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77.温泉回(中)

「では明日、ついに始まってしまうのですね」


ラフィーティアの心配そうな声にイッシは「ああ」と頷く。


彼女はへりに腰掛けながら、湯船につかるイッシと会話をしていた。


「勝算はあるのでしょうか?」


その質問に彼は「うーん」と首をひねる。


そしてニヤリと笑った。


「それは君の働き次第なんじゃないかな」


イッシの冗談めいた言葉にラフィーティアは「まあ」と目を丸くした後、「うふふ」と微笑んだ。


「馬鹿な質問をしてしまいました。そんなことは今更言っても仕方ないことですものね。それよりも・・・」


彼女は反対にからかうように言った。


「ホムンクルスのたちは皆、イッシさんにご執心のようですよ。もちろん、わたしくしもです・・・。どうですか、気に入ったはいましたか?」


その質問に彼はお湯に口までつかると、「さあ、どうだろう」と口にする。


もちろん、聞こえるのはゴボゴボゴボと言う泡の音だけだ。


と、その時、急に湯煙の向こうから「ドンガラガッシャーン!!」という騒音が響いた。


まるで椅子から転げ落ちて風呂桶にぶち当たったような騒がしい音だ。


そうして、「何をやっているのですか!」「いやいや姫が押すからじゃ!」といったやりとりが聞こえてくる。


「プルミエ、アルジェ。なぜ先ほどから隠れているのですか?」


ラフィーティアは口元の笑みを隠しながら言った。


イッシは気付かなかったが、どうやら二人は最初から風呂場にいたらしい。


それを分かっていてラフィーティアはあんな質問をしてきたのだ。


大人っぽい雰囲気の割には、いたずら好きな少女である。


見付かったら二人は隠れるのを諦めたらしく、タオルで体を隠しながら恥ずかしそうに近づいて来た。


「マスター、あの、お恥ずかしいところをお見せしました。けして他意があったわけではなくてですね・・・」


「そ、そうなのじゃよ。別にラフィーティアとどんな会話をするのかと、興味半分、嫉妬半分で覗いておったわけではないぞ」


「いや、それって・・・。まあ何でもいいか。そんなことより冷えたろう? 入りなよ」


大浴場と言って良い湯船はひたすら広い。


だが、彼女たちは迷うことなくイッシの両隣にぴたりとくっついた。


「のう、館様よ。今回の遅滞作戦は本当に本当に大変だったのじゃよ。何せ防衛戦の準備と部隊再編をしている最中に、なんと敵の行軍を1日も遅らさねばならんかったのじゃからのう」


アルジェは彼の方をチラチラと見ながら言う。


「もちろん、アルジェが頑張ってくれたことはよく分かっているよ。感謝もしている」


うむうむ、と少女が満更でもない様子で頷く。だが、まだ何か物足りないものと見えて「しかも、しかもじゃよ」と言葉を続けた。


「奇策であったとはいえ、敵本体と交戦したのはわしが初めてという訳じゃよ、館様。これはもう、あれじゃないかの、儂が一番やりと言って良いんではないかの。それは・・・その・・・館様の個人的なふところ刀と言って差し支えないのではないかのう?」


「論理が飛躍していますよ、アルジェ」


プルミエが微笑みながらきっぱりとした声で口を挟んだ。


なぜか妙な迫力がある。


「遅滞作戦は確かに見事な手際でしたけどね。ですが、やはり。やはりですよ。その作戦を考案した者もまた、頑張ったと思うんです。きっと連日の徹夜で眠たい中、回らない頭で何とか一生懸命考えたに違いない訳です。ええ、ですからね、少し褒めてあげてもいいかなー、なんて思うんですけどね・・・?」


そう言いながら上目遣いにイッシを見上げる。


遅滞作戦を考案したのは、もちろんプルミエであった。


「分かってるよ。君みたいな優秀な子がいて、自分はなんて幸運だと思ってるさ」


はい! と少女は頷く。


だが、プルミエは笑みがこぼれそうになるのを必死にこらえながら、改めて口を開いた。


「幸運、だけですか? 例えば、その相手と一緒にいるとなぜかドキドキとしてしまうとかあるんじゃないですか? あと夜眠るときも今何してるのか気になって眠れないですとか・・・」


「姫よ、自己紹介みたいになっておるぞ」


アルジェが思わず口を挟む。


その様子を見ていたラフィーティアが優しい微笑んだ。


「今度の戦い、絶対勝たないといけませんね。でないとこの続きが見れませんもの」


彼女の言葉に、プルミエもアルジェも素直に頷くと、イッシの肩に頭を乗せる。


イッシもまた、明日に控えた戦争に思いをはせるのだった。


・・・

・・


そして時は容赦なく過ぎ去る。


一日経って太陽が昇り切った頃、その大軍は平原を越えて帰って来た。


普通一週間以上かかる距離を四日で戻って来た彼らは一様に疲れている。


しかし、戦意は極めて高かった。


もちろん彼らのほとんどは傭兵であり、ただ金で雇われた者たちばかりだ。したがって、命の危険があると分かれば逃げ出すし、割に合わないと思えば命令に背くことすらある。


だが一方で、彼らは他国の傭兵という訳ではなかった。


公爵領が傭兵国家として王国鎮守府の役割を果たして来た年月は決して短くない。彼らの家族や友人、そして故郷はラッガナイトや近隣の町や村であり、よそ者はほとんどいないのだ。


確かに、ロウビル公爵領の税は重く、ほとんどが軍事費へと消える。


生活は貧しく、インフラも整っていない。治安だって良いとは言い難いだろう。


だが、間違いなく彼らの故郷であった。


国民、という概念はまだ発見されていない。


彼らは領主の所有物でしかなかった。


だが、愛国心が涵養かんようされる前の最も原始的な感情・・・即ち郷土愛は・・・故郷を悪魔たるホムンクルスたちから取り戻したいという熱狂は、彼らを只のならず者から一人前の戦士へと変えていたのである。

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