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15.ジルムの町

「すみません、町長のディアン様はいらっしゃいますでしょうか」


「あ、はい、どちら様でしょうか。アポイントはございますか?」


受付の若い女性が訪ねてきた二人組に尋ねた。


男の方はまだ若く、見習いの御者といった身なりであるが、女性の方はこのあたりではなかなか見かけることのできない高貴な出で立ちであった。


もちろん、若い男はイッシであり、女性の方は令嬢に扮したアマレロであった。


(貴族のご令嬢がお忍びの旅でもしているのかしら)


と受付嬢は内心思いながら事務的に口を開く。


この建物は町の中央の行政施設が密集して立ち並ぶ一角にあり、いわゆる町の役所である。


役所にしてはあまりにも広く豪奢な作りであるが、イッシが町人に聞いてみたところ、詳しい事は何かに怯え、口を噤んで教えてくれなかったが、どうやら人々への重税によって建てたものとのことだ。


おかげで彼らはひどく困窮しているようで人口1万人という割には活気がない。


だが、ディアンには傭兵で作った私兵部隊がいるらしく、文句がある人間を片っ端から捕えては罰を与えるように指示しているらしい。


その隊長はグレーギンと言う大男であり、100人程度の相手であれば容易く打ち倒せるほど腕の立つ傭兵とのことだ。


そうした部下たちが四六時中目を光らせているせいで、町人たちは滅多なことを口にすることが出来ないのであった。


「ああ、申し遅れました。わたしは付き人のイッシと申します。こちらのお方はアマレロ様。身分を明かすことはできませんが、お忍びの旅をしているところです。この度はディアン様の治める町にしばらく逗留させていただく予定ですので、一言ご挨拶をさせて頂きたく参りました。もちろん、ディアン様のご都合が悪いようでしたら、ご予定をお伺いさせて頂いた上で、改めて足を運ぶように致します。そのようにお取次くださいますでしょうか」


丁寧な説明を受けて、受付嬢が改めてアマレロと呼ばれた女性を見ると、彼女は女でもうっとりするほどの微笑みをその口元に浮かべた。


(なんて美しい・・・これは本物だわ。おそらく相当高貴なご身分の方。旅に出られるという事は、おそらく次女か三女で長女ではないのだろうけれど、対応を間違えると私の責任問題になってしまう。ディアン様はお部屋にいらっしゃったはずよね。とにかくすぐに取り次がないとっ)


一瞬でそこまで計算すると受付嬢は営業用の完璧なスマイルを浮かべて返事をした。


「承知致しました。それではすぐにお取次させていただきます。どうぞおかけになってお待ちください」


そう言ってから受付嬢は手元のベルを一度鳴らした。

すると、奥の方から下男らしき男が小走りでやって来る。

そして彼女から用件を聞くと、またすぐに奥へと引っ込んだのである。


・・・何だか思ったより簡単ですわね。あっけないものですわ・・・


「えっ?」


そんな場違いな声が聞こえたような気がして、受付嬢は驚いてイッシや令嬢の方に振り向いた。


だが彼らはおとなしくホールの隅に置かれた椅子に黙って腰掛けているだけである。


(何か聞こえたような気がしたけど、気のせいね。それよりも礼がないようにしないと)


そうかぶりを振って気を引き締める彼女であったが、受付嬢の視線を受けていたイッシは内心で冷や汗をかいていた。


何とか不審な様子を見せないように、なんでもないような表情を作りやり過ごすことに成功したが、受付嬢の視線が外れたのを見計らうと小さな声でつぶやいた。


「馬鹿、まだ声を出すな。足音もできるだけ立てないようにするんだ」


その言葉に何もない空間からなぜか物が僅かに動くような気配が生じた。


だが、幸いなことにそれはイッシたち以外は気付かない。


何事もなくしばらく時間が経過する。


そうして、5分くらいしてから受付嬢からイッシたちに声が掛かった。


「ディアン様がお会いになられるそうです。私室へご案内致します」


・・・

・・


「これはこれはアマレロ様、よくぞいらっしゃいました」


満面の笑みを顔に浮かべるディアンは令嬢にソファを進める。


付き人であるイッシは中に入ることが許されず別の部屋で待機している。


なお、ディアンに何かあった時のために両隣の部屋には傭兵たちが控えており、その中にはリーダーのグレーギンもいた。


あるじの合図や不審な物音が聞こえれば、すぐさま部屋に雪崩込む手はずである。


とはいえ、今回はどこからどう見ても、美しい貴族娘に若い付き人が1人であり、出動の機会はなかろうと予想していたのだが。


ディアンもホワン家の次男であり弱小ながら貴族の末席に籍を置く男である。


そんな彼から見ても、アマレロは純粋な貴族の令嬢に見えた。


(どこかのやんごとなき身分の方の隠し子か何かであろうか。高貴な出であることは、容姿の美しさを見れば明らかではあるが、一体どこの・・・)


内心ではそう思いながらも、表向きはホストとして歓迎の意思を伝える。


「このような北の果てジルムの町までようこそ。何でもお忍びの旅であるとか」


アマレロは出された紅茶を優雅な仕草で一口飲むと、


「この度は不躾なご来訪となりましたことお詫び致します。ホワン家のディアン様が治められる、北部随一の町だと聞き及びましたので、こうして足を運びましたの。そして是非ご挨拶をと思い、参りました次第です。一目拝見しましたが、大変活気のある良い町でございますね」


そう言ってにこりと微笑んだ。


美しく若い女性に笑顔を向けられて不満を持つ男はいない。


ディアンはアマレロの言葉に気をよくしながら上品に笑った。


「ははは、ありがとうございます。ただ、俺・・・いえ私はロウビル殿に遣わされた行政官に過ぎませんよ。それに王都やロウビル殿が直接治められる都市ラッガナイトとは比べ物になりますまい」


だが、その謙遜の言葉にアマレロは首を振りつつ、


「いいえ、人の多寡は問題ではありませんわ。こうして立派にまつりごとをなされているのですから。町の人々の表情を見れば分かります」


(はて、町人どもからは絞れるだけ絞ったつもりであったが、まだまだ余裕があったのだろうか。一層税を重くせねばならんなあ)


そんなことを内心をお首にも出さず、ディアンは言った。


「ありがとうございます。そう言って頂けるだけで、この後の政務にも力が入るというものです。それで、でございますが・・・」


彼はゴホン、と咳払いをしてから言葉を続けた。


「大変無礼なことをお聞きするかもしれず、お気を悪くされないで頂きたいのですが、アマレロ様はいずこの方のご令嬢に当たられますでしょうか? もし宜しければ不肖の私めにご教示願いたいと思うのですが」


その言葉に彼女は微笑むと、


「ホムンクルスの456番目の娘ですわ。ディアン様」


は? と思わずディアンが漏らすが、残念ながらそれが彼の最後の言葉になった。


音もなく立ち上がり、机に乗り出した彼女の手には、ひと振りのナイフが握られていたのである。


そして、そのやいばはディアンの心臓に正確に突き立てられており、声を出そうとする彼の口をアマレロはもう片方の手できつく塞ぐのであった。


だが、


(ちょっと、暴れるのは禁止っす)


死する者の最後のあがきは余りにもすさまじい。


死に抗おうとする彼の力に負けて、ソファがほんの少しだけ音を立ててズレたのである。

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