婚約者殺人事件<解決>
幸嶋は、頭上を見上げていた。空を眺めているのではない。殺人の起こった現場は、被害者の住むアパートの面する道路だ。彼は、そのアパートを見上げていたのだった。続いて道路に目線を降ろすと、血溜まりが目に入る。そこでやっと彼は、山崎がじっと自分を見ていた事に気付く。
「どうした?」
「うん」
心ここにあらずといった様子で、山崎は視線を逸らす。
「先、部屋帰ってれば」
辺りには未だ血の匂いが漂っている。まだ事件が起こって一時間ほどしか経っていないのだから、無理もない。こういった状況に慣れきっていない彼女なら、尚更。
「ううん」
首を振る山崎。
「邪魔かもしれないけど、ここに居たいの」
山崎は少なからず、自分のした事――その行動が結果的に良いものとなったのだと知っても――を反省していたのだ。幸嶋もそれを読み取って、
「ん」
と再びアパートを見上げた。
「あ、幸嶋…」
気付いた山崎が、声をあげる。
「さっき、幸嶋さ、気になる事があるって言ってたじゃない。それって、身長って言ってたよね」
「ああ」
「それって、小柄な桜花さんには、大きな博也さんの殺害が難しい、ってことでしょ」
「そうだ」
「しかも、博也さんは脳天、つまり頭のてっぺんを殴られてる。これじゃますます桜花さんには犯行が無理ってことじゃない?」
この先がわからないんだ、と山崎はもらした。
「それならさっき、わかった」
「えっ」
「今、山田が鑑識のところへ行ってる。話をする時はなるべく傍聴人が多いほうがいい」
「ぼ、傍聴人って……」
山田刑事が戻ってきてから、幸嶋が謎を解いたことを伝えると、刑事は大急ぎで全員を集めた。これで場は整った。
「それで犯人は誰なんですか、幸嶋君」
一人しかいないだろ、と言わんばかりの目で幸嶋が刑事を睨む。山崎はというと、その幸嶋の隣で困ったように笑顔を作っていた。
「犯人は橘桜花だ」
一同の目が、幸嶋の視線を伝って彼女に向けられる。
「な、なんでよ。私は被害者なのよ。彼を、彼を殺されたのに」
桜花はその唇をわなわなと震わせながら、幸嶋を睨みつけた。
「芝居はやめろ。バカらしい」
ぴしゃりとした幸嶋の声に、その場の全員が凍りつく。
「ちょ、ちょっと幸嶋…」
「山崎はさっき言った通りにしろ。早く」
「は、い」
威圧感のようなものに気圧されて、山崎はアパートの中へ駆けて行った。
「今から犯行内容について説明する。まず凶器」
幸嶋が話し始めると、山田刑事が透明な袋に入れられた‘凶器'を突き出した。
「これは凶器のほんの一部に過ぎない。被害者に当たった時に砕けたんだろう」
「何の一部…なのかな?」
少し怯えた山田刑事が尋ねると、幸嶋はすかさず答える。
「おそらく植木鉢か、それに似た何か」
「準備できたよーっ」
山崎の声。全員が見上げると、彼女はアパートの二階のベランダに身を乗り出して手を振っていた。
「ゆ、唯ちゃん! そこは博也さんが住んでた部屋じゃないか! 勝手に入っちゃダメだろう」
「管理人に合鍵を借りた」
ひらひらと、幸嶋が手を振り返す。
「犯行はこう。山崎」
声をかけると、彼女は頷いて手のひらに握っていた合鍵を放した。それは真っ直ぐにある一点めがけて落ちる。
チャリン、と音がして鍵は道路に落ちた。
「あ……っ」
鍵はまさしく、犯行の起こった血溜まりの中へと落ちていた。
「これで、大柄な博也が脳天を殴られて死んだ訳も説明がつく。まあ、軽い植木鉢だけじゃあ気絶だけで済む場合がある。何か重石でも、例えばレンガでも入れて狙って落とした。博也に当たったことを確認して、あんたは割れた破片を回収してから、叫んで誰かを呼んだ。婚約者なら合鍵くらい持ってるだろ。あんたに犯行は十分可能だ」
「そ、そんな。でも、でもわたし、は……」
「山崎が見つけた、凶器の破片…あんたが回収し損ねたそれが、一番の証拠になる」
幸嶋が決めると、桜花は膝をがくがくとさせて、力なく座り込んだ。
「山崎。降りて来い。帰るぞ」
その台詞を合図にしていたかのように、山田刑事が桜花に手錠をかけた。
部屋への階段を上っていると、それまで口をつぐんでいた山崎が尋ねた。
「唐突だけど、晩ご飯なに作るの?」
「オムライスだが」
「いいね…って言いたいけど、無理」
「?」
「幸嶋すごいね。しばらくわたし、トマトケチャップ見る気になれない」
せっかく頭良いのに幸嶋はそういうところ鈍いよね、と山崎は思った。
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