12.凱旋する少女たち
「わったしもいるよー!」
イッシが斬りかかってきた盗賊を差し貫いた直後、上空から降ってきた少女が盗賊を一人、そのこぶしで直接殴り倒した。
断末魔の悲鳴すらなく、その男は地面に何十センチもめり込み、息絶えている。
周囲はシンと静まり返った。
「あ、あれ? ぼく、空気読めない子って感じかな?」
漆黒のナハトと呼ばれる化物めいた力をギフトとする少女は、長い黒髪をなびかせつつ、周りの空気を察して焦った声を出した。
「いいえ、よくやってくれました」
そう言って透き通るような青髪を揺らしてプルミエがイッシの少し後ろに現れる。
「盗賊団の士気も随分と下がったことでしょう。ですがこれで終わりではありません。掃討戦というものも我々は経験しておかなければなりません」
さあ、とプルミエは言い放った。
「すでに王の下知は下っています。あなたたち、下賎な輩どもを蹂躙なさい」
待ってました、とばかりに、おとなしかったアルジェが銀髪と大鎌を振り回し始める。
一瞬にして周りにいた5,6名の首を跳ね飛ばすと、次の獲物に狙いを定めて、尋常ではないスピードで盗賊たちの間を駆け抜ける。
彼女の走った後には、切り落とされた腕や足が次々と地面へ落ちた。
ナハトも負けず劣らず、周りの斬りかかってくる盗賊たちの刃を素手で叩き壊すと、驚愕する盗賊たちの顔面に次々と人外の力で拳を叩き込んでいく。
男たちは脳に届く深刻なダメージを受けるのと同時に顔面を陥没させて、やはり地面へと沈んでいく。
時には頭部が一瞬にして吹き飛んでしまうこともあった。
「馬鹿な、こんなことが・・・」
「デ、デキムの頭ぁ、どうするんで?」
「こ、こんな奴らに勝てるわけがない。なんとか逃げ」
そう言って踵を返し逃げようとした時、その退路を防ぐようにして黒髪の青年が立ちはだかった。
ただの餓鬼にしかみえないのだが、先程は盗賊を見事一撃で仕留めている。
油断できない相手であることは、さすがのデキムもテロリアも理解していた。
だが、相手は一人だ。恐るべき少女たちよりかは、まだくみしやすい相手であろう。
「いくら腕がたつと言っても、2対1だ。勝てない相手じゃねえ、行くぞっ!」
そう言ってデキムは手に持った剣でイッシへと斬りかかる。
イッシも自らの剣でその刃を受け止めるが、その隙にテロリアがガードの甘くなった脇腹を狙ってナイフで攻撃を仕掛けてくる。
彼はその攻撃を避けるため後ろへと大きく退いた。
「たかが盗賊とは言えどもさすがに大将格。コンビネーションはなかなかのものだな」
その感想にデキムは挑発するように返事を返す。
「へへへ、なかなか腕は立つようだが、俺たち二人にはかなわねえぞ。悪いことは言わねえ、命が惜しけりゃ、そこをどくんだな」
イッシはキョトンとすると、何がおかしいのか「ハハハ」と笑い始める。
「な、何がおかしい、気でも狂いやがったか」
とテロリアは叫ぶが、イッシは笑いを引っ込めて憐れむように二人を見た。
「まだ自分たちに未来があると思っているとは驚きだな。今、剣を受けたのは、お前たちがどれくらいの力を持っているのか確かめるためだ。なにせ初めての異世界だからな。どれくらいの物かと思っていたんだが」
そうして、剣を改めて構え直すと、
「とんだ期待ハズレだな。これなら、この国をいただくのもそう遠くはなさそうだ。さっさとお前たちを始末して、次の準備に取り掛かるとしよう」
イッシの言っていることは半分もわからないのだが、どうやら自分たちが心底バカにされている事を理解したデキムとテロリアは、たちまち激昂して同時に斬りかかった。
「馬鹿がっ! 余裕のあるうちに殺しときゃあ良かったと後悔するんだなっ!」
「この攻撃はかわせまい!!」
そう言って攻撃を繰り出す二人であったが、次の瞬間、すでに命はなかった。
なぜならばイッシのなぎ払った一撃で、デキムとテロリアの得物ごと二人の体を横に両断していたからである。
おそらく彼らには何が起こったのかすら理解できなかったであろう。
人では成し得ぬ程の攻撃であり、イッシ自身もその力に驚く。
「やはり・・・だが考えるのは後回しにするしかないか・・・」
そう言って、盗賊たちと戦っているはずの少女たちへ目を向けた。
だが、あちらはあちらで圧倒的な戦いを繰り広げていたらしい。
死屍累々とした地獄の中で、ナハトに片腕で首を掴み上げられた最後の生き残りから、ごきりッ、という音が聞こえたかと思うと、地面に崩れ落ちるのが見えた。
「うん、どうやら無事に終わったようだね」
ほっとイッシが胸をなでおろすと、戦闘に参加した面々が彼の元に集まってくる。
そうして何も言わずに、頭をズイっと彼の方に突き出すのであった。
どうやら「撫でろ」、ということらしい。
彼は諦めた心地で、次々に少女たちにねぎらいの言葉をかけながら頭を撫でてゆく。
少女たちは満足そうな笑顔を浮かべ嬉しそうだ。
だが、その時、何の脈絡もなくイッシは急激な眠気を感じたかと思うと、たちまち意識を喪失してしまったのである。