11.イブール国からの領土侵犯
「もうそろそろ砦に到着するな。おい、お前たち準備はいいかっ!」
そう盗賊団の頭、デキムが声を上げると、その部下たちおよそ50人が一斉に、オウッ!と応じた。
「ようし、てめえら、ここから先は物音を立てるのは無しだ。できる限り逃がさずに生け捕りにしろ。捕えた分だけ報酬をくれてやる。だが、多少はハメを外したって構わねえ。好きにしな。ただし、殺すんじゃねーぞッ! 商品にならねえからなあ」
そう言うと下卑た表情でにやりと笑う。
部下たちも楽しみだとばかりに口元を歪めた。
腹心であるテロリアも、得意のナイフをぎらつかせ、舌を這わせる。
「ひひひ、楽しみですねえ。殺せないのは残念ですが、存分にいたぶらせて頂きますよ」
「顔以外にしろよ、ほどほどにな」などと周りから言われるが、痩せぎすでひょろりとしたテロリアは、残忍な表情を隠そうともしない。
「おい、てめえら。無駄口はなしだ。そろそろ行くぜ」
そう言ってデキムが前に進もうと振り向いた矢先、耳元で突然、場違いな少女の声が聞こえたのであった。
「今のお話、すべて聞かせていただきました。我が国の唯一の法に、あなたたちイブール王国の民の行動は反しています。まずはあなた方を粛清してから、イブール王に事の次第を問うとしましょう」
「なっ、誰だっ!?」
デキムは驚いて声を上げるが、次の瞬間、後ろにいた部下の口から
「ぎゃあああああああああ、腕がッ、俺の腕があああ!!」
という鋭い絶叫が上がったため、急いで後ろを振り向く。
だがそれは最初、場違いすぎてデキムには幻覚にしか思えないものであった。
なぜなら幼い顔をした銀髪の少女が、むさくるしい男たちの真ん中にただ一人、あまりにも悠然と佇んでいたからである。
いや、驚いた理由はそれだけではない。
その手に握られた何百キロもするかと思われる、小さな体に似合わぬ大鎌をやすやすと担いでいたからである。
その刃は月の明かりに濡れ、まさに命を吸うために造られた呪われし武具である事実を主張するように、ぼう、と不気味に光っているのだ。
そしてまさに今、絶叫を上げつつ地面をのたうち回っている盗賊の片腕を切り飛ばした証拠、その血液がトロリと、大鎌の刃を伝っているのであった。
だが、その非現実的な光景を、デキムやテロリア以外の子分たちはすぐに理解することが出来ず、ただただ幼い、生意気な少女に舐めた行動を取られたと、反射的に感じてしまう。
「なんだ、てめえはッ! 俺たちを誰思っていやがっ」
そう叫び声をあげて掴みかかろうとした盗賊の一人は、やすやすとその腕を切り飛ばされた。
「は?」
とその男が間抜けにも呟いた次の瞬間には、その口ごと両断されて二度と言葉を紡げない様になってっしまう。
腕を切り飛ばしたあと、その少女、そう死神アルジェが上から下へ盗賊の身体を一刀両断にしたからである。
その恐ろしい光景を見て、部下たちもやっと状況が飲み込めて来る。
目の前の少女、いや敵は恐るべき力を持った驚異である、という事実を。
「おやおや、お前さんがた、そんな風に止まってしまってよいのかい。わしはともかく、他の者の良い的じゃよ?」
そう言って馬鹿にしたような笑みを貼り付けるアルジェに盗賊たちは、「何を言っている?」と頭に疑問符を浮かべるが、すぐに彼女の言っている意味がわかる。
アルジェを取り囲んでいた部下たちの内、もっとも外側にいた一人が、その目の前にいた別の盗賊に突如として斧で斬りかかったからである。
無論、後ろから襲われては反応することすらできず、その部下は、
「へぎゃ」
という間抜けな断末魔をあげて地面に倒れこんだ。
脳天をかちわられていて、もちろん即死である。
それにテロリアは驚愕して叫び声を上げる。
「てっ、てめえ、何してやがる」
だがその部下はかまわず、周囲で驚愕し動けない盗賊たちに次々に攻撃を仕掛ける。
たちまち、数人の盗賊たちが、頭や腕、足を切り裂かれ、即死するもの、大怪我を負うものが続出した。
「ほっ、本当にいい加減にしやがれッ、てめえ・・・、いや、てめえは誰だっ! 俺たちの仲間にてめえみたいな顔のやつはいねえぞ!?」
そう言ってテロリアがナイフで切りかかる。
裏切り者の男はそのナイフをやすやすと受け止めてから大きく後ろへ跳躍すると、
「あはは、やっぱり変装してると戦いづらいっすねえ。まっ、あんたらぐらいの相手ならハンデがあっても全然大丈夫なんすけど」
そういった男は、いや、その男の姿はすでにない。しかも途中から、声すらもかわいらしい少女のもの変わっている。
そこにいたのは黄色の髪をポニーテールに結んだ、いたずらめいた表情の猫みたいな雰囲気の少女であった。
「どうだったっすか、主様っ。私の変身能力。楽しんでいただけました?」
そう言って少女が振り向いた先には、一人の若い男の姿があった。
盗賊たちも突然現れた男の方に視線を奪われる。
少女に主様と呼ばれた男。中性的な顔をしたまだ若い男だ。
そう、イッシである。
「ああ、すさまじい変身能力だな。今度また働いてもらうことになるだろう。軽い戦闘もできるようだが、あくまで君の役割は斥候、情報収集。今日はテストのために連れてきたが、万が一もある。あとは僕たちに任せてくれ」
「わっかりました。帰ってきたらこのNo.456に名前をつけてくれるの忘れないでくださいね」
少女はウインクをすると、また一つ大きく跳躍してその場から退場する。
あっけに取られていた盗賊団であったが、少女たちのリーダーめいた男が現れたことで、デキムが我に返り口を開いた。
「なんだ、てめえはッ。この化物どもの親玉か!?」
そう叫ぶデキムにイッシは言葉を返す。
「化物とは無礼だな。彼女たちは我が国の貴族たちだというのに。イブール王国の民が我が国を襲撃する、という情報をいち早く察知したため、こうして迎撃をしにきたというわけだ。君たちは我が国を侵犯しようとしているという自覚はあるのかな」
その言葉に、デキムは相手が何を言っているのか無論わからず、
「へっ、何を訳のわかんねえ事を言ってやがる。ここはイブール王国の、しかも北の果てだ。帝国領でもなんでもねえぞ! お前さん、頭がどうにかしちまってるんじゃねえか」
デキムが馬鹿にしたように笑い、やや調子付くと、周知の部下たちもその様子につられて少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
たしかに大鎌を持つ少女や、先ほどの変身能力は驚異だが、相手のボスは単なる馬鹿か狂人のようだ。
しかも、まだ年の若い男。力も強くなさそうだ。人質にでもすれば一網打尽にすることもできるだろう。
そう考えていたのだが、
「ふむ、つまり我が国を否定し、武力によって侵犯を続けるということだな。ならばこれは明確な貴国からの侵略行為だ。我が国は、これに報復する」
「何をさっきから訳のわからないことを言ってやがる!」
そう言って部下の一人が勢いよく剣を振りかぶりイッシへと斬りかかった。
盗賊たちの誰もが、その一撃によってイッシは死んだと思った。
大将さえ討ち取れば、その部下たちも統率を失い逃げ出すことだろう。
そう盗賊たちは期待したのだが、斬りかかった部下がなぜか剣を振り下ろした姿勢のまま微動だにしない。
「お、おい、一体どうし・・・」
誰かが発したその言葉は最後まで言われることはなかった。
なぜなら、斬りかかった部下は、逆にイッシが抜き放った剣に心臓を深く貫かれ、すでに命を失っていたからである。
「やはり、どんどん力が強くなっていってるな・・・」
そして、そのイッシのつぶやきは誰にも聞かれることはなかった。