35.ラッガナイトの黄昏
ロウビル公爵のお膝元である都市ラッガナイトは、別名「ラッガナイト城塞都市」とも呼ばれる。
それは都市の中に雄大堅牢なる城が築かれているからで、ロウビル公爵やその一族はこの城塞を拠点としてイブール王国北部一帯を運営しているのであった。
都市の人口は50万人に達し、ここいらでは唯一発展した地域と言え、商業も盛んである。
また、ロウビルは多数の傭兵を抱えていることでも有名であり、帝国との戦争の際にはしばしば王の要請に応じて兵を派遣している。
そんな軍事都市の中枢であるラッガナイト城に忍びこむことは容易ではない。
常に屈強な見張りの兵士が巡回しており、鼠一匹通さない厳重な警戒態勢を常に敷いているのだ。
その上、高くそびえ立つ城壁が中に入ろうとする不届き者たちを敢然と阻み、侵入するにはどうしても、唯一の正面門を通らなければならない。
だが、そこに出入りできるのは明確に身分を証明できる貴族や御用達の商人、また一部の関係者のみである。
いわゆる一見さんお断りを地で行っているのだった。
また、西の所領は王の目が行き届きにくく、しばしば反乱が起こったが、王都への進路上にあるこの城塞都市がその反乱をことごとく阻んできた。
このため「常勝の城」という誉れ高き称号を王国から授かっているのであった。
「と、このレポートには書かれているわね」
そう言って、歩く大図書館、ビブリオテーカはその冊子を書架へと戻した。
王国守護の象徴たるラッガナイト城の中へ、テレポートのギフトでやすやすと忍び込んだホムンクルスたちは、ビブリオテーカに先導される形で城内の図書室らしき部屋に侵入していた。
「すごいっす、もう読めたんすか!? 速読どころか瞬読っすッ!!」
「明かりもないのにどうなっていますのかしら」
驚きの声を上げたのは同行していたアマレロにマリゴールド、そして、
「かあああああぁぁぁ! 辛気クセーったらないぜ! 読書の何が楽しいだよ!!」
自分には理解不能とばかりに首を振るスミレである。
「ちょっと! あんまり大きな声出さないで! 今はマリゴールドの透明化も解除してるんだから!? ここは敵の本拠地なのよッ! この部屋には鍵もついていないんだから、すぐ見つかっちゃうでしょう!!」
「ちょっと、ビブリオテーカさん、声が少し大きすぎますわ。はじめての作戦で気を高ぶらせていらっしゃるのは理解できますけれども少し落ち着いてくださいね」
「くっ!!」
反対にマリゴールドに注意されてしまったビブリオテーカは「ふん!」とそっぽを向く。
そして宙に顔を上げると形の良い鼻を向けてクンクンと匂いを嗅ぎだした。
「どうっすか?」
「ちょっと待って」
ビブリオテーカはそう言って匂いの元を辿るような仕草で顔を右へ左へと向ける。
「見つけたわ。でもだいぶ遠いわね。ボディは黒くて中を厳重に封している。むしろ外に出ることを望んでいないような強い色味を感じるわ」
ふうん、それで? と先を促すスミレにビブリオテーカは続ける。
「全体は濃密で熟成した香りを放っている。複雑だけど力強い構成をしていて、人が人を害する時に発揮する熱狂や怨嗟、剣と盾が織り成す鉄の臭みがスパイシーなレベルでまとまっている」
「ビンゴ、っぽいですけど、もうちょっとその表現って何とかならないのかしら・・・」
「うるさいわよ。ええっと、中から漏れる香りはやはり濃厚で、人の死を連想させるような汚穢のニュアンスが、隠蔽されることもなく溢れ出ている。錆びた血の香り、打ち鳴らされる剣戟の調べ、撒き散らされるコインに、人形のように配置された人の群れ。動物的な香りが進んでいて熟成の域に達しているのを感じる」
「確かにまどろっこしいんだよなあ」「いや、いいんじゃないッスか? 私はコレ聞くのけっこう好きッスよ」
ごちゃごちゃとうるさい少女たちにげんなりとしながら、ビブリオテーカの独白は続く。
「味わいは血と剣が非常にバランスよく並んでいて鉄錆めいた刺激を感じる。土地や流通、政治や敵国といったものを料理して出せばお互い良く引き立てあうでしょう」
そこまで口にして「以上よ」と締めくくった。
マリゴールドが口を開く。
「テイスティングの結果は出たようですわね。あなたのギフト、司書としての力を信じていますわ。その講評を聞いたところ、私にはどうやら、敵戦力の把握にはその本を当たるのが良さそうに思いましたけれども、スミレ、どうかしら?」
彼女が相談すると、スミレは、「そうだな」と言って腕を組んだ。
「悪くねーんじゃねーか? 剣や盾、人形のように配置された人の群れ、ってのは武器、防具、兵の数と戦術を表わしてるんだろうよ。戦争を連想させる刺激的な表現もいくつもあったし。とりあえず行くしかねーんじゃねーか?」
「そうッスね。あと、土地や流通、政治、敵国、との相性が良いってのも悪くないっす。外れであっても、主様に献上すべき品物っていう気がするっすよ!」
アマレロも意見を述べる。
彼女たち全員の意思がまとまったと見てビブリオテーカが口を開いた。