41.第1楽章 死の旋律
「ふうむ、誠であれば実に驚異じゃのう」
「はい、父上。ですが信じられません。なぜ、それほどの装備を持つ軍勢がいきなり現れたのでしょう・・・」
ジルムの町に放った斥候が持ち帰った情報を聞かされたロウビル公爵と息子のサリュートは厳しい表情で唸った。
「だが、事実・・・なのであろうな。二人はわし子飼いの斥候の中で、もっとも腕の立つ者たちであった。にも関わらず、一人は捕まりそうになり毒を含み自害。此度戻ったお前も・・・」
そう言って目の前の鷲鼻の男に見下ろす。
男は畏まった様子で地面に片膝をつき頭を垂れている。
「命からがら、であったと聞く。明らかに防諜に手だれた者の仕業よ。しかもかなり高度な罠も仕掛けられていたそうじゃ。ほんの数日でただの役所をそのような軍事拠点に変えるには、それなりの知識と金がいる」
「人も、です、父上。ですがホムンクルスの化物どもや、フルテラ・イッシという男。かの者たちにこれほどの事を成す力があるとは思えませぬ」
その通りよ、と言ってロウビル公爵の眼がギラリと鋭く光った。
それは彼が若かりし頃、戦場で見せていた眼差しに他ならない。
「充実した武器や防具? 1000のホムンクルス兵? 攻城兵器? しかも練度は斥候の目をもってして精強ときている。はははッ!」
彼はひとしきり笑うとダンっ!と机を叩き、忌々しそうに吐き捨てた。
「完全に誰かが仕組んだ罠よ。その若き男もホムンクルス達も我らを陥れるための道具に過ぎぬ。裏でそれを手引きした者がおるッ!!」
「と言いますと?」
サリュートは厳しい表情のまま父へと問いかける。
ロウビルは「認めたくなないことじゃが・・・」と言って息子の質問に答えた。
「恐らくは帝国の差金じゃ。東で大規模な軍の集結が始まっていることは知っておろう。このタイミングで北部に混乱を招くことが奴らの目的よ。我らが乱れれば西方の田舎貴族どもがまた良からぬ動きを見せるじゃろう。しかも、ジルムの町を占領したのがホムンクルスと来てはな。ハハハ、鎮守府たる我らへの信頼を王から損なわせる実に巧妙な手よ」
なるほど、とサリュートはくすんだ金髪を払いながら頷く。
「西方の内乱誘発、中央と北部の離反、そして東からの大規模侵攻、全ては繋がっている・・・」
「左用。さすがはバキラ帝、と言わねばならぬじゃろうな。ただの戦争好きならば幾らでもおるが、一代であれだけの版図を広げた王はおらぬ・・・。謀略もお手の物、といったところか。まったく小賢しいことよ」
「ですが、まんまと手に乗る必要はありません」
そう自信に満ちた表情で言い切るサリュートに、ロウビルは頼もしいものを感じつつ「その通りじゃ」と答える。
「精強なる悪魔の軍勢と攻城兵器を用意したようじゃが、既に奴らの情報は我らに筒抜けよ。なるほど、確かに篭城戦ともなれば、こちらの数の優位は生かせなくなろう。いたずらに日数もかかり市街に被害も出る。それがもたらすのは西方の貴族どもの蠢動と王からの不信じゃ。つまり戦略的には悪魔の軍勢とこのラッガナイト城塞都市で戦うこと自体が敗北、とう事じゃの」
ふっ、とサリュートは獰猛な笑みを浮かべ、
「ならば答えは簡単です。奴らはまもなく進軍を開始するという。ですが攻城兵器を抱えたままでは移動は遅れ気味となるでしょう。ならば、ここにたどり着くまでに会戦を仕掛け蹂躙するのです。そう、奇計が用いることが出来ぬような場所がいいですな」
「そうじゃな。だが既に答えは貴様が言うてくれておったわ」
そう言ってロウビルは実に可笑しそうに笑うと、片膝をついて言葉を待つ忠実な下僕を見た。
「はっ、恐悦至極でございます」
鷲鼻の男は更に深く頭を垂れる。
その様子に満足してロウビルは宣言するように言った。
「ウェハル家ロウビルが元帥として命ずる。バームトロール平原で悪魔どもを迎え撃つ。兵をできる限り集めよ! 我が国に些かの動揺も起こしてはならぬ。それこそ帝国の思うツボよ。奴らを徹底的に壊滅できるよう全軍をもって当たるのじゃッ!!」
鬼気迫る下知にサリュートは武者震いすると、
「はは、このサリュート、身命を賭して事に当たる所存です!! 見事、悪魔の軍勢を蹂躙して参りましょう!!」
ウム!と力強く頷くロウビル公爵は、この戦いの勝利が既に見えた気がした。
・・・
・・
・
「はんはんはん、ははん、はーん」
ある少女の陽気なハミングが狭い一室に響き渡っていた。
「ふんふんふん、ふふん、ふーん」
乗ってきたのかその声は徐々に大きなる。
「ははん、ひひん、ふふふふん!!」
そしてピークに達すると一気に余韻に浸るように、
「はひーん・・・やんやんやん・・・」
と気の抜けるような声を上げるのであった。
はっきり言って近所迷惑である。
「ちょっと! 変な歌を口ずさむのやめてよね!! 今日、何回目だと思ってるのよ!!」
そう言って隣室にいたフォルトウーナロッソが怒鳴り込んで来た。