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30.斥候どものセレナーデ

「あとついでに、イッシ様にこの世界の全てをプレゼントするためにッ!」


最後の言葉に「へっ?」という声をイッシが上げるが、その言葉は少女たちの歓声に打ち消されるのであった。


なぜか少女たちはキャイキャイと次々に賛同の声を上げると、最後にはイッシに向かって、


「お任せ下さいイッシ様、必ずやお役に立ってみせますッ!」


と妙に気迫に満ちた声を掛けて行くのであった。


「ああ、待て、待て、お前たちっ!!」


そうイッシが焦った声を上げると、それまではしゃいでいた娘たちが一斉に口をピタッ! とつぐんで彼の方を見た。


このあたりはまだまだ人形くさい。


「気合十分なのは良いが、僕は君たちに無駄に命を散らしてもらうつもりはない。あまり気負いすぎるな。大丈夫だ、犠牲が出ないように作戦は立てるから。むしろ君たちは戦後のことを考えろ。趣味とか結婚とか、そんな平和な感じなのをな」


その言葉に少女たちは顔を見合わせると、


「お嫁さん」「・・・スターの」「愛人でも・・・」


とはっきりしない声でヒソヒソ話を始めた。


イッシは急にヒソヒソ話を始める少女たちに首を傾げながら、プルミエの方に理由を尋ねるべく顔を向けたが、彼女もまた赤面しながら、


「式は・・・の教会であげて、・・・は10人以上で・・・」


と、やはり小声でブツブツと言っているのであった。


「えーっと、みんな分かってくれたのかな? とりあえず絶対に死ぬんじゃ・・」


『はいっ!絶対に死ぬわけには参りませんッ!』


イッシの言葉に1000人の少女たちの声が一斉に講堂にこだました。


・・・

・・


「どうした、いきなり姿を隠して。しばし返事もなく驚いたのだぞ」


「すまない。何かが見えた気がして少し確認してきた。どうやらただのネズミだったようだ」


イッシたちが叙勲式を終えた次の日の夜、夜陰にまぎれてジルムの町に潜入する二つの影があった。


最初に喋ったのが鷲鼻の男、返事をしたのは出っ歯の男である。


どちらもマントで体を覆った黒ずくめで、見るからに怪しげな雰囲気だ。


「ふむ、そうであったか。それで肝心の敵の気配は周囲にあるか?」


「いいや、おかしなことだ。まったくもって感じられん」


この男たちはロウビル公爵からイッシ達に放たれた斥候であり、これまでも敵対貴族や、時には帝国に潜入し数々の重要情報を入手してきた手練てだれのスパイであった。


彼らは少し話した後、人目を盗みながら民家の天井から天井に音もなく飛び移ると、ホムンクルス達が占拠しているという役所の付近までまんまと近づいた。


「おかしい、一切敵の姿を見かけぬ。やはり気配も?」


「ゼロ、だ。もう目の前にあるのが敵の拠点だと言うのに・・・どういうことだ、まさか待ち伏せの罠? 一旦、態勢を立て直すべきか・・・?」


そう出っ歯の男が心配そうに言うと、鷲鼻が重々しく口を開いた。


「ふうむ、どうやら我々の方がやや相手を買いかぶり過ぎているのやもしれぬな」


「買いかぶり? どういうことだ?」


出っ歯の疑問に鷲鼻はうむ、と頷いた。


「北部有数の町であるジルムを一瞬のうちに占領したことから、ロウビル公爵様もたいそう警戒をされ、我々をつかわされたわけだが、これは思っていたような状況ではないのかもしれぬ」


なんだと、と鷲鼻を驚いた目で見る出っ歯に気を良くしたのか、彼は滔々と持論を展開する。


「ジルムがこの地方有数の町と言えども、所詮は片田舎。公爵のお膝元である都市ラッガナイトを占領するのと訳が違うのは火を見るよりも明らかよ」


その言葉に出っ歯はまだ理解が出来ず「つまり?」と聞く。


鷲鼻は「まだわからんか」と馬鹿にしたように言う。


「要するにだ、一地方を一夜のうちに占領した相手と思い警戒してみたものの、それは奴らの実力ではなかったということよ。例えばだが、この町の戦力は傭兵200程度であろう。そのくらいであれば、卑怯にもホムンクルスが数にあかせて闇討ちすれば無力化できぬこともない。さすれば、此度の戦に勝利できた事にも納得が行く」


「なるほど、そうか。たしかに若造一人とホムンクルスどもが、100人斬りのグレーギンや屈強な傭兵たちとまともに戦って勝利することなど出来るわけがない。不意打ちか闇討ちかは知らんが、相当汚い手段を用いて葬り去ったに違いない」


そう出っ歯も納得する。


すると鷲鼻は「それにしても」とため息をいた。


「所詮はホムンクルス、いや、奴らを操るフルテラ・イッシという狂人であったか。この世の道理をかいせぬ者たちのしでかした浅知恵よのう。この国に何の恨みがあるのか知りたくもないが、こうして町ひとつを占領したことにおごり、既に動き始めた我ら公爵様の手飼の動きに気づく気配もない。げんにこうして我らをやすやすと潜入させておるのだからな。戦の何たるかを全くもって知らぬ証左しょうさよ。やはり、この町での戦いに勝利を収められたのはすべて幸運によるものに違いあるまいな」


その言葉に出っ歯もいやらしく笑い、


「俺たちは存在もしない敵に怯えていたというわけだな。とんだお笑い種だ」


鷲鼻はまたしても大きくため息をつく。


「いや、実につまらぬ。愚かな相手と知りながらも、それをほふらねばならぬ事ほど退屈なものはない。だが、我々は名誉ある公爵様の斥候の一番手。うさぎを狩るにも全力を尽くさねばならぬ。と言っても今回警戒するのは己の油断だけよ。それだけが唯一の敵であろうからな」


「わかっているさ。相変わらず堅実な男だな」


と言って出っ歯はニヤリと笑うと、たちまちプロらしく気配を消した。


そしてやはり音もなく役所の空いていた窓へと滑り込むと、イッシやホムンクルスの少女たちが眠る部屋へと向かったのである。

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