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60.ラッガナイト城塞占領作戦12 ~吸血鬼アブニール~

少女は名をアブニールと言った。


自分がいつ生まれたのか、もうどれくらい独りでいるのかも分からない。


基本的な知識はホムンクルスの常で製造過程において刷り込まれていたが、最初の経験としての記憶は、ゴミを漁っていた時に棒か何かで人間たちに追い払われる光景だ。


その時は彼らに抵抗した。


だが人間たちは報復とばかりにたちまち何倍もの人数で襲ってきた。


どうにか町から逃げ出すと色々な場所を転々とした。


けれど、どこへ行っても迫害を受ける。


いつしか彼女は人気のない森の中に住み着くようになった。


森での生活は静かだった。


しかし、それでも時折、霧の深い日に森に迷い込む人間はいる。


普段は獣の血や果実の汁で空腹を紛らわす彼女であったが、それは満足の行くものではなかった。


常に腹を空かせていた彼女は誘惑に逆らえず、しばしば衝動のまま人を襲って血を求めた。


もちろん殺してはいない。むしろご丁寧にも森の玄関まで運んでやったくらいだ。


だが、村に帰った人間はアブニールの事を森の奥に住む血をすする悪魔。すなわち吸血鬼ヴァンパイアだと語った。


そうしてまた討伐隊が編成され、彼女は住処を追われることになる。


逃避行は困難を極めた。


どこへ行っても噂が彼女を追いかけ、たちまち恐るべき尖兵が放たれる。


アブニールの心と体は傷つきボロボロであった。


やがて彼女はその傷が元で激しい高熱に冒され始めた。


また一方で彼女が生まれてからおよそ10年の歳月がとうとしていた。


そう、ホムンクルスとしての寿命を迎えつつあったのである。


病魔と寿命。


手足はとうに自由ではなく、動かそうとすれば激痛が走った。


体がばらばらになるような感覚に、彼女は己の死期を悟る。


(これで・・・楽になれる)


少女はむしろ安らかな気持ちであった。


身体中に激痛が走り、高熱が何日も続く。やがて目すら開ける力がなくなり、意識も薄れていった。


(二度とこの目を開くことはないでしょうね・・・)


そう確信し、意識を手放したのであった。


だが・・・。


「なんで私ってこうして生きてるんだろ・・・。ホムンクルスの寿命って10年くらいなのになあ・・・」


アブニールも自分の正確な年齢を数えているわけではなかった。だがそれでも50年は確実に生きている。


ラッガナイト城塞に入り込んだのも30年は昔のことだ。


かつてはもっと警備が薄く、自分でも入り込むチャンスがあったのである。


その頃に食料庫の天井裏に忍び込み、以来ずっと住んでいる。


退屈という気持ちは沸かない。時間が過ぎるのを待つことは彼女にとって苦痛ではなかった。人形だからかもしれない。


だが、何かを求めている。それが何なのかは分からなかったが。


たまに人間の血が欲しくなることもあった。しかし、不思議なことに昔のように我を忘れるほどではない。


十分に我慢できる程度のものだ。現にこれまで食料貯蔵庫の果物をばれないようにくすねて腹を満たしてきた。


「まったく、静かに暮らしてたってのに・・・。いきなりの騒ぎに逃げ出そうとしたら、久しぶりに目の前に血を見ちゃったから、つい・・・。あーあ、何十年かぶりに寝床を探さないといけないわ」


少女が不貞腐ふてくされたように呟いた、その時、


「それは悪かったね。でももうすぐここは僕たちのお城になるんだ。だから別にいてもらっても大丈夫だよ。吸血鬼さん」


突然、後ろから聞こえてきた声にアブニールは慌てて距離を取った。


彼女が振り向くとそこには褐色の肌をした少女がいる。


「あなた、その瞳の色は・・・」


それは金色の瞳。自分と同じホムンクルスだとアブニールはすぐに理解する。


「驚かせちゃったみたいだね。僕の名前はナハト。君はなんて名前かな?」


だが彼女は警戒して口を開こうとしない。


「ううん、だんまりか。えっと、どうかな、僕と一緒に来てもらいたいんだけど。さっき言ってた”何十年ぶりに”って言葉、すごく興味があるんだ。あと良かったら、その長い髪をどけて目の色を見せてくれないかな?」


相手がホムンクルスであることを確認するためにナハトは少女に近づいた。


だが、これまでの人生において逃走の選択しかなかったアブニールにとって、不用意に近づく相手は誰であれ脅威以外の何者でもない。


同胞のホムンクルスに裏切られたことだって一度や二度ではないのだ。


それに、ナハトの目は獲物を狩る強者のそれであった。


かつて自分を追い詰めた尖兵たちがしていたのと同じ目・・・。


「わたしに・・・」


「えっ?」


「わたしに近づくなッ!!」


「うわわッ!?」


アブニールが叫んだ瞬間、ぼさぼさの髪の毛が一気に増加した。


そしてナイフのように鋭く硬化するとナハトに襲いかかったのである。


「まさか、ギフト!? セイラム様に作られたわけでもないのに!!」


ナハトがその攻撃を拳で打ち払うと、丸でガラスを殴った時のようにバリンという音とともに砕け散った。


破壊されたそれは再びただの髪の毛に戻って宙を舞う。


「ギフト? 何のこと。これは死を超えた日から私と共にある力よ!!」


彼女は叫びながら何百本もの髪を矢のように射出する。


その攻撃はナハトの四肢を串刺しにして壁に貼り付けた!

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