将になることができたか。まあ、これについては議論の余地はありやせん。ただただ、その腕前を買われたんですわ。けれどコレには一つ秘密があるんですよ」
「まあ、何なのでしょう? もったいぶらずに早く教えて下さいな」
キラキラとした目を真っ直ぐ向けられた男は、自慢げに「うおっほん」と咳払いする。
周囲の酒飲みたちから「いいから早くしやがれ」とヤジが飛んだ。
「うるせえ奴らだ。すいませんねお嬢さん、むさ苦しいところで。いや、グラリップ様なんですがね、一見するといかにも猪突猛進の単細胞・・・いや、勇猛果敢な御人に見えるんですよ」
はあ、と令嬢が首を傾げる。
男は彼女の反応を確かめながら続けた。
「操る武器は大剣。切ると言うよりも叩き潰すといった感じでしてね。そりゃあ、彼と対峙した敵は戦う前に恐れをなして逃げ出すほどでした」
「つまり、それが腕前の正体ということですか?」
大きな目をパチクリとして令嬢は尋ねる。
だが男は、いえいえ、と首を振った。
「私は宿屋を経営していましてね。昔は少将に贔屓にしてもらっていたんですよ。その時に一度だけね、見せてもらう機会があったんですわ」
令嬢が「はて、何をでしょうか?」 と素直に聞くと、男は得意げに笑う。
「大陸一の弓兵、グラリップ少将の弓の腕前を、ですよ」
彼の言葉に令嬢は一瞬だけ微笑みを忘れた。
・・・
・・
・
グラリップは孤児である。
物心ついた頃には教会にいて、そこでは簡単な読み書きを習った。
少し大きくなった頃に教会がつぶれると、以後は傭兵として生きて来た。
傭兵は彼にとって天職である。
生まれながらに強靭な肉体を持っていた彼は、思うがままに剣を扱うことができた。
グラリップ自身も剣が好きで、大物を振り回しては一人で敵部隊に切り込むなどして数々の武勇をあげている。
だが、何よりも得意なのは実は弓なのだった。
剣の方が好きという理由から余り用いないため、世間ではそれほど有名ではない。
実際に剣を打ち合わせて勝敗を決する方が、彼の単純な性格に合っているのだ。
だが、戦場によってはそんな事を言ってられない場合も多々ある。
戦力が拮抗して膠着状態に陥っている場合や、または劣勢な状況に追い込まれた時だ。
そういった際には自軍を優勢に導くため、あらゆる手立てを講じた。
そう、例えば暗殺もその一つである。
だが、そうした作戦はやすやすと成功するものではない。
戦場における将とは普通、自軍の厚い壁の向こうで、大切に守られているものなのだから。
だが、グラリップはそんな壁などものともせずに、しばしば敵将を射殺した。
彼の弓は人間技とは思えない精度と威力を持った必殺の一撃だったのだ。
どれだけ優れた射手であったとしても、敵の急所を正確に射抜こうとすれば、せいぜい50メートルが限界である。
本来であれば2、30メートルだって難しい。
だが、グラリップの弓は違った。
その射程、およそ1000メートル。
およそ豆粒ほどにしか見えない人間の心臓を、正確無比に貫くのである。
精度と威力を下げずに、そうした距離を飛ばす弓術は人間技ではなかった。
そう、それは実際、純粋な筋力だけの結果ではないのだ。
グラリップ自身は気付くことはなかったが、それは無意識に彼が魔法を使っていたからであった。
極めて稀に、ある一方向に魔力適正を持つ人間が現れる。
グラリップのそれは、まさに弓に特化していたのだ。
そんな彼は今、ラッガナイト城塞に通じる坂の中腹から城門の攻防を眺めていた。
「ありゃあ、なんつー化け物だ」
彼は城門上の屋上にいる人影を見て唖然とする。
遠いのではっきりと見て取れるわけではないが、恰好は赤のドレスを着たホムンクルスようだ。
確かに戦場では場違いの格好ではある。だが、もちろんグラリップはそんなことに驚いている訳ではなかった。
「魔法も矢もことごとく食っていやがるッ・・・!」
文字通り矢面に立った悪魔に対して、一斉に魔法や弓矢の攻撃が仕掛けられていた。
しかし、彼女のドレスがまるで生き物のように脈打つと、衣服に張り付いた唇が大口を開けるのだ。
そして飛来する必殺の一撃をまるで餌だとばかりに食らいつき、たちまち嚥下してしまうのである。
それはあたかもひな鳥が餌をついばむが如くであったが、もちろんその様な牧歌的な光景では決してない。
その証拠に悪魔は一度嚥下した魔法や弓をロウビル軍に対して吐き出したのだ。
自軍の絶叫がグラリップの耳にまで届いた。
彼は一度目をつむると、部下に弓を持ってくるように命じたのである。