68.セブパラレス砦の攻防
「そんなまどろっこしいことはゴメンだね。てめえらは穴蔵に引きこもってりゃいいさ。俺がその間に敵を殺し尽くしてきてやるよ!」
その威勢の良い言葉に、剣士クワンガンは大きな身体を揺すりながら言った。
「確かに勇者殿の言うとおり、敵をすぐに殲滅したい気持ちはわかる。私も王国の平和を蹂躙する帝国が憎い。だが翁もおっしゃられている通り、今は辛抱のときだ」
そうですよ!、と若き武闘家アレフも声を揃える。
「義憤に駆られるのはわかります。ですが今、カザミさんがわざわざ打って出る必要はありません。帝国の兵がここに張り付いている今こそ、逆に帝国内部で反乱の狼煙が上げやすい状態になっているのです。戦争の長期化は王国どころか、侵略された国々にとっても有利な状況を作り出すんです!」
迸る思いを隠そうともせず、ふたりの男は唾を飛ばしながら勇者カザミに熱く語りかけた。
だが、それを見ていた神官マイはうんざりとした様子で嘆息する。
「アンタたちって本当に真面目よね・・・。バカなのかしら? カザミが考えてるのは相手を八つ裂きにしたいってことだけでしょ?」
だが彼女の言葉はまるで耳に入らないらしく、クワンガンとアレフはなおも生真面目に説得を続ける。
「・・・るせぇ・・・」
「ん? 何でございますか、勇者殿?」
「うっるせええぇぇぇぇええええええええええ!!!」
勇者カザミはいきなり絶叫すると全方位に向かってデタラメに魔力を放出する。
「うわあっ! カザミさん、何を!?」
アレフが驚きの声を上げるが、カザミは睨みつけるようにして言った。
「てめえらの言ってることなんかどうでも良いんだよ!! 俺は単に敵との戦いを楽しみたいだけだ!! テメェらは砦に戻っていやがれ!!」
そう言うと更にスピードをあげて敵陣へと突っ込んで行く。
「おい、勇者よ! 待つんじゃ!?」
「ぬう、勇者殿の一刻も早く平和を取り戻したいという気持ちはごもっともだ。もはやかくなる上は我々も勇者殿に同行し、いち早く敵を殲滅しよう!! 敵を全滅させれば帝国の力も弱まる。ひいては反乱の芽も出やすくなろう!!」
「賛成です、クワンガンさん!! カザミさんの思いを無駄にする訳には行きません」
「アンタたちって・・・はぁ・・・」
「おっ、お前らも待たんか!? くそっ!!」
彼らはそれぞれの思いを胸に勇者を追いかけるのであった。
・・・
・・
・
「うぅ・・・、何が起こったんだ・・・」
男は頭を振りながら呟いた。
彼は村で農作業をしていた時に帝国軍に無理やり徴兵された者の一人であった。
名前はオットー。
先ほど急に目の前が真っ白になったと思ったら、そのあと物凄い力で吹き飛ばされた事だけは覚えている。
一体なにが起こったのだろうか?
そう思って周囲を見回す。
だが、彼は目の前に光景にただただ茫然とするしかなかった。
先ほどまで隣には行軍の間に仲良くなったエルフやドワーフがいたのだ。
悲しいことに彼らも帝国の侵略によって国を失った者たちだった。
この戦争にも無理やり連れてこられた。故郷の安全と引き換えにだ。
だが、いつか戦争が終われば森や谷に帰れると希望を抱いていた。
しか、今や周囲に彼らはいなかった。いや、元は彼らだったものの残骸が無残にも地面に散らばっているだけであった。
「うっ、うわあああああああああああああああああ」
彼は尻餅をついて後ずさった。
オットーはしがない農夫でしかなかった。死体など姪が流行病で亡くなった時しかまともに見たことはない。
だが、今目の前には死が溢れていた。しかも、
「あまりにむごい・・・」
死体はすべてバラバラだった。焼け焦げ、爆散し、粉々だった。
人の尊厳など残ってはいなかった。
まごう事なき戦争がそこにあった。
「はぁ、はぁ、はぁ、逃げなくては・・・、母さんが家に・・・」
だが、彼が言葉をすべて口にすることはなかった。
オットーの頭だったものは後ろから剣を振るった者の手によって、胴体からあっさりと切り離されてしまったからである。
「勇者殿! 無抵抗なものを後ろからなどと!?」
「はあ? これは戦争なんだぜ! 敵は殺せば殺すほど良いに決まってるだろうが!?」
「そっ、それはそうですが・・・」
「クワンガンさん! 悲しいかもしれませんがカザミさんの言うとおりです。王国の平和を守る僕たちが現実から目をそらしてはいけません! 汚れ役をカザミさんだけに押し付ける気ですか!?」
アレフの言葉に、クワンガンはハッとした表情になると、
「そうか、そうだったな・・・。すまなかったみんな。俺たちは王国の、そして大陸の平和を守らなくちゃならんのだ。だが、そのためには沢山の人の命を奪わなくちゃならん・・・」
だが、だからこそ! とクワンガンは感極まったように声を上げた。
「我らこそがその汚れ役を担わねばならんのだ! そして後の世代には平和になった大陸を残す!! そうだった。この長き戦いに身を投じた時に誓ったはずなのに・・・。勇者殿はそれを分かって・・・。すまなかった勇者殿!! そしてありがとう、アレフ殿!!」
泣きながら礼を言うクワンガンの言葉にアレフは照れながら微笑み、
「いいえ、いいんですよ。帝国兵となった彼らにも何か理由があったはず。その死を厭うのは人として当然のこと。ですが僕たちにはより崇高な義務がある。そう、平和を取り戻す、というね。そのためには多少の犠牲には目をつむらざるを得ないのです。カザミさんもきっと一緒の気持ちですよ」
アレフもまたいかにも無念といった面持ちで首を振る。
盛り上がる二人に、勇者は心底イヤな顔をしていた。
だが、さすがに30万人の敵を一人で撃滅するのは骨である。
最初は一人でやるつもりだったが、いてくれるならばそれに越したことはない。
「いいから行くぞ、てめーら。初撃は成功したが殺戮はこれからだぜ。おら、ジジイとマイは支援魔法よこせや」
「それが人にものを頼む態度かのう・・・」
「死ねばいいのに」
ブツブツと言いながらバザル翁とマイは身体強化の呪文を全員に掛ける。
「よおし、力がみなぎってきやがる。それじゃあ攻撃開始だ。作戦はわかってるな?」
勇者の言葉にマイが答えた。
「皆殺しでしょ? 分かってるわよ。国王からの命令でもあるしね。殲滅しろって」
彼女の言葉を皮切りに5人は風の如き速度で移動を開始した。
彼らが走り去ったあとには帝国兵に死が振りまかれた。