17.占領作戦
「相変わらず何を言っとるのかわからん奴じゃなあ・・・」
そんな呆れた声をだして銀髪の娘、死神アルジェに代わって、漆黒の髪を揺らして暴力の権化、ナハトが前に出る。
「へっ、てめえたちみたいな小娘に殺られるほど、この100人斬りのグレーギン様は落ちぶれちゃいねえ。本当にてめぇだけで相手ができる相手だと思ってんのか? 何なら周りのお友達にも、助けを求めていいんだぜ」
そう挑発するように言うと、ナハトはハンッ、と鼻をならした。
「馬鹿にしないでよね。おじさんごとき、僕一人で十分だ!! みんなは絶対に手を出さないで! 大丈夫すぐに終わらせるから」
彼女は全身にオーラをみなぎらせると、触れば火傷をしてしまいそうな程の熱気をまとい始める。
だが、グレーギンは更に挑発めいた言葉をナハトへと投げかけた。
「ふん、小娘ごときが粋がってやがるぜ。てめえみたいなひよっ子には留守番がお似合いさ。さっさと尻尾を巻いて家に帰るんだな!」
「おいッ、ナハトよ、こんな見え見えの挑発に引っかかるんじゃ・・・」
「抜かせえっ!」
敵の言葉に弾かれるようにナハトは真っ直ぐにグレーギンへ突っ込んだ。
「大馬鹿者がッ!」とアルジェが叫ぶ。
ナハトの突撃は弾丸よりも早い漆黒の稲妻であった。
無論、戦場で100人斬りのグレーギンでさえ、雷の速さを目で追うことは不可能だ。
だが、真っ直ぐに突っ込んでくるそれは、
「タイミングは読みやすいぜッ!!」
挑発を繰り返したグレーギンは、作戦通り激高して突っ込んできたナハトの単純な一撃をぎりぎり紙一重でかわすと懐に仕込んであった煙幕弾を地面へと叩きつけた!
するとたちまち、もうもうとした煙が周囲に立ち上り、一瞬であたり一面を視界の効かない空間へと変えてしまったのである。
そう全ては何とかこの場から一旦離脱するための挑発だったのである。
煙がしばらくして晴れたあと、グレーギンの姿はどこにもなかったのだった。
・・・
・・
・
「ひいっ!? この状況は一体。何なんですかっ、貴方たちはっ!?」
受付嬢や下男たちが大きな物音を聞きつけて部屋に押しかけると、そこには町長たるディアンや傭兵たちの死体がソファや床に無造作に転がされており、その上、見知らぬ者達が多数佇んでいたのである。
その内の一人が振り向いて微笑みかけた。
あまりにも美しい少女である。
髪の色は透き通るような薄い青色であり、雪のようなあまりにも白い肌だ。
そして、悍ましい金色の瞳が妖しく瞬いていた。
「見てお分かりになりませんか。私たちホムンクルスがこの国に戦争を仕掛けているのですよ。手始めにこの町を占領させて頂こうと思いましてディアンを手にかけさせて頂きました」
「ホムンクルスですって!? あの汚らわしい人形の・・・。そういえばその瞳の色!!」
「まあまあ。そう毛嫌いするもんじゃないだろう。どこからどう見ても、かわいい女の子たちじゃないか」
そんな呑気な言葉を口にしながらドアを潜って入ってきたのは、付き人を騙っていたイッシである。
遠くの別室で待機させられていたため、来るのに少し時間がかかったのだ。
「そんな、貴方はあのお嬢様の付き人ではなかったのですか」
ううん? とイッシは首を傾げながら、
「ああ、あれはただの演技さ。お嬢様のほうも偽物ってわけだ。うちには、まあ変装のプロがいてな、そいつに化けさせていたんだ。まんまとお前たちは騙されていたというわけだ」
イッシの微妙に真実ではない言葉を真に受けて、受付嬢や下男たちは悔しそうな顔をする。
だが、ふとある事に気が付いて声を上げた。
「というか、人間であるはずの貴方がどうしてホムンクルスなどに加担しているのですかっ!? 女神ラステル様の教えに明確に反する、冒涜的な行いですッ!!」
そう叫ぶ彼女に対し、イッシは肩をすくめると、
「うるさいなあ。うちの家はそもそも仏教だよ。それに、女神ラステルだ? こんないたいけな少女たちをいたぶるような宗教が正しいわけないだろう。それこそ邪教ってやつだな」
彼自身がまさに邪神の一部と同化している元人間といった具合なのだが、そのことは完全い棚に上げて言い放った。
受付嬢は信仰を馬鹿にされたせいで頭に血が昇りそうになるが、ふと死体の中に存在するべき者がいない事に目ざとく気付くと、少し落ち着きを取り戻し言った。
「グレーギン様のお姿が見えないようでございますね。このような場合には一番に駆けつけられたものかと思いますが」
イッシは「ふむ」と口にすると、
「奴なら逃げたよ。この状況に尻尾をまいてな」
その説明に受付嬢は唇をゆがめる。
「いいえ、グレーギン様がお前たちなどに負けるはずがございません。恐らくお前たちは卑怯な方法でディアン様や傭兵たちを襲ったのです。ディアン様も部下たちもあえなく殺されてしまったようですが、グレーギン様は100人斬りを成し遂げた恐るべき傭兵です。きっと他の部下たちを引き連れ、お前たち汚らわしいホムンクルスと、そしてそれに与する悪しき人間を殺し尽くすでしょう」
にやにやと嘲る様子の女に対して、イッシは「ほう」と感心する。
言っていること自体は恨みつらみでしかないが、なかなかどうして、こんな状況でもそれなりに落ち着いて状況を計算する受付嬢に驚いたのだ。
「ま、いいさ。とりあえずお前たちは別の部屋に監禁させてもらおう」
そう言って剣を突きつけると、彼らは悔しそうな表情を浮かべつつも、結局しぶしぶと彼の指示に従うのであった。