33.参謀本部は笑顔の絶えない楽しい職場
「ああ、そうだ。私と相棒の彼はやすやすと敵の拠点へと忍びこんだのであった。だが、やはり数々の罠が張り巡らされていたのだ。途中で相棒は敵につかまりそうになり自害。私はなんとか敵の情報を入手することに成功。こうして町の入り口まで逃げてこれた。だが、命からがらの逃走であったゆえ、この場所で意識を失ってしまった」
そこまでやけにスラスラと思い出すと、彼の頭の中に、死相を浮かべた自分の顔が一瞬だけ浮かんで消えた。
それは、途轍もなく嫌な何かを男に思い出させようとするのだが、記憶を辿ろうとするとなぜか激痛が頭に走るのであった。
(くっ、だがいずれにせよ、今はそのような事に関っている場合ではない!!)
彼は一刻も早く入手した情報をロウビル公爵に持ち帰らねばならないのである。
「・・・幸い、敵からの追撃はないようだ。一矢報いてやったからの、奴の眉間を私の猛毒ナイフで一撃のもと仕留めたのだ。うむ、確かに仕留めたはずよ。だが、ふ、む・・・? おかしいの? その相手は誰であったか? 確か男であったはずで・・・?」
鷲鼻の頭に突然、共に潜入した相棒の顔が浮かぶ。
だが、その映像はすぐに見たこともない兵士の顔に切り替わった。
「ふむ、そうであった。敵兵の一人に見付かった時、ナイフで始末したのであったな。こうして追撃がかからぬのも、的確に目撃者を消して行ったからよ。さて、敵に発見される前に、早く戻ることとしよう。そして伝えねばらなぬな」
そう言って彼は頷くと、風よりも早く駆け出した。
「充実した武器や防具、そして1000のホムンクルス兵を揃え、部隊は精強なり。近々、城塞都市ラッガナイトへ進軍を試みているが、攻城兵器を備えている故、籠城は愚策。バームトロール平原にて全軍をもって決戦を挑まれるべし、と」
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「という感じで、うまく行ってるみたいね」
四角形に切り取られた空間に映像を映し出しながら、鷲鼻の男の行動を解説してくれるのは、朱色の髪を後ろへひっつめたフォルトウーナロッソである。
相変わらず綺麗なおでこを見せていた。
その報告を受けてプルミエが、
「とりあえず必要な情報を刷り込むことには成功したようですね。後は敵の大将がどのように行動するか出方を慎重に見極めましょう。こちらも色々と準備を進めなくてはなりません」
と言うと、部屋に集まっていたイッシ、それにベルデやトートモルテといった少女たちが頷いた。
いずれも今回の作戦に参加した面々である。
「じゃあ私は監視任務を続行するわ。進捗があったら報告するからね!!」
彼女は映像をいったん切ると、退室しようと立ち上がる。
だが、すぐには部屋から出ずに、わざわざイッシの前に来ると上目遣いに彼の方を見た。
何となく期待されていることが分かって彼は手を伸ばす。
「よくやってくれたな。えらいぞ」
そう言って優しく頭を撫でた。
すると彼女は、
「べ、別に褒められたくてやったわけじゃないんだからね!」
などと言ってイッシの手を掴んだ。
だが別に引き剥がすわけでもなく、蕩けるような表情でされるがままになっているだけであった。
「ロッソだけずるいー。ベルデだってがんばったーッ、空間はーく、がんばったーっ!!」
そう言いながらベルデがもう片方の腕に抱き付き、スリスリと頬擦りをし始める。
その様子を見かねてプルミエが思わず溜め息を吐いた。
「何をしているのあなたたち。深夜に及ぶ作戦でマスターはお疲れなのですよ。あまり我儘をしてはいけません」
そう注意をするが、
「いや、プルミエ、色々と乗っかって、柔らか重いんだが・・・」
「あら、申し訳ありませんでしたマスター。体がつい勝手に・・・」
イッシの後ろから抱き付くようにしていたプルミエが慌てて体を離す。
「まったく、何をやっているのだか」
そう言ってトートモルテが嘆息した。
だが彼女もいつの間にかイッシの隣をキープし彼の膝に頭を乗せている。
どうやら深夜にまで至る参謀本部の単独作戦が成功したことで、みなテンションが上がっているらしい。
(まあ、信賞必罰というのも大事だよな)
彼はそう考えると、しばらく彼女たちのしたい様にさせておくことにした。
そんなわけでイッシと少女たちのキャッキャとした喧騒は、今しばらく続くのであった。
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「あっちの作戦は楽しそうですわねえ・・・」
そう羨ましそうな口調で言ったのは美しいブロンドを縦ロールにしたマリゴールドである。
いつもながらお嬢様めいた雰囲気を振りまいていた。
隣の部屋から聞こえて来る楽しそうな少女たちの声に心底嫉妬している様子だ。
だがその言葉に、隣にいた紫の少女、スミレが呆れたように言う。
「あっちの作戦には兄様がいるからしょうがねーよ。それよりもこっちの作戦に集中しろよな」
分かっていますわよ、とマリゴールドはぷくりと頬を膨らませて拗ねた様子を見せる。
だが、そのスミレの言葉に、離れた場所で準備を進めていたアマレロが、
「でも私もアッチが良かったスけどねー」
と性懲りもなく言った。
黄色の髪をポニーテールに結び、いつもの通り猫の様に茶目っ気のある表情だ。