君となら、幸せ
中世っぽい時代のヨーロッパっぽい場所、辺鄙な村の教会に、僕は赤ん坊のころ捨てられた。
しかも裸の状態で。なものだから、僕ことニールの親は下層の娼婦だろうと専らの予想だった。
親がいないから、庇う者がいないから、僕は不満の捌け口として村中から扱われた。
ただ一人を除いて。
チェルシー。清楚を絵に描いたような女の子で、村長の家で小間使いという名の奴隷だった僕に何かと優しくしてくれた。僕にそういう風に接するのは他にいないし、優しくされるのなんか初めてだしで、好きになるのに時間はかからなかった。
しかし惚れてしまうと今まで知らなかった面が見えてくるという。チェルシーには好きな男がいた。
よりにもよって僕と同じ身分の男、リュート。そう、あいつも捨て子で村長の小間使い。ただ僕と違って、やけに良い生地にくるまれて捨てられていたらしい。おまけに育ってくるとあいつは頭がよく、容姿や振る舞いも品があり、貴族の種では?と噂されていた。
裸で捨てられ、育っても特に頭がいい訳でもなく顔がいい訳でもない僕の気持ちを察してくれ。
祭りの日なんかはリュートはひっぱりだこで、チェルシーは他の女に弾き出され遠くから見ていた。
僕? 好きな女の不幸を喜べるわけないだろ。チェルシーと気晴らしに語らって慰める係をやっていた。その時に彼女の恋愛感を聞いた。
「ニールくんにも分かっちゃうよね。そう。私、リュートくんが好き。もしかしたら貴族様かもしれないからとか、そういうことはないの。以前ね、怪我したところを横抱きで運んでくれたの。周りがおろおろしてるところを颯爽と。不言実行っていうのかな、頼りになると思わない?あんな人と一緒に過ごして、年老いていけたらなって」
顔でも身分でもない、という彼女。僕はリュートが心底羨ましかった。
数日後、村長宅が火事になった。火の不始末が原因だとはっきりしていたお陰でとやかく言われることはなかったが、もう小間使いを雇っている余裕もないということで、僕は放逐された。ついでにリュートも。まあ一緒に行く理由はないんで、別々に行く事にした。
それからあちこちで下働きをやりながら転々とした後、最後に地方領主の屋敷に流れ着いた。何でも昔ここの子息が誘拐された挙句に殺され、若奥様はそれ以来呆けたようになってしまったらしい。で、生きていれば僕と同じくらいという子息を演じろ、と言う訳だ。
こういうのって雑用とどっちが楽だろう。寒い日に水仕事したり暑い日に肉体労働するほうが辛いだろうか? しかし騙してるようなものだし、庶民育ちの僕が、いいとこのお坊っちゃんのふりをするというのもなあ。途中でばれたらやっぱり追い出させるんだろうか?
悶々としながら上等な服を着て奥様の元へ行く。「お母様」 と震え声で呼びかける。こんな言い方慣れてない。
すると彼女は目を見開いて僕の服をむしり始めた。そういう趣味があるなら事前に教えて下さいよ!
「ホクロ……傷跡……間違いない!お前は私の息子!」
こんなことってあるんだ。
数年後、着飾った僕は故郷に錦を飾りに…行くわけない。
必死に領主跡取りとして勉強して家庭教師にお墨付きを貰ったあと、結婚の話になった。僕は迷わず言った。「心に決めた人がいるのです!」チェルシーを迎えにいくんだ。
時期領主の地方視察とあって新築されたの村長の家に行く。代替わりはまだだったようだ。
「チェルシーという娘はいるか?」
数分もしないうちに引っ張られてチェルシーがやってくる。少し怯えているようだ。まあ偉い人が単独でご指名と聞けば嫌な予感しかしないよな、普通は。安心させるために言う。
「僕だよ、チェルシー!」
瞬間、彼女は驚いたような顔をしたあと、「ニールくん」と安堵の笑みを見せた。そして彼女の周りは。
居心地悪そうにする村長、ニコニコおべっかつかってたくせに、僕の正体を知りチェルシーが目的だと知るや引きつった表情をする女ども。俺昔あいついじめてたよ……と真っ青になる青年達。気分いいなこれ。
と、復讐まがいなことしたからバチが当たったんだろう。歓談する間もなく、気品ある使者が村によこされ、次期国王陛下がお見えになると通達された。
僕が地方領主の子なら、あいつは正真正銘王族ってか、リュート。
それからは散々だった。ざまあと思っていたのがみえみえだったので、本物のシンデレラボーイが来てからはあてつけのように「本物は最初から違う」 「小金持ちとは話にならない」 「リュート様を見たらその辺の男が立派だなんて笑っちゃう」
完敗した僕は夜の村をとぼとぼと歩いていた。身辺警護?もっと必要な人間が来たから。
と、そこへ言い争う声が聞こえる。
「調子のるな!」 「二人の男を誑かす魔女!」 「尻軽!」
女って怖い。争いの渦中にいたのは勿論。
「ありがとう……ニールくん」
簡単な護身術くらいは習っていたので、女の集団を追い払いチェルシーを助け出す。
「あの…よかったね」
「え?」
「リュート…様が君を娶って下さるなんて。好きだったんだろ?」
相談もされた身だ。きっとチェルシーはこの事態を……あんまり喜んでない?
「嬉しくないの。王様じゃくてよかった。ううん、王様じゃないほうがよかった。だって、とても釣り合わない」
人間中身! を公言してただけある。チェルシーは当時から控えめで謙虚だったから、そう考えるのも無理はないけど……。
「君なら上流階級でもやっていけるよ、チェルシー」
「そうかしら。頑張って礼儀作法は覚えられても……私、愛人がいることもなることも嫌だな」
厳しいところを突く。次期国王ならリュートの正妻は、間違いなく国の重鎮の娘か他国の王族だろう。チェルシーはどんなに頑張っても……。
「ねえ、ニールくんも将来は何人も妻を持つことになるの?」
「僕は、好きな人だけだよ。そうなれたらいいと思う」
「まあ。ニールくんの奥さんになる人は幸せね」
「だったら」
僕と結婚してくれませんか
時は流れ数ヵ月後、僕とチェルシーは結婚した。
リュートはどうしたって? 使者の人も言っていたが、世話になった故郷に錦を飾りに来ただけで、こんな村に住む女を側女ならまだしも正式な妻なんて最初からないってさ。だから何の問題もないんだ。
「ニール様と婚約いたしております」
そう妻が言った後、リュートは殺しかねない目で僕を見ていたけれど。
そう、リュートはチェルシーに本気だった。新婚生活がしばらく続いた後、国王の公式愛人が僕――領主のもとへやってきた。
「あの方の心に住む人を見ておきたかったの」
都会的で華やかな女性はそうぽつりと言った。とても喜んできている風には見えなかった。そして愛人を迎えに来たという名目で、国王までもが。
「奥方と話がしたい」
リュート。お前本気なんだな。頭も顔も身分も何一つ勝ってないんだから、女だってそりゃあ奪われるよな。今までが夢だったんだろうか。
チェルシーがまだリュートを想っているのを含めて、僕はチェルシーが好きだ。そしてチェルシーは。
国で最も偉い人間が、幼馴染が、人妻になってもまだ好きだと言われて心が動かないはずない。これも罰なんだろうか。身分に引け目を感じる隙をついて奪ったことへの。
「お話を伺いに参りました、国王陛下」
「幼馴染に冷たいな。昔のように名前で呼んでくれないか」
「それは、命令ですか?」
「いいや。」
リュートくんが来た。私はもう結婚しているのに。あなたの身分は私には重いのに。どうして分かってくれないの、それに……。
「単刀直入に言う。あの男と離縁して、私の元へ来てくれ、チェルシー」
チェルシーが自分を好きなのは分かっていた。でも幼すぎてあの頃の自分は素直になれなかった。捨て子という負い目もあった。前王の隠し子と判明してからは、才能と人脈で王位に着いた。それもこれもチェルシーと堂々と一緒になりたいがため。
「リュートくん、聞いてもいい?」
昔と変わらない鈴が鳴るような声。幼少時は照れくさくて向き合えなかったが、自信がついた今では余裕で彼女と接することができる。
「先ほど、貴方の愛人を名乗る方が、その……」
嫉妬してくれていた。そのことに喜びを感じてしまう。
「あいつは遊びだから。不能や女嫌いに思われてもいいことはないしね」
「それで、何人も?こんな地方にまで王の好色の噂は……。」
「何人と遊んでも……君以上に思える人はいなかったよ」
決まった。そう思ったのだが、彼女の俺を見る目は冷たかった。
「無理。あなたは女性一人幸せにできないって今見たばかりだもの」
涙を流しながら山に沈んでいく夕日を見ていた。これがチェルシーが僕の妻のうちに見られる最後の夕日かもしれないんだ。リュートがチェルシーに乱暴するつもりならと、簡単な武器を持って入り口に立っていたが、中はひたすら静かだ。話はまとまったのかもしれない。結局スペック高いやつには敵わないのか! ちくしょう。
その時、扉が開いた。
「ニールくん、何しているの?それ、武器?まさか」
「あ、いや! これはその」
「心配してくれてたの?でももうその必要はないから」
「それって、どういう」
彼女は意味深に笑うだけだった。
「早く武器を隠して、国王陛下を狙っていたとか思われたら地方領主なんか終わりよ。……そういえば、やけに静かね?」
「侍女たちは……帰らせた」
「あら?どうして?」
「もし君が奪われるようなことがあったらと思って……覚悟していたんだ、それで万一の時のためにせめてその場に居合わせないようにって」
「……」
「そ、それで陛下とは」
不安で泣きそうになっている僕の前に立ち、彼女は朗らかに言った。
「今日は君と結婚してよかった記念日よ」
当て馬エンドっぽいものが書きたかったんです。