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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Flower&Snake

作者: 百賀ゆずは

遊森謡子様主催、春のファンタジー短編祭・武器っちょ企画に参加させていただこうと思って、書きました。


●短編であること

●ジャンルは『ファンタジー』

●テーマ『マニアックな武器 or 武器のマニアックな使い方』


まとめサイトはこちら。

http://shinabitalettuce.xxxxxxxx.jp/buki/


========================

ちょいグロ、ややエロです。

R15指定にしようかと思いましたが、それ以上に内容が中二なので、やめました。

14歳でR15とかおかしいじゃん、みたいな、わけわからない理屈。

……一応、「残酷な描写あり」にはチェックを入れましたが。

その辺もろもろご理解の上、お読みいただければ幸いです。

 黒猫マークの宅配業者はさすが優秀で、指定の時間帯にきちんとやってきた。

 判子を片手に今か今かと待ち構えていた春菜子はなこは、チャイムが鳴る前に飛び出していって、数分後に意気揚々と戻ってきた。

「ついに!」

 手に持った箱を高く掲げて。

「ねんがんの カシナートの剣 を てにいれたぞ!」


 しーん。


 もちろん乗ってやる義理はないので、俺はあっさり無視をする。

 春菜子はちょっと黙って、もう一度宣言した。

「ついに ねんがんの カシナートの剣 を てにいれたぞ!」

「そう 関係ないね」

 エンドレスで繰り返されてもうざいので、無難な選択肢を選んだ。

「むう」

 唇をとがらせ、いかにも不満ですアピールだが、知ったこっちゃない。

 それとも何か、お前は「殺してでも うばいとる」を期待してたのか。

 あくまでも取り合わず雑誌に目を落とし続けていたら、あきらめたのか大人しく梱包を解き始めた。


 通販で取り寄せたのは、某メーカーのハンドブレンダーだ。

 ハンドブレンダーというのは、キッチン用品。

 本体から棒が伸びていて、棒の先に回転する刃がついている。

 この部分を材料の入ったボウルなりカップなりに突っ込む。

 スイッチオンで、攪拌もミンチもチョッパーも、アタッチメントによって思いのまま、とまあそんな代物だ。

 分割された部品を、四苦八苦しながら組み立てている。

 いや、そんな苦労するような作りじゃないだろ。

 ひょいと手元の説明書を覗き込んだが、どこにつかえる要素があるんだか全くわからない。

 本当に。

 本当にこいつは、鈍くさい。



 遠山春菜子。21才。大学生女子。

 身長152センチ、ぽっちゃり型。

 くわえて胸が大きいせいで、余計に太って見える。

 眼鏡、くせっ毛一本結び、トレーナーにデニムスカートが標準装備。

 もちろん素っぴん。

 もっさい。だっさい。鈍くさい。

 そしてオタク。

 天はこいつに、二物も三物も与えた。マイナスの方向で。

「で、できたぁ……」

 ま、声が可愛いのだけはかろうじてプラスだが。

「あ、あれ? 回らない。動かない」

 動いてないのはてめえの脳みそだ。

 俺はちょいちょいとコンセントを指してやった。

「……がーん。コードレスじゃなかったんだ」

 たとえコードレスだとしても、届いた直後じゃ充電されてないだろうよ。

 ていうか、その辺確かめて買えよ。

 屋外使用が基本なんだからよ。

「……う、ううう。だって、ねんがんの、カシナートの……」

 一般人のために一応解説しておくと、『カシナートの剣』というのは某コンピュータRPGに出てくる武器のこと。

 戦士のクラスにとっては実質最強の剣。

 どこぞの伝承から引っ張ってきたのかと思いきや、元ネタはその某メーカーのフードプロセッサだった、という、まあいわばアメリカンジョークなパロディアイテムというわけだ。

 それが通販で買えるとわかったときのこいつの色めきようと来たら。

 今その夢が打ち砕かれて床に突っ伏している、その落差がいっそ痛快ですらある。

「へえ、自家製マヨネーズも作れるってさ」

 そんな春菜子を尻目に、俺は付属のレシピブックをぱらぱらとめくる。

「さらに、ゆで卵・タマネギ・パセリ・ピクルスなどを刻んでタルタルソースも……」

「――誰が」

 地の底から響く(つもり。トーンが高いから迫力皆無の)声。

「誰がそんな毒物作るかああああ!!!」

 きしゃあああ! と奇声を発しながら、春菜子が立ち上がる。

 うん、こいつマヨネーズ系食べられないゼンメツだからね。本人基準では毒物扱い。

「いい! エネルギー問題は気力で何とかする!!」

 それが出来たら原発は要らない。

 ……ま、とはいえ。

 実際何とかなるだろう、この程度なら。

「とりあえず、試し切りでぇい! 行くぜ、カガちゃん!!」

 言うが早いか、春菜子は「カシナートの剣」を抱え、コードを引きずりながら居間を飛び出した。

 行き先は裏の公園だ。

 あそこは「湧く」し、「溜まる」し、格好の狩り場である。

 どうせ玄関で追いつくだろうという予想に違わず、春菜子は靴を履くのに四苦八苦していた。

 うん、鈍くさいんだから、とりあえず得物は一旦横に置いとけ。




 公園の出入り口に貼っておいた「札」を確かめる。

 湧いてくる奴らには効き目はないが、人間の方を寄りつかなくさせる効果はあるので、これを実行してから被害はやや減った。はず。

 結界は健在、ちゃんと機能していた。

 あ、札とか結界とかは、便宜上の表現。

 想像してるのとは、恐らくちょっと違う。けど説明がめんどくさいからその辺は省略。

 春菜子が後から、ひいはあ言いながらようやく追いついてきた。運動不足にも程がある。

「……ど、どう?」

「いるな。とりあえずあそこに一匹」

 指さした方向には、黒い靄のような影。

 恐らくは春菜子が――狩りの対象である人間が「範囲」に入ったら実体化して襲ってくるタイプだ。

 春菜子の体がふるふるっと震えた。

 武者震い、ではなくて、まあ普通にぶるってるんだな、これは。

「行けるか?」

「――行く」

 かち、とハンドブレンダーのスイッチを入れると、果たして電力の供給無しでその物体は動き出した。

 コンセントの先は、デニムのスカートのウエストに挟み込まれている。

 単に邪魔だから入れているだけなんだろうが、まるでその奥に電源があるように機械はうなりを上げている。

「先手必勝! ゆう さぷらいずど もんすたー! だよ!!」

 叫びながら、走り込んだ。

 ――あ、今日はこけなかった。感心感心。



「ぐ、え、ええええええええ…………」

 怪物の断末魔、ではない。

 植え込みの陰に、春菜子が胃の内容物をリバースしてる音だ。

 辺りには、飛び散った肉片及び内蔵、血だまり、そして、腹をぐっちゃぐっちゃにえぐられて倒れ伏す怪物。

 サンショウウオに似た外見に違わず、皮膚も両生類レベルに柔らかかったらしい。

 新導入武器、有効。大活躍。

 ものの見事に対象をミンチ、攪拌、ブレンド、チョッパー!!

 ……うん、まあ、グロいな。

 深夜アニメだったらモザイクかかるな。

 さらにギャグアニメなら、吐瀉物の方ももれなくモザイク、もしくは逆光演出だ。

「え、っぐ、うえ、っぐ、ぐ、ええええええん」

 最後の方は泣き声になっている。

「ぐ、ぐ、ぐ、ぐろ、ぐろぐろぐろ……」

「いや、もうさあ、容易に予想出来ることだろ、こんなん」

 そこは覚悟で突っ込んだものと――思ってはいなかったが。もちろん。

「……だ、だって、予想、いじょ……ぐええええええ」

 飯食ってからしばらく経つから、恐らく吐けるものはほとんど残ってないだろう。

 あー、うん、もう胃液だな。これはきつい。

「……やっぱり、あたしには正宗しかないよう……」

 ぐったりしながら、春菜子がこぼす。

 ちなみに「正宗」はかの有名な日本刀のこと――ではなく。

 その刀鍛冶の子孫が鎌倉の方にいて、そこの店で買った包丁だ。

 やっぱり通販で入手。

「正宗、ダメだったから新しい武器模索したんだろ」

 そう、ダメだったのだ。

 しょせんは包丁。

 リーチの短さ、持ちづらさ、故に敵の懐に飛び込んで戦わねばならぬスタイル。

 どれをとっても、こいつの鈍くささとの相乗効果で、武器が強化された割合よりも不利に働く方がでかい。

 何より、たとえ相手に刃が届いても、最後の一押しを押し込むことが出来ないメンタルの弱さが致命的だった。

 ハンドブレンダーならその点、接触さえすれば勝手に相手を破壊してくれるという利点があった訳だが。

 ……うん、まあ、グロいな。

 柘榴が爆ぜたような、とかいうと、言葉だけは綺麗だけどな。

 この状態を何と表現すればイメージを鮮やかにお届け出来るだろうか、と思わずまじまじと傷口を見つめていて――気がついた。


 再生している。


 そしてその上――飛び散った肉片のひとつひとつも、びくびくと動き始めている。


「春菜子!」

「ほえ――」

 呼ばって、彼女を背にかばうのが一瞬だけ早かった。幸いにも。

 無数の肉片が牙をむき、俺の体に食らいついてきた。



「カガちゃん!!」

 春菜子の悲鳴。

「――大丈夫」

 正直それなりには痛いが、機能的には問題の無い範囲だ。

「やっぱダメだな、ハンドブレンダーそれ

 破魔の力、浄化の力を行き渡らせることが出来ていない。

 武器の形状のせいか、はたまた生産国のせいか、もしくはグロさに春菜子の集中が切れたせいかはわからないが。

 少なくとも正宗を使ったときには、切断面は綺麗に死んでいた。

 肉を食いちぎってくる肉片(という言い方もややこしいな)を、指でつまんで地に投げつけ、踏みつぶす。

 だが、到底相手しきれない。

 そうこうするうち、サンショウウオ型の本体がのっそりと立ち上がった。

 腹の傷は五割ほど復活していて、半端な臓物が押し出されるようにまたぞろりとこぼれ落ちた。

 表情の窺えない小さな黒目が、こちらをじっと見る。

「……ど、ど、ど、どうしよう。どうしたら……」

 この期に及んで、春菜子はあたふたするばかり。

 本当に失念してるのか、それともわからない振りで迷っているのか。

 こいつのことは大体まるっとお見通しだが、この瞬間だけは、その心をつかみかねる。

 だから逆に、投げる言葉は鋭く、静かになる。

「――決まってるだろ。使え。俺を」

 ひく、と、春菜子の息が震えた。

「殺戮の時間だぜ、『エンハンサー』」



 エンハンサー。

 高めるもの。強めるもの。増幅するもの。促進するもの。

 世界に希有な特殊能力者。

 春菜子の武器エンハンスは特に強力で、レアだ。

 彼女が扱えば、ただの包丁で奴らを斬れる。

 本来「こちら側」の物理法則に干渉されない怪物どもを、いくら名工の子孫謹製とは言え、ただの包丁で、こんなど素人が、だ。

 ――そう、ど素人。

 春菜子の能力は武器を強化することだけで、戦闘自体にはまるで向いちゃいない。

 いつだって危なっかしく、いつだってぎりぎりで、いつだって結局ピンチになって――。

 俺の出番になる。


 衣擦れ、というにはやや色気の足りない音がした。

 春菜子がトレーナーを脱いで、地面に落とした。

 す、と左腕を前に伸ばす。

 背にいるから見えない。でもわかる。

 はじまりの合図だ。


接触タッチ


 決意を込めた春菜子の声が響き、鼓膜を痺れさせる。

 ――やっぱり、こいつの声はいい。

 特にこの瞬間。

 めいを受けて、俺の輪郭がぼやけ、にじむ。

 腹の底に拡がるぞくぞく感、そのブレが、体表にまで伝わって。

 砂で出来た絵を崩すように、それまで取っていた仮初めの形――青年の姿――を脱ぎ捨てる。

 差し上げられた春菜子の左手首にまとわりついた。

 ぴく、と彼女の皮膚にさざなみが起こる。

 それを舐めとり辿るように、腕を伝いのぼっていく。

 俺の頭がやわらかい二の腕の下をこすると、ぶわっと鳥肌が立った。


連鎖リンク


 その収縮した毛穴を押し広げて、潜り込む。

 キャミソール一枚でむきだしの腕、肩口、そして背中にまで、覆うように、塗りつぶすように。


接続コネクト


 そして俺たちは、繋がる。

 エンハンサーの力が流れ込んできて――俺は武器として覚醒する。


「従う者、カガチヒコよ、あるじたる我、花の名において命じる――」


 ゆらりと、俺は鎌首をもたげた。

 いくつも、いくつも――数えたことはないが、恐らくは数十の単位で。

 相手には、春菜子の左上半身から大小無数の黒い蛇が生えているように見えることだろう。

 服の制約は受けない。

 蝋燭の炎を遮ってもその先で灯るように、純粋なエネルギー体である今の俺は、どんな障害物も無視して存在出来る。

 ――だから、実はトレーナーを脱ぐ必要も無いのだが、春菜子が気づかない限りは言うつもりもない。

 長い体の根元や胴の部分を、絡ませ合う。

 ずるずると蠢きながら、その時を待つ。

 春菜子が一瞬息を溜め――そして解き放った。


「我が剣となりて、まつらわぬ者をしえたげよ!」


 ――よく言えました。


 俺は笑いながら、目下の敵に襲いかかる。

 たまらない、この中二テイスト。

 鍵になる呪文を、一生懸命考えて、考えて、考えて、出来上がったと見せに来て。

 覚えて、刻んで、契約して。

 済んでしまってから、その後でぽそりと、

「何で前半が英語で後半が和風?」

 って訊いてやったときの、あの表情。

 思い出すだけで飯が三杯いける。

 ああやべえ。まじ苦しい。ちょう楽しい。

 細かい肉片どもに、食いついて噛み砕いた。

 相手も多いが、こちらも負けていない。そして、速度では圧倒的に勝っている。

 瞬く間に食い尽くす。

 蹴散らしながら、本体へと体を伸ばす。


 届いた。

 噛みついた。

 巻きついた。

 締め上げた。


 腹の傷から潜り込む。

 ぬちゃぬちゃと生暖かく湿った狭い通路を、抉りながら奥へ進む。

 大きい頭で四肢を食らえば、ごきごきと骨が砕ける。

 太い胴で首を絞めれば、頸椎が軋む。

 苦悶が伝わる。力が漲る。

 手隙の蛇頭たちが、絡み合い、あざない合う。

 融けあって、一本の太い蛇になる。

 かぱり、と、大きな口を開けた。

 顎を外して、準備万端。

 こぼれ落ちるよだれが、サンショウウオの頭に垂れる。

 触れたところから、煙が上がる。

 相手はくぐもった悲鳴を上げた。

 身をよじらせ、逃れようとする。 

 なかなか強烈な酸だからな。

 でも、まあ、そう長く苦しむことはない。

 頭から、ひと呑みにした。

 普通の蛇でも出来ることが、俺に出来ない訳がないのだ。

 酸で溶けるし、強力な喉の筋肉と肋で締め付ければ、獲物はあっという間に圧縮される。

 ずるずるとごくスムーズにサンショウウオは俺の胃袋へ消えていく。

 最後の悪あがきが粘膜に快い。躍り食いだ。

 一瞬獲物の形に膨らんだ胃袋も、次の瞬間にはぺたんこになる。


 げぷ。ごちそうさま。


「――ふ」

 微かな泣き声がした。

 春菜子が、かたかたと震えていた。

 震えながら涙に濡れた目で俺を見ている。

 ――怖かったら、逸らせばいいのに。こっちは勝手にやれるんだから。

 蛇、嫌いなんだろ。

 悲鳴上げて腰抜かすくらい、嫌なんだろ。

 テレビで映像を見ても、ネットで写真を見ても、飛び上がって鳥肌立ててるくせに。

 人の姿に戻ろうとして――やめる。

 まだ、いくつか。

 気配を感じる。

 多分今の戦いで活性化して、湧いたに違いない。


 おかわりだな。

 今度は毒も使ってみるか。


 そして再び、俺の哄笑が辺りに響いた。




 春菜子を背負って家に帰る。

 二階へ上って、寝室のベッドに下ろした。

 肉体的、精神的に疲れ果てて、ぐったりとしている。

 しかし悪いが、もう一仕事残っているんだ。

「ほれ」

 結局役立たずだったハンドブレンダーを手に押しつける。

 嫌な手応えが蘇るのか、いやいやをした。

「さっきのセリフもう一回言ってみろよ」

「……さっきの?」

「これが届いたときの」

 不得要領な顔で、しかし素直に従う。

「……ついに、念願の、カシナートの剣を手に入れた……ぞ?」

 そうそう、それそれ。今度は乗ってやるから。

「――殺してでも 奪い取る」

 言いながら、ベッドに膝を乗せた。

 春菜子を押し倒す。

「ひっ!?」

 怯える手からハンドブレンダーを取り上げた。

 覆い被さり、手首をまとめて頭の上で押さえつける。

「か、か、か、カガちゃん!?」

「腹減った」

 ここで「な なにをする きさまらー」って返せないのは、甘いな、オタクとして。

 思いながら、涙の跡が残る頬に舌を伸ばす。

 うん、甘い。

「や、や、や、だめだめだめ! お母さんそろそろ帰って来ちゃうからっ!! 困る困る困るっ!」

「――天井のシミを数えてる間に終わるって」

「絶対、嘘っ! だってカガちゃんねちっこいもん」

 ねちっこいて。

 くっくっくっ、と我ながら悪役みたいな笑いが漏れた。

「今度、蛇の交尾の動画見せてやる」

 その滑らかな脇腹に指を伸ばした。

「種類によっちゃあ何日も、文字通り絡み合ってるんだぜ。けっこう感動的なもんさ」

「――やあっ! やだ! ぜっっったい、やああああっ!!」

 嫌なのは、この行為か、はたまた強制動画鑑賞か。

 あるいは両方かも知れないけど。

 とりあえず、首筋を甘噛みした。



 ここまでやっておいて。

 その後の展開は、ご期待に沿うような内容じゃなかった。

 ちゃんちゃん。



 ていうのもまあ、オチとしてありだと思うけど。

 残念ながら、多分想像通り。

 古今東西、性行為と魔術というのは、切っても切れない関係なのだ。

 床に座って、ベッドに寄りかかる。

 吸い取った魔力、精力が、体を駆け巡るのを、味わい反芻する。

 春菜子の寝息が聞こえる。

 泣き疲れて、鳴き疲れて、眠ってしまった。

 ほんの少しだけ、罪悪感が疼かないでもない。

 でも、「嫌よ嫌よも好きのうち」って言葉通り、本気で嫌な訳ではない。はず。と、思う。

 主従の力関係はこいつが考えているよりもずっと強力で、心の底から拒まれれば、俺は彼女にどんな行為も強いることは出来ない。

 そうなったら、使った分を補給出来ずに、消耗してやがて消滅するだけ。

 ――それをよしとできるようなヤツではないから、渋々、嫌々、受け入れているだけに過ぎないかもしれないが。

 上体をひねると、寝顔が目の前に来た。

 眼鏡を外すと、意外に可愛かったりする。

 ほどけた黒髪が緩やかなカーブで頬を縁取る。

 興奮に上気した頬は綺麗な桜色で、白い肌との対比が美しい。

 ああ、だいぶ産毛が伸びたな、今度剃刀であたってやろう。

 ついでに腋毛もな。いつキャミソール姿になるかわからないのだし。

 つつ、と、丸い肩に指を這わせた。

 滑らかだ。

 結局のところ、女って肌の質感と匂いと声が決め手だと思う。

 こいつはその点、上玉だ。

 他の女を知ってるわけじゃないけど。


 こちらの世界に湧いて出て。

 出会ったのは、幸か、不幸か。

 出会わなければ多分、俺は俺にならなかった。

 出会わなければ多分、春菜子は目覚めなかった。



「……むにゃ」

 春菜子が寝ぼけた声を出す。

「――お前さ、武器探すの、やめたら?」

 睡眠学習的に脳裏に刷り込むつもりで、言ってみた。

「どうせ何使ったって、戦えないよ、お前は」

 俺がいるから、守るから、いいじゃないか。

 とは、何故か言えなかった。

「……だって」

 しばらくの沈黙の後、くぐもる声が答えた。

「そんなの、ダメだよ」

「何が」

「――同族殺しは、よくないよ」

 ……。

「もし俺が蚊に刺されたら、お前そいつを潰すのをためらうか?」

 ためらうかもなーこいつなら。ていうか、潰せないだろうなー反射神経ないから。と思いながらも問いかける。

「……ううん」

「ま、その程度ってこった」

 髪を一房指にとり、くるくると絡めた。

「あんなやつらと同族扱いとか、かえって失礼だから。やめろ」

「……うん。ごめん」

 頭を撫でてやる。

 本当にバカだ。鈍くさい。

 どこまで行っても不器用で――その不器用さが、俺を引きつけて止まない。

 蛇の生態に詳しくなろうとして、図書館で図鑑を読んでいたのを知っている。

 写真が怖くて、爪の先でつまむようにしてページをめくって、それでも一生懸命。

 その涙ぐましい努力のおかげで、俺は武器として切れ味を増した。

 エンハンサーが、明確なイメージを描けば描くだけ、強さを念じれば念じるだけ、性能はあがるのだ。

「――新しい武器を探すくらいなら、早く俺の名前をつけてくれよ。いつまでも『スネークソード(仮)』じゃ、かっこつかねえ」

「うー」

「(仮)取るだけでいいよ、もう」

「だって、『スネークソード』って、もっと違うものなんだもの、調べたら」

 スネークソード。ガリアンソード、蛇腹剣。

 ググったりウィキったりしたところによれば、カッターの折れ刃状のものをワイヤーで繋いで、巻き上げれば剣、緩ませれば鞭的な――だがしかし、机上の空論武器であるということだ。

「じゃあ差別化して、『スネークソード(真)』とかどうだ、いっそ」

 提案したとき。



「――春菜子ぉ、輝矢かがやぁ」

 階下から声が聞こえた。同時に階段を上ってくる音。

「びゃっ!?」

 春菜子が跳ね起きる。

 あ、バカ、こら。

「いるんでしょ? もうすぐご飯だから――」

 ノックもせずに母親はドアを開けた。

 春菜子は真っ裸のままで口をぱくぱくさせている。

 あーあ。布団にくるまってた方がましだったろうに。

「適当なところで降りてきなさいね。あと、洗濯物畳んで」

 しかし母親は、特にリアクションなし。

 普通に、戻っていった。

 目眩まし、間一髪。

 ――まー、最初にかけた「度外れて仲のいい姉弟」って暗示は強力に効いてるし、もともと娘に似てちょっと抜けてる母だから、現場見られてもごまかせる気がするけどな。

 足音が階下に降りきったのを息を詰めて確認してから、春菜子はへたりこんだ。

「にゃあああ、お母さんいつの間に帰ってたのぉ」

「あ、ちょうどれる頃」

「――っ!!」

 枕が飛んできた。

 もちろん何なくキャッチ。

「き、き、気づいてたんなら、教えてくれればっ! ていうか教えろ!」

 ははは。まあ、教えて、息を殺してのプレイも楽しいけどな。

 今日はそんな気分じゃなかったんで。

「だから、ちゃんと口ふさいでやっただろ」

「カガちゃんのバカ、アホ、すっとこどっこい、あんぽんたん!」

 思いつく限りの悪口を並べ立てている。

 まったく効かん。

「……あうー。もう、ちょっとパンツどこぉ! 脱がせたら変なところに置かないでってあれほど言ったのに」

「俺脱がせてないよ」

「うそ! 脱がされた!!」

「足首に引っかけといたの、自分で脱ぎ捨てたんじゃん。無我夢中で」

 言いながら、拾ってやる。

 うん、母親の視界にはばっちり、落ちてたパンツも映ってたな。

「……カガちゃんて、Sだ。ドSだ」

 何を今更。

「――Snakeスネイクなだけに!」

 何だその、うまいこと言った的ドヤ顔。

「あ、あ、あ! 閃いた!!」

 手を打ち鳴らす。

「次はなた! ナタ行ってみよう! あれならホームセンターで買えるし」

「……えー」

「蛇と字が似てるし」

 それに何の意味が。

「春菜子ぉ! ちょっと手伝って!」

 階下から母親の呼ぶ声。

「は、はーい! 今行く!!」

 慌てて服を着込み、ベッドから降りる。

 想像通り、ずっこけたので、抱き留める。

「……あ、ありがと」

「ここでお前が転んだら、飯に埃が入るだろ」

「……ううううううっ!」

 泣きながら、春菜子は部屋を出て行った。

 俺も後に続く。

 温かい匂いがする。

 煮魚に、味噌汁。酢の物。あと……。

 全体的に、和食だな。

「お母さぁん! あたしポテトサラダ食べられないんだって言ってるのに!!」

「お前の分はちゃんと取り分けてあるわよ。ほら、ただの塩胡椒味ね」

 マッシュポテトの香りに、芋類大好きな春菜子はやや機嫌を直した様子だ。

「まったく、マヨネーズ美味しいじゃないの。輝矢を見習いなさい、何でも食べるわよ」

「……絶対、ヤダ」

 あ、腹の中で俺の今日の「食事」の数々を思い出してるな。そういう顔だ。

 俺はにやにや笑いを噛み殺しながら、洗濯物を畳みにかかった。



 俺がいる。

 ――口に出来ない言葉は、いつも心で繰り返している。

 俺がいる。守ってやる。

 だからお前は、お前のままでいろ。

 不器用に、不器用に、それがお前の、俺に対する一番の武器。


 ――主たる者、春菜子よ、汝がしもべ、カガチヒコがこいねがう。

 我が剣であるために、汝は生きろ、生き続けろ――。

 お前が生きている限り、俺は無敵なのだから。全てを敵に回しても。

お疲れ様です。

ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。


「小説家になろう」に投稿を初めて以来、一番の「やっちまった感」を味わっています。

R15かのう……。

自分的には全然問題ないとは思っているのですが、世間様と自分の認識は必ずしも一致しない傾向にあり。

感想で10件、R15だってご意見をいただいたら、そうします。


前書きにも書いたとおり、「武器っちょ企画」に参加しようと思って書いたお話です。

ぱーっと思いついたので、勢いに任せて。

「マニアックな武器」というテーマに添っているやらいないやら。

ハンドブレンダー、スネークソード、そして「ぶきっちょ」と、数だけはそろえてみましたが。


スネークソード(仮)には元ネタがあります。

高河ゆんさんの漫画「妖精事件」にこんな形の武器が出てきました。

確か妖精との契約で使えるようになる辺りも似てますね。

さらに元ネタ的伝承があるのかと探してみたのですが、ネットで検索した限りでは見つかりませんでした。

パクリじゃなく、オマージュまたはインスパイアということで、ここはひとつお目こぼしください。


ここのところ体調がすぐれなくて、その間トウゴとショウコについてもやもやと妄想してたのですが(笑)、その過程で「蛇 交尾」なんて検索したんですけど。

……文章だけでいいのに、もれなく画像がちらつくのが困った! 検索結果!!

蛇、駄目です、苦手です、嫌いです。

なのに何故こんな話を書いたし。


あと、マヨネーズも駄目です、嫌いです。

蛇は、嫌いって言ったら悪いかなーって気もするのですが(彼らには彼らの事情や生態があるし命は命だ)、マヨネーズにははっきりと「嫌い」と言える。

旦那も、私以上のマヨ嫌いなので、うちの冷蔵庫にはそんなものはありませんのだ。


旦那と言えば。

執筆中のこのファイルの、ファイル名を見て

「花と……ナタ?」

と言ってくれました。

故にあのラスト。

いや、まあ、文字が小さいから、そう読めるのもわからなくない。

その昔、私も氷室冴子さんの小説に「鉈振りマッキー」とあったのを「蛇振り?」と読んだ経験があるので、気持ちはわかる。

「名状しがたいもの」も、この間まで「名伏しがたい」て読んでたし。


あ、「花と蛇」は、もちろんあの有名な作品から取りました。

読んでないんですけど。

↑そんなんばっかりだなあ、私。

ハナコとカガチの名前は、そもそも狙って。

カガチ、はホオズキの別名というか古名ですが、とある本で蛇のことを「カガ」と呼び、それと関係してるとあったので。

春菜子でハナコ、輝矢でカガヤ、という漢字の読みぶった切りネーミングは、普段滅多にしないのですが、今回は開き直って、特別に。

だってATOK一発変換で出たんだもん、春菜子。気に入っちゃったんだもん。


えー、そんなこんなで。

言い訳を山ほどしたところで、さらに言い訳。

いつもおんなじような話ですみません!

でも好きなものは好きだからしょうがない。


お楽しみいただけましたならば幸いです。

ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] こんにちは、遊森です。 この度は武器っちょ企画にご参加頂き、ありがとうございました! ハンドブレンダーとは意外な! これはテーマにぴったりだ、と思いながら読ませて頂きました(←遊森はグロも割…
[一言] グロはだめなのでうぎゃあってなりながら読みました。 短編をきれいにまとめられる方の小説を読むとほんとにうらやましいです。 それからあまり直接的な表現がないのにとってもエロくて私は大好きで…
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