山崎と幸嶋
「ま、待ってってば」
「先行くから」
そう言って、幸嶋昶はいつもの通り無愛想を決めこんで、玄関を出て行った。遅刻寸前になるまで起こしに来なかった――とは言っても結局、自分で起きたのだけど――先に行ってしまった幸嶋に追いつこうと、急いで身支度をはじめた。
わたしの名前は山崎唯。高校2年生の、美術部員。幸嶋も同じく2年生。しかも、ホーム、部活まで同じという、相性が合ってるのか合ってないんだかよくわからない人だ。
わたしたちは、とある縁から同居生活をしている。中学2年の夏から。同居、とは言っても、ほんとうにただ、「生活する為に協力し合いながら一緒に住んでる」といった感じで、アパートの管理人さんと借主というような間柄でしかない。もちろん、部屋の主人である幸嶋が「管理人さん」、わたしが「借主」で。
幸嶋もわたしも両親はいなくて、今のところ親の遺したお金とバイトで繋いでいる。
「行ってきます!」
部屋の鍵を閉めてから、幸嶋の後を追いかけた。
学校までは歩いて10分ほどだけど、この時間だと走らないときつい。少し走ると、幸嶋の歩く後ろ姿を見つけた。
「こう…」
「幸嶋!」
突然の声に、えっ?と思っていると、同じクラスの西尾がわたしを追い越し、幸嶋の肩をぽんと叩く。
「はよっ! 急がないと遅刻すんぜ?」
「…ん」
そうして幸嶋はわたしをちらっと振り返った。どうやら声に気がついてたみたい。その視線に西尾が気付く。
「あれっ山崎?」
「ふ、ふたりとも、急がないと遅刻するよ!」
もちろん周りには、わたしたちが同居しているだなんて事は伏せている。バレる訳ないのに、なんだか妙に緊張した。勢いでそのまま走って、幸嶋を追い抜かした。
なんだかずっと幸嶋の視線を感じて、痛々しかった……。
学校に着くと、朝礼がはじまるギリギリで、危うかった。席に座った時にちょうど西尾がクラスに駆けこんできて、幸嶋はその5分後、余裕で遅刻した。
一日の授業が終わると、わたしはいつも真っ先に部活へ向かう。部活といえど、美術部の活動は極めて少ない。文化祭の作品づくりとか、コンクールに出展する絵を描いたりとか。次の展覧会はまだまだ先だけど、わたしは一つの作品に力を入れている。この、作品に集中する時間がとても好きなのだ。だからか、他の部員の人には真面目だとカン違いされてるけど。
美術室に入ると、絵の具の匂いがたち込めていた。美術室に入ってすぐ、戸を閉めた。誰かに作業を覗かれるのは好きじゃないから。
いきなり、肩を掴まれる。
「せ、せんぱい」
いつから居たのか、河内先輩がにっこり笑って立っていた。河内先輩はよくいう幽霊部員というやつで、滅多に部活には姿を見せない。実を言うと、わたしはこの先輩、あまり好きじゃない。へらへらした感じ、茶髪に染めた髪とか。
「ねえ、唯ちゃん。チケット安く手に入ってさ。映画、観に行かない?」
おまけに追記すると、先輩は女グセが悪い。
「えーとわたし、その、映画はあんまり好きでなくて」
ついでに「あなたもあんまり好きじゃないです」ってつけ足したい……。
「そんな事言わないで。ね、行こうよ映画」
うー……。
ガラッ
幸嶋だった。
「…何?」
わたしの、幸嶋へ対する感謝の眼差しと、先輩のびっくりした視線を一度に浴びて、幸嶋は眉をひそめた。睨みつけている様に見える。
「ああ。そう、欲しいの? じゃあ、この券あげるよ唯ちゃん」
先輩はしどろもどろになっていた。経緯は知らないけど、先輩にとって幸嶋は、天敵といえる人物らしかった。なんだか見ていて情けなくなってくる。わたしに2枚の券を突き渡すと、慌てて美術室を出て行った。
幸嶋は、先輩が階段に消えるまでその様子を見ていた。
「山崎」
ぼーっとしてて、名前を呼ばれるまで、幸嶋の目がわたしを映してることに気がつかなかった。
「今日部停だぞ。帰ろう」
そっか。そういえば、もうテスト期間だ。すっかり忘れてた。
「うん」
学校を出、歩道を歩いている途中、わたしはさっきの券をひらひらと扇ぎながら幸嶋に見せた。
「先輩に映画の券もらったんだよ」
「知ってる」
「映画観に行かない?」
わたしの誘いに、幸嶋は思いっきり嫌な顔をして振り返る。
「お前、もうすぐテストだぞ。映画なんて観る暇あるか」
なんだかうまく交わされた……気がする。
「第一なんで山崎と俺が映画観に行くわけ?」
ぎく。
最近幸嶋の機嫌が悪いから、おだてといて来週の夕食当番代わってもらおうとか思ってたのに。
「俺、絶対行かない」
逆に幸嶋の機嫌は最悪になってしまった。
しまった。こうなってしまうと、今晩はわたしが作るという事決定に…。
「きゃああああっ!!」
もうすぐアパートに着くかという頃、辺り一帯に女性の叫び声がこだました。
「っ、行くぞ」
「う、うん」
先に声の方へ走り出した幸嶋を必死で追いかけた。
ちなみに、幸嶋についても追記しておかなきゃならないことがある。
彼の話によると、「人の死に目に遭い易い」そうだ。実際、わたしはそれをこの4年間身をもって知ってきた。
幸嶋は、最低な運の持ち主だ。