83.ラッガナイト城塞防衛戦6 ~暗躍する少女たち~
「アンタら、そんなところで何してんだい? ああ、なるほど。イッシ君が言ってた奴らだね」
両手に出刃包丁を持ったセルビトラが問い掛けると、その男たちはゆっくりと振り向いた。
人数は10人。距離は10メートルほど。
どの男にも表情はなく、目は虚ろ。髪からは色素が抜け落ちていた。
そう、合成獣たちである。
「ふむ、一人か」
振り返ったリーダーと思われる男が彼女に問いかける様に言う。
「まあね。何せ腹を空かせた娘たちに料理を作ってやらな・・・」
だが、男は別に答えを求めた訳ではなかった。
少女に隙を作らせるために、敢えて声を掛けたのである。
「しまっ・・・!?」
しかも、男の攻撃方法は尋常ではなかった。
彼の腹を突き破り、触手が凄まじい勢いでセルビトラへと伸びたのである。
まさに油断。
これほど容赦のない不意打ちを受けるとは予想だにしていなかった。
人間では到底届かぬ距離を一瞬にして縮められた彼女は、ギュッと目を閉じて死を覚悟する。
「・・・」
だが、いつまでたってもその時は訪れない。
それどころか感情がないとさえ見えた男たちに動揺が広がっているのが分かった。
「無事か、セルビトラ? いい加減、出刃包丁を料理以外に使うのはやめたらどうだ?」
「そうですよ、料理長。あなたがいなくなったら、一体誰がマスターの血を調理するのです? 明日は私にプティングを出してくれる約束のはずですよ?」
「そ、そうなのか・・・」
セルビトラの目の前には、まだ幼い面影を残す黒髪の青年と、薄い青髪をなびかせる少女がいた。
彼らの手には剣が握られ、少し離れた場所には断ち切られた触手が蠢いている。
なお、その脇には紫髪の少女が一歩引いて佇んでいた。
「イ、イッシ君に、プルミエか・・・。それにスミレも。そうかテレポートっ・・・!。でも、どうしてここが?」
セルビトラの疑問にイッシはただ頷くとスミレの方を向いた。
「スミレ」
「はい、兄様」
「ご苦労だったな。あとはアーク計画の方に戻ってくれて良い。アマレロやマリゴールドたちともよく連携してな。何かあったらナハトに従っておけ。そうすれば間違いない」
「了解です。それじゃあ私はここで!!」
スミレはそう言うとたちまち姿を消す。
その不思議な光景に合成獣たちが首を傾げた。
だがその瞬間、一番右にいた男と、一番左にいた男の首が宙を舞う。
「あれくらいで隙を見せるとは、少し気が緩み過ぎているんじゃないか?」
「マスターの言う通りです。人のふり見て我がふり直せ、と言うのですよ?」
合成獣たちが慌てて反撃するが、既に二人は元の場所に戻っていた。
その一瞬の攻防を呆気に取られて見ていたセルビトラであったが、頭を振ると両手で自分の頬をぴしゃりと叩く。
そして、イッシとプルミエの隣に並んだ。
「イッシ君に格好悪い所を見られちゃったなぁ。でも、もう大丈夫さ。一緒に戦うよ。私のポリシー知ってるでしょ?」
彼女の言葉にイッシは引きつった笑みを浮かべる。
「食材は自己調達だろ・・・? まあ、止めはしないさ。敵さんたちには風変りな戦闘団をご賞味いただくとしよう」
彼の言葉にセルビトラがコクリと頷いた。
・・・
・・
・
「まあ、それでは今回の戦いはロウビル公爵様の勝利ということですのね?」
「がははははは。そりゃそうさ、お嬢さん。見りゃ分かるぜ。悪魔のホムンクルスどもが幾ら籠城しようとも、公爵様の軍は1万を超えるんだ。城門さえ壊しちまえばコッチのもんよ!!」
昼間から酒を飲んでいる男たちが、いかにも上品な娘を囲んで口々に好きな事を言っていた。
場所は城塞からそれなりに距離のある酒場のテラスである。
辺りにはなぜか花の蜜のような匂いが漂っていた。
「ですが既に戦闘が始まって1時間も経ちますのに、一向に攻略が進んだ様子がありませんわ。先ほどなんて、本当かどうか分かりませんけれど、ドラゴンが出たなんて噂もありますし・・・」
憂いの表情を浮かべる美しい娘に、男たちはゴクリと唾を呑み込む。
その顔には滲み出る様な気品がある。
どう見ても貴族のご令嬢のように見えるのだ。
なぜか彼女は突如むさ苦しい、このような酒飲み場へとやって来て、男たちと屈託なく話をし始めたのだ。
普段、縁のない高嶺の花を目の前に、彼らは少しばかり口が軽くなる。
時には秘密にしておかなければならない事までも・・・。
「安心して下さいよ、お嬢さん! こう見えても、うちは代々大工でね! 城塞の建築にだってかかわってるんだ!」
まあ、あの城塞を作られたんですの? と驚く彼女に男は気を良くして言葉を続ける。
「ええ! そうなんですよ。あー、これは秘密ですがね、あの城門にはちょっとした仕掛けがあるんでさ。仔細は言えませんがね。まあ、ここだけの話でさ」
「あら、そこまでおっしゃっておいて、知らぬ存ぜぬが通ると思っていらっしゃるの?」
さあ、お言いなさい、と膝をつねられると、男は酒が入っていることもあって、たちまち相好を崩す。
「うへえ、勘弁して下さいよ。ま、まあ言ってみりゃ、城門を開かなくても向こう側に行ける仕掛けっていうのかね。おっと、これ以上は言えねえや!!」
わはははは! と豪快に笑う男に、令嬢も可笑しいとばかりにニコリと笑った。
彼女の耳にポツリと「これは対処済みですわね」と言う言葉がささやかれる。
令嬢は笑顔のまま、気付かれぬ程度に首を縦に振った。