63.ミグサイドベリカ防衛戦7 ~アギレス部隊よ、永遠に~
「何でアンデッドがこんなに湧いてるんだ!?」
アギレスは呆然と地面から湧き出すスケルトンを見ていた。
アンデッドモンスターが発生することはミトルシア大陸において皆無というわけではない。
戦場跡や打ち捨てられた屋敷、負の情念がたまりやすい洞窟などにしばしば発生する。
そういった際は王国やその地方の領主が討伐隊を出し、速やかに排除するのだ。
しかし・・・。
「そこら中にスケルトンどもがいやがる! こんな馬鹿なことがあってたまるか!!」
そう、こんな光景はかつて見たことも聞いたこともなかった。
いくら発生するといっても多くて10や20の話だ。
なのに、ここでは死者たちが何百と群れをなし、隊列を組み、こちらに向かって来るのだ。
これではまるで地獄のようではないか!
「たっ、隊長! どうするんですかッ、 囲まれてますぜ!?」
1000にも及ぶアギレスの部隊であったが、それを上回るスケルトンに包囲されようとしていた。
死者たちは剣や斧、ナイフなどの様々な得物を構え、じりじりとその輪を狭めて来る。
「くっ、くそっ! 全軍、ジルムの町まで撤退する!! アンデッドモンスターはその地の怨念が形を持ったものだ。離れれば追っては来ない!!」
隊長の命令に異議を唱えるものは独りとしていなかった。
先ほどからの豪雨は収まり、空から舞い降りて来たドラゴンも知らぬ間に消えている。
兵の1割程度は失われてしまった。だが町で部隊を再編すればまだいくらでも仕切り直せる状況だ。
「よし! 総員、俺につづ・・・」
命令を出そうとした時、前触れもなく地面からスケルトンの腕が勢いよく伸びた。
その白骨の手は生者を逃がさないとばかりにアギレスの足をちぎれる程の力で掴む。
そして、そのまま地面に引きずり込もうとした。
「ひぃ!? たっ、助けてくれ、お前ら!! はっ、早くして・・・」
全てを言い終わる前に、彼の体は地面の下へあっさりと引きずり込まれて行った。
地中からはアギレスの泣き叫ぶ声と何かを咀嚼する音がしばらく響く。
シン、と一瞬静まり返った兵たちは次の瞬間、絶叫を上げてジルムの町の方へ我先にと駆け出していた。
「やっ、やってられるか!! 俺はホムンクルスを好きに出来ると聞いたから参加したんだ!! こんな風になるなんて聞いてねえ!!!」
「そっ、そうだ!! 俺は降りさせてもらうぞ!!」
所詮は金で雇われただけの傭兵たちだ。
命まで賭けたつもりはないと口々に叫んで逃走を企てる。
だが・・・。
「ひぃ、このスケルトンどもが!! くそっ、寄って来るんじゃねえ!!」
「なっ、何でだよ!? どうして俺たちをそんなにしつこグヘッ!!」
アンデッドたちは執念深く退路を阻むと、カタカタと歯を鳴らしながら彼らに襲いかかった。
その理由はスケルトンの正体がかつて帝国の支援を受けた反乱軍であり、王国への深い恨みを抱いて死んだからなのだが。
しかし、そんな事を知らぬ傭兵たちにしてみれば、魑魅魍魎の跋扈する地獄に来たとしか思えなかった。
「おらッ! 喰らいやがれ!! へへへ、何だよコイツら、やけに弱いじゃねーか。これならゲフッ!!」
ある兵は首を切り飛ばしたところ油断し、首なしのスケルトンに刺され、
「やっ、やめろ!! 俺の手を、足を喰わないでくれえええええ!!」
ある者は何十と押し寄せる骸骨の下敷きとなって生きたまま体を食まれた。
そして、ある男はスケルトンの包囲から運良く逃げ出したが、
「はあはあはあ、へへへ・・・まだだぜ。俺様がこんな所で死ぬ訳・・・」
そう言いかけたところを馬に乗ったスケルトンに首をはねられて死んだ。
その馬ももちろん死体が蘇ったものである。
スケルトンホースに乗った彼らは何十と集まり、かつての頃の様に騎馬隊を編成すると傭兵たちが固まっている場所に突撃する。
王国兵たちはアンデッドの馬に踏み潰されたり、スケルトンの槍で突かれたりして次々と命を絶たれて行った。
それでも何とか数十人の傭兵たちが命からがら、その地獄より生還することに成功したが・・・。
「はあ、はあ、はあ・・・熱が下がらねえ・・・」
「おっ、おい、しっかりしやがれ!!」
その内の何名かは原因不明の病によって、そのまま命を落としてしまう。
もはや、アギレスの部隊は跡形もなかった。
・・・
・・
・
場所は変わってラッガナイト城塞の玉座の間。
「ううん、だとするとお前はホムンクルス王国に、この城を大人しく明け渡す気はないということなんだな?」
イッシの問いかけに目の前の男は心底呆れたという顔で答えた。
「無論じゃ、この愚か者が。貴様ら化物どもにこの城を明け渡すじゃと? 話にならぬわ!! なあ、それよりもイッシとやら、悪いことは言わぬ。恐らく貴様は帝国の手先なのじゃろうが、こちら側に付け。それならば命だけは許してつかわそう。無論、ホムンクルスどもは全員極刑じゃがな。だが、貴様には僅かではあるが褒美を取らせてやっても良い。うむ、そうじゃ、そうせよ。儂からそのようにロウビル公爵に進言してやろ・・・」
「プルミエ、首を落とせ」
「はい」
彼女が微笑を浮かべたまま剣を抜き放つと、切られた首がごろりと玉座の間に転がった。
老人はきっと自分が死んだ事にも気付かなかったに違いない。
周囲の文官たちから悲鳴が上がる。しかし親衛隊が剣を突き付けるとすぐに黙った。
玉座に座ったイッシは切って捨てさせた老人の死体を親衛隊に下げさせると、
「次に位の高いものは前に出ろ」
と告げた。