32.ネクロマンサーのバラッド
「うまくいったようだな。それにしても最後まで気付かなかったか」
「ええ、うまくいって良かったわ」
黒髪おかっぱのどこか顔色の悪い少女、No.0666ことトートモルテがイッシに連れられて部屋の中へと入ってきた。
「ベルデの空間把握とフォルトウーナロッソの遠見を組み合わせれば、敵の斥候を見つけることは難しくないからな。まさか自分たちの姿が僕たちにずっと監視されているとは夢にも思わなかったらしい」
そうね、とトートモルテはあっさりとした口調で言うと、右手を振る仕草をする。
すると驚くべきことに先ほど眉間を貫かれた出っ歯の男がビクビクと反応し出したのである。だが、
「これはもうダメね。単純な行動くらいならさせられるけど、あなたの言っていたような使い方はできそうにないわ」
そう少女が言っている間にも出っ歯は起き上がり、
「あ、う、え、あ、お、え、あ」
と意味の取れない言葉を呻きだしたのである。
「ほらね」
「そうか。ネクロマンサーの君が言うのなら間違いないだろう。やはり僕が待ち伏せで殺した時にうまくやれなかったからか?」
その問い掛けにトートモルテは黒髪を揺らして否定する。
「いいえ。原因は鷲鼻の攻撃で死を強く意識したからでしょうね。あなたの手際は完璧だったわ。ロッソの遠見でここから映像を見せてもらっていたけれど、剣が早すぎて見えなかったもの。アレって心臓を一撃で貫いてるんでしょう? きっとこの男だっていつ死んだかわからなかったはず。それってまさに理想よ」
少女の言葉にイッシは「そうなのか?」と聞く。
ええ、と彼女は頷き、
「私のネクロマンサーのギフトは死を操る力。でも制約の多い力よ。細かな命令を与えるなら新鮮で、なおかつ自分が死んでいる事に気づいていない様な死体がいい。あなたが殺ったこの男のようにね。ほとんど生者と変わらない動きを再現できていたでしょう。これが年月を経、朽ち果てた死体ともなれば、単純な行動しか命令できないわ。それこそ人を襲え、とかね。会話なんてとても無理」
「なるほど、了解した。とりあえずこの出っ歯の死体は始末しておいてくれ」
分かったわ、と少女は言うと、右手を何度か宙に泳がせる。
すると、出っ歯の顔や体にピシ、パシという音を立てながら亀裂が入り始めた。
そしてものの数秒のうちに、男の体は砂のように崩れ、窓からそっと入り込んだ微風に巻き上げられると、そのまま宙に溶ける様に消えたのである。
「ところで、もう一人の男はどうだ。この鷲鼻の男だが、少し派手にやりすぎたんじゃないか?」
その言葉にトートモルテは拗ねたように唇を突き出し、
「まあ否定しないわ。でも作戦通りよ。死を間近にした人間なら、死を操る私のギフトで少しは干渉できる。それこそ幻覚を見せるくらいにはね」
そう言ってベッドの上をみれば、そこには町の外で狩ってきたゴブリンの死体が身代わりに転がされていた。
鷲鼻が死の間際に見た自身の顔は、彼女が死に干渉し見せた幻覚だったのである。
「自分の死に顔を見せることにも意味があったと?」
「もちろんよ。私が趣味でそんな陰険なことをするとでも思っているの?」
トートモルテはそう言って唇を歪めると、今度は両手を宙に泳がせ始める。
まるでピアノを弾くように。
奏でるのは死の演奏、といったところであるが。
そうしてしばらくすると、今度は鷲鼻の死体がびくりびくりと反応し始めた。
「自分の死体を見ながら死ぬなんて、当人にしてみれば信じられないでしょう。その信じられない、という気持ちが、自分の死を否定し、ネクロマンサー好みの良い死体になってくれる、と思うのよね。実験だけど」
そう興味津々といった様子で語りながら、更に指を細かく動かすと、
鷲鼻の男が「うう・・・ううん・・・」と言いながら、よろよろと起き上がり始めた。
「ふふふ、立ちなさい、死に魅入られし哀れな子。今から君に現し世の理を踏みにじらせてあげるっ!!」
・・・
・・
・
「はっ!?」
そう言ってガバリと起き上がったのは鷲鼻の男である。
いつの間にかジルムの町の入り口の脇でぼうっと立っていたらしい。
深夜とはいえ人通りは0ではない。
時々通り掛かる人間が訝し気な視線を投げかけていた。
「一体、ここは・・・。なぜ私はこんなところに・・・?」
何があったのか鷲鼻が思い出そうとすると、
「ぐ!? うう、何なのだ、この痛みはッ!?」
ズキズキと頭に激痛が走った。
だが、しばらくするとその痛みは止み、自分が意識を取り戻す前に何があったのかを思い出す。
「ああ、そうだ。私と相棒の彼はやすやすと敵の拠点へと忍びこんだのであった。だが、やはり数々の罠が張り巡らされていたのだ。途中で相棒は敵につかまりそうになり自害。私はなんとか敵の情報を入手することに成功。こうして町の入り口まで逃げてこれた。だが、命からがらの逃走であったゆえ、この場所で意識を失ってしまった」
そこまでやけにスラスラと思い出すと、彼の頭の中に、死相を浮かべた自分の顔が一瞬だけ浮かんで消えた。