19.スミレ色の少女
「フン、そうかつまらん。てっきりディアンが殺されでもしたのかと思ったんだがなあ」
そう言いながらカザミは、顔を背けたのである。
だが、もしも彼がこうして視線を逸らしていなければ、この町で起こっている全ての事実が露見していたことであろう。
なぜならば真実を言い当てたカザミの言葉に一瞬、グレーギンの表情が確実にこわばったのだから。
しかし、カザミはそれには気付かずに踵を返すと、
「興味失せたわ。俺はこれか領主のロウビルのお膝元、都市ラッガナイトへ戻る。せいぜいお前のご主人様の無能を吹聴しておいてやるよ」
そうあざ笑いながら、勇者の姿は遠くへと消えて行くのであった。
グレーギンはほっと一息つくと、全ての傭兵たちを動員すべく詰所へと入って行ったのである。
・・・
・・
・
「おい、勇者よ。どこに行っておったのじゃ。早く発たねば今日中に次の宿町までたどりつけんぞっ」
そう言ってグレーギンの元から離れた勇者カザミに話し掛けたのは、王国でも随一の魔力を誇る魔法学院顧問のバザル翁であった。
だが、そんな言葉にも勇者は黙ったままだ。
そう彼は先程、グレーギンが自分に何かを隠しているような気がしたのだ。
それは単なる直感でしかなかったが、自分の勘は当たることが多い。
それに見てはいないのだが、何となく「ディアンが死んだ」と冗談を言った時、奴の気配が一瞬変わったような・・・。
(あの野郎、一体何を隠して・・・。もしや本当に・・・?)
だが、それ以上考えようとした時、ボコッという音が頭上から聞こえた。
そして間もなく、激痛が勇者を襲ったのである。
「ぐへえッ! てめえジジイ、何のつもりだ!!」
どうやら無視された翁が、自分の杖で容赦なく彼の頭を叩いたらしい。
普通の人間ならば即死ものの一撃だが、常人ではない勇者には小突かれた程度でしかないのだが。
「何のつもりだ、ではないわいッ!! まったく好き勝手行動しおって。わかっておるのかっ。さっさと王都まで戻って王に報告せねばならんのじゃぞ! 邪神の復活は阻止したし、セイラムは死んだ。じゃが、ホムンクルスたちがどうなったのか、まるっきり分からんのじゃ。恐らくは、邪神復活を中途半端で中断したせいで消滅したのじゃろうが、何にしても早く戻る必要があるんじゃッ!!」
「くそっ、うっせえなジジイ。んなこたぁ、分かってんだよ」
ならば行くぞ、と歩き出すバザル翁に渋々と言った様子で勇者カザミは付いて行く。
彼の胸中に残った違和感は、とうとうそれ以上追及されることはなかった。
こうして彼らは目と鼻の先にいる邪神復活の最後の残り火、ホムンクルスの少女たちに出会うことなく、この町を去って行ったのであった。
それがこの大陸の歴史にどれ程の影響を与えるのか、当時は誰も知る事はなかったのである。
・・・
・・
・
「いじょうなーし。いぜんとしてかわりなし、だよー」
緑の髪を長く背中に垂らした少女、ベルデが空間把握のギフトを使用し、砦の周囲に問題が無い事を報告する。
「そう、分かったわ。ちなみに、こっちは異常ありっ! よ。どうやらイッシ様たちがジルム町長ディアンを倒したみたいだわ。さっすがイッシ様ね!!」
朱色の髪を後ろへひっつめておでこを出したロングヘアーの少女、フォルトウーナロッソは遠見のギフトを駆使してイッシたちの様子をモニターしていた。
その報告に「おおー」と言って、周りにいたホムンクルスたちが拍手したり万歳をしたりする。
ある者は駆け出して他の部屋や通路にいる少女たちへ近況報告をしに行く。
そんなキャイキャイと盛り上がっている皆の中から、紫色の髪をしたホムンクルスがズンズンと進み出て来た。
素体番号No.0964、スミレと名付けられた鋭い目つきをした少女である。
「おめーら騒ぎ過ぎだ。嬉しいのは分かるけどよ。それに兄様たちが見事殺ってくれたんだ。私たちもゆっくりはしてらんねえんだぜ」
呆れた声で語る彼女に、周りの少女たちは、はーい、とやはり気の抜けるような明るい声で返事をする。
おいおい、大丈夫なのかよ、と彼女は頭を振るが、思いの外、ホムンクルスの皆は機敏に動き始めた。
一瞬の内に部屋から出て行ってしまうと、それぞれが部屋へと駆け足で戻って行ったのである。
「準備」を始めたのだろう。
「何だよ、やればできるじゃねーか」
「しょーがない、ですよー」
ベルデの気の抜けた声に紫の少女が振り向いて首を傾げる。
「しょうがないって、何がだよ」
それはーですねー、とのんびりとした口調で答える。
「わたしたちホムンクルスたちのー、ほとんどはーやはり命令されることになれているー、ということなのですねー。少しずつわたしたちのよーに、じりつてきにかつどーするむすめたちも出始めましたー、しかしー」
そうねえ、とフォルトウーナロッソは頷きながら続きを語る。
「まだその数は1000人の規模に比べれば僅かばかりね。意見を聞けば話すし、それなりに考えてもいるわ。現に私たちの国を持つことに全員のホムンクルスが賛同したのだし、一部は熱狂的に支持している。けれども、実際の行動ともなると、機転を利かせて、考えて、自律的に動ける子たちって言うのは、まだ本当に数える程度。もともと人形として作られているからしょうがないとは言え、ままならないものよね」
そう言ってため息を吐く。
だが紫の少女はその言葉に「へん」と鼻を鳴らした。
「それこそ逆に、しょうがねえよ。私たちは元は確かに人形だったんだから。大事なのはこれから、だろう」
そーですねー、と答えるベルデに、スミレは「それにな」と続ける。
「そんなに悲観するほどでもねえよ。言われたことができるってのも大事なもんだ。おかげでこんな話をしている間にも、ホレ見てみろ」
そう言って窓から外を見下ろすと、そこには1000人には少し満たないホムンクルスの少女たちが準備万端とばかりに整列していたのである。
先ほど騒いでいたホムンクルスの少女たちが部屋を出て行ってから、ものの数分と経っていないのに、だ。
「もう準備を終えたらしい。これはこれで大したものじゃねえかな。さてとっ、そらっ、ベルデは遅れてる奴が万一にもいないか空間把握で確認してくれ。あと、ロッソは忘れ物がねえか、最終チェックしてくれるか」
ベルデは頷き、フォルトウーナロッソが首を傾げた。
「分かったけれど、それであなたはどうするの?」
決まっているだろう、とスミレは笑う。
「これから993人の集団テレポートを実行するんだ。何よりも気迫を込めねえとな」