57.ミグサイドベリカ防衛戦5 ~死者の行進~
「なっ、なんだ!? 今度は何だ!!」
「たっ、隊長、あっちです! あっちから津波が押し寄せて来ます!!」
「なっ、なにぃ!? 河川でも氾濫したというのか、馬鹿なッ、この辺りにでかい川なんて!?」
少女たちも荒れ狂う水流を眺めていた。
「よし、そんじゃあ飛ぶよ」
スミレがそう言うと、他の少女たちも頷いた。
次の瞬間、彼女たちの姿は掻き消える。
間もなく少女たちがいた場所を津波が押し流して行った。
それは間もなく敵兵たちに迫ると、容赦なく彼らの一部を飲み込み命を奪う。
「う、うわああ! たっ、助けてくれえええええ!!」
「い、いやだ、手をかして、ゴボっ」
咄嗟に木や高台に上り津波から逃れた兵士たちはその光景を茫然と眺めるしかない。
「かっ、神よ・・・一体、なにが・・・」
祈ったことなどないアギレスでさえも、ついに神にすがるような気持ちになったのだった。
だが、彼らは自分たちの受難は始まったばかりである事に気づいてはいなかった。
不幸の続きは陽気な音楽によって再開を告げられたのである。
・・・
・・
・
砦の屋上にトートモルテとラプソディー、そして他18名の少女たちが整列していた。
そこにテレポートしてきたスミレたちが現れる。
「おかえり、どうかしら。敵は全滅した?」
トートモルテの質問に、タマモは首を振った。
「いんや、やはり無理じゃのう。多少、数を減らすことには成功したとはいえ、所詮は奇策ゆえに、な。攪乱と時間稼ぎはお手の物じゃが、我ら兵站部隊のギフトはだいたい決定打にかけるからのう。やはり、剣には剣よの」
「だからこそのトートモルテに、ラプソディーの楽団だ。準備は整ったのだろう?」
ナルコーゼの質問に、ラプソディーは元気に答えた。
「爆発だね! 飛び上がるくらい爽快だよ!! 今すぐカンツオーネを始めよう!! 陽気で妖気なメロディーを世界中に届けるんだ!!」
いつも通り何を言っているのか分からないラプソディーにトートモルテは肩をすくめて、
「出来ているわ。でも全く無茶な作戦を立てたものよね。兵站部隊だけで防衛戦をやるなんて、イッシが知ったらどう思うかしら」
「そりゃあ、お尻ペンペンではすみませんよお。でも、向こうの作戦が中止になったら困りますからねえ」
ベルタンの言葉にトートモルテは頷き、
「まあ、そうね。イッシったら甘ちゃんなんだから。私たちを見捨てられないでしょう。よく見てるわよね、ベルデも。あの子、なかなか聡いわよ」
「主も適当に彼女を先任にしたわけじゃないのかもしれませんねー」
そうね、と彼女は言うと、「さて」と仕切りなおした。
「では行きましょうラプソディー。私の準備は整っているわ。あなたの楽曲はどうかしら?」
その質問にラプソディーは微笑んで答えた。
「もちろん出来ているよ。さあ奏でよう、僕たちの狂死曲を!! 全員、楽譜は覚えているね? じゃあ、まずは第1楽章”死の旋律”から!!」
ラプソディーと後ろに並ぶ18人の少女たちが合唱を始める。
それは楽器なき合唱であった。
美しいソプラノ、メゾソプラノ、アルトによるトレブルコーラスが周囲に響き渡る。
トートモルテやスミレたちが思わず聞き惚れるほどの美しくも悲しげな旋律だ。
だが、楽団はただ歌を歌っているわけではない。
間もなく楽団の背後から何か揺らめくように立ち上り始め、やがてそれは色彩を帯び始めた。
コーラスはひどく美しく響き渡っている。にも関わらず彼女たちから広がるオーラは薄暗く不気味であった。
その薄気味の悪い光景を見てトートモルテは笑みを浮かべる。
「そうよ! これこそが地獄に流れる怨嗟の音! 生者を拒み、摂理を否定する死神の鐘!!」
そう興奮しながら、丸で指揮者のように両手を宙に振るう。
その動作により楽団より立ち上る黒いオーラは更に増幅され、ついに周囲へ広がり始めた。
それは物凄い勢いで周囲一帯の大地を覆い始め、アギレスたちのもとにも届く。
やがて、ボコリという音とともに地面から節くれだった白い手が次々に突き出されたのである。
それはアギレスたちのいる場所も例外ではなかった。
「な、何なんだよこれは!? 一体、これ以上なにが起こるってんだ!?」
彼が悲鳴をあげた時、ちょうどトートモルテも絶叫を上げていた。
「さあ、始めるのよ!! 死者の行進を!! 長き眠りから目覚め、憎き王国兵たちの魂を喰らえ!! 」
彼女の眼下には亡者どもの群れがいた。
それは邪魔な土をかき分け、地中より湧き出す白骨兵たちである。
彼らは隊列を組んでアギレスたちのもとへ行進を開始する。
死臭の混じった風がミグサイドベリカ砦に吹き渡った。