59.ラッガナイト城塞占領作戦11 ~生命短し恋せよ乙女~
「血を吸うところなんて僕たちと一緒だ。アルジェもホントは首根っこにむしゃぶりつきたいって言ってたもんね。牙持ちの娘もいないわけじゃないし可能性としてはありかな? あっ、でも僕たち十字架やニンニクは大丈夫だよ。流水の上を通ることもできるしね」
「十字架やニンニクを恐れる、というのは本当かどうか確証がないようです。流水もしかりです」
ふーん、とナハトは感心しつつ、
「でもさ・・・、だから何って感じだね。その同胞かもしれないヴァンパイアがいたとして、僕たちにとってはあんまり関係ないんじゃない? まあ、助けを求めて来れば、もちろん助けてあげるけど、僕たちはあくまでご主人様だけが大事なんだから」
同胞よりも自分の主こそが大事だと言い切るナハトの言葉に、しかしセージもあっさりと頷いた。
「もちろん、そうです。我らホムンクルスはマイマスターのみに忠誠を誓う者たち。同胞であろうとも敵対すれば容赦する必要はありません。・・・ですが、気づきませんか?」
セージのセリフにナハトは首を傾げた。
「セージ、君ってすごく遠まわしな表現をするよね。悪いんだけど僕って頭がそんなによくないんだ。すっぱりと言ってくれないかな?」
彼女の言葉にセージは微笑みながら、
「ご冗談を・・・。将軍の頭が悪いことなどありえません。本作戦の骨子を考えられたのはナハト将軍だと聞き及んでおります。ですが、たしかに私の物言いが迂遠でございました。謝罪申し上げます」
そう言って頭を下げると言葉を続けた。
「申し上げたいのはこうです。もしこのヴァンパイアがホムンクルスだとすれば、少し寿命が長すぎませんか?」
・・・
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「そうか、君たちはひどく短命なんだな・・・」
イッシがホムンクルスの少女たちと出会って3日目の夜、ミグサイドベリカ砦にて静かなやり取りが行われた。
男の方はイッシであり、女性のほうはプルミエである。
二人は庭に椅子を並べ、空に浮かぶ3つの月を見ながら語らいあった。
「はい、およそ10年くらいでしょうか。子をなすこともできぬ一代限りの短い命です」
その言葉にイッシはやはり「そうか」と頷いた。
「なら、その短い命を大切にするべきなのかもしれないな。国などというものを作っても・・・」
「マスター!!」
彼の言葉を遮るようにプルミエは声を上げた。
「その答えは私たちに出させてもらえないでしょうか。もし一人でも反対するものがいれば国を作ることは諦めます。マスター・・・いえイッシ様とともに遠くに逃げましょう。ですが・・・」
彼女は力強く言い切った。
「私たちがもし生き物として誇りを持って死ぬのだとすれば、それはきっと逃走よりも戦いの中にあると思うのです。今、全ての者たちに意見を聞いています。答えはもう少しだけ待って頂けないでしょうか?」
そう言ったプルミエの瞳は月の光を浴びて潤んでいた。
薄い青色の髪が幻想的に輝き、丸でこの世界の女神のようだ。
その女神は月の輝きの下で微笑みながら、
「ふふふ、それに短命で終わるかどうかはまだ決まったわけではないのですよ。ナルコーゼたち医療チームに方法がないか探すように命じています。イッシ様の生きている間、しっかりとお世話をさせて頂くためにも長生きをしなくてはなりません」
そんな方法が本当にあるとは彼女すら信じていない様子だったが、イッシも笑顔を浮かべた。
「ああ、大丈夫だ。きっと良い方法が見つかる。僕の世界でも寿命は重要な問題だった。細胞がなぜ老化するのか、テロメアがどのような作用をもたらしているのか、とかね」
彼の言葉の後半をプルミエはさっぱり理解できなかったが、後でナルコーゼに伝えようと決意する。
だが、今はもっと愛しいマスターとおしゃべりがしたかった。
「それよりも、マスターの世界のお話を聞かせてください。空を自由に飛べるヒコーキに、たくさんの人を運ぶデンシャ。ああ、想像もできません。それにさっき途中までお話されたテレビとは何なのですか?」
「ん? ああ、テレビというのはね、遠くの映像を映す箱のようなもので・・・」
彼らの平和な語らいはもうしばらく続く。
それは王国との戦争が始まる少し前の出来事であった。
・・・
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「はあ、はあ、はあ」
城塞の中庭にある茂みに隠れて、その少女は肩で息をした。
髪はくすんだ金色で地面につくほど伸びてぼさぼさで顔も見えない。
少女はくすねてきたリンゴをガツガツとかじっては飲み込む。
芯や種すらも噛み砕くとご馳走とばかりに胃の腑へと送った。
「・・・は~」
やっと落ち着いたとばかりに大きくため息をつくと少女は改めて周囲を見回す。
「久しぶりのご馳走についやっちゃった・・・。うまく逃げ出せたけど、これからどうしよ・・・」
彼女はたちまち心細くなって膝に顔をうずめた。
その口元からは鋭い犬歯が覗いていた。