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あの教会には天使がいる

作者:ぺぺ






王家直轄領であるこの城塞都市は大河の上流近くにあり、行き交う人種も様々で、国の繁栄の縮図のような実り豊かな都市である。
交易が盛んである為、通りを行く人々の言葉にも聴きなれぬ訛りが混じっている。
多くの民を抱える都市ではあるが、信仰は、主なる神を天にいただく一神教で統一されていた。
民の祈りの場である教会は大きなものから小さなものまで都市内に無数に存在している。
その中の一つ、騎士団寮の近くに隠れるように存在する教会には古くから囁かれている、ある噂があった。

いわく、あの教会には天使がいる。






レイリアがその教会に迷い込んだのは偶然だった。
兄の暮らす騎士団寮へ、兄の様子を見に行った帰りにふと馬車の窓から古い教会を見つけた。
何故かその教会のことが気になって従者を待たせて降りてきたのだ。
重い扉を開けて滑り込んだ教会内は、古いながらも清掃が行き届いており人の気配はなかった。
使い込まれた長椅子が並び、主神である統一神の像に天窓のステンドグラスから陽光が降り注いでいる。
レイリアは奇跡のような導きを感じて、跪き祈りを捧げた。

お兄様が毎日を大過なく過ごされますように。
元メイドのジゼルが無事に元気な赤ちゃんを産めますように。
……あの人と、一言でもいいから話せますように。

心の中で祈ったのだから例え人がいても聞こえていない事は分かっている、が、何となく恥じる気持ちになって少女はそそくさと腰を上げた。
あらためて室内を見渡すと賛美歌を演奏するオルガンの近くに小部屋がある事に気がつく。
黒塗りの木でできた小部屋は、小さな扉が二つあり、中は寄木細工の仕切りで分けられていた。
成人男性ならば一人でも狭く感じられるような窮屈な空間だ。

告解室。
信者が、自分一人では抱えきれない罪を神父に告白する場所だ。
神父は話を聞き、教えに従い、赦しを与える。
興味が湧いて片方の扉に手をかけたが、ビクともしない。
試しにもう一方の扉を動かすとその扉は開いた。
偶然見つけた教会の更に秘密の場所のようなこの空間に、隠れ家を見つけたような高揚感を感じた。
扉を閉めると中はますます狭く、令嬢としては大柄なレイリアは圧迫感を感じる。
一人になれた安心感から、レイリアはしばし物思いに耽った。

三つ離れた兄は今は騎士になるため騎士団寮で下積みをしている。
弱小男爵家の長男である彼は、ゆくゆくは田舎の領地を継がなければならないが、中央との顔つなぎのため、多くの貴族の子弟が通う騎士団寮へ入った。
大らかだが目端の利く家族思いのいい兄だ。
半月に一度の面会がレイリアには楽しみで仕方がなかった。
その兄に、親友だと紹介された男性を見てからは更に楽しみが増した。
その男性、ルーツは、人好きのする笑顔の兄とは違っていつも固い表情を崩さず口を開く事もほとんどない。
こいつ堅物だからさ、と兄がからかっても、少し困った顔をして眉間の皺を緩めるだけだった。
彫りの深い顔立ちに長身の兄よりも更にいくらか高い身長の彼は、レイリアのような男慣れしていない娘には近寄り難い雰囲気があった。

言葉を交わした事もない。
目があったのは数度だけ。
会えるのは、兄に面会する半月に一度の中のほんとうに偶然兄が彼を引っ張って来てくれた時だけ。
だというのにレイリアは、初めて会ったその日から彼が気になって仕方がないのだった。

どうしたら彼と話せるのかしら。
兄と話す時のように、もう少し私にも柔らかい表情を見せて欲しい。

まだ恋らしい恋もしたことがないため、小説の主人公のような身を焦がす恋情ではなく、憧れのような淡い気持ちだった。

口の中で甘い飴玉をゆっくり転がすような気持ちに浸っていると、突然扉が開く音が響いた。
続いてドサッと、告解部屋の仕切りの向こう側に誰かが腰掛ける音がする。
一人だと思っていた空間に突然闖入者が現れて少女は小さく声を上げた。

「……!すまない。神父様がいらっしゃるかと思ったのだが、シスターだったとは」

涼やかな若い男の声が返ってくる。
壁のあちこちに体をぶつけて座り心地のいい場所を探してる様子から、どうやら体格のいい男性のようだった。
この時になって初めてレイリアは、自分がいる側が罪の告白を聞く神父様の席だったという事に気付いた。

「あの、すみません、私……」

シスターでもないのです、と続けようとしたレイリアに男の声が重なる。

「シスターに聞いてもらうには些か憚られる話ではあるのだが、ここで引き返せばもう二度と相談する勇気が持てないと思う。悪いがこのまま、俺の告白を聞いて欲しい」

男の切羽詰まった声色に、少女は大きな苦悩を感じて自然と聞き返してしまった。

「ええっと、何をお悩みでしょうか?」

人は誰かに話をするだけでも心が軽くなるという。
わざわざ教会の告解部屋に来てまで話したい事とは何だろう。
自分では役者不足かもしれないが、決意を持って現れた彼に突き放す言葉は言えなかった。

「俺の親友の妹のことだ」
「親友の事ではなく、その妹様でいらっしゃいますか」
「ああ、俺はこの近くの騎士団寮に見習いとして世話になっている……こういう場ではあまり具体的な個人名は上げない方がいいんだったな。親友は気の良いやつで堅物の俺にも気さくに接してくれる数少ない友人だ。それなのに俺は、あいつの妹が気になって仕方がないんだ」
「気になるとは、どの様な?」
「とにかく目に入る。俺よりも歳下だが兄思いの優しい女性で真面目だ。あとめちゃくちゃ可愛い」
「は、はあ……」

唐突に挟まれた俗っぽい言葉にレイリアは返す言葉が中途半端になる。

可愛い、可愛いか。
自分には聞き馴染みのない言葉だ。

小さい頃ならともかく、普通の令嬢としては大柄なレイリアには、お世辞でも向けられた事がない。
きっと明るく陽だまりのような可愛い女の子に違いない。

「最近では親友が呼び出されると、妹が会いに来ていて呼び出されているのではないかと気になってしまう。ほんの時々盗み見る事ができれば、その晩は彼女の事ばかり考えている。……こんな話、親友には相談できない」
「ここでのお話は決して口外しないと誓います。貴方の本心を包み隠さずおっしゃって下さい」

寄り木細工の仕切りを透視せんばかりにレイリアは目を凝らした。

これはひょっとして、恋のお悩み相談ではないだろうか!?
やだ私、まともな恋愛なんてした事がないけれど上手いアドバイスができるかしら。
でも同じ片思いをする人間として、何か彼の励みになる事を言ってあげたい。

他人の、まして男性の恋の話なんて聞いた事がなかったレイリアは、はやる気持ちのままに男に次の言葉を促した。


「もしかして、貴方の気持ちは、そのーー」

「ああ、性欲だ」






「……はい?」

男は真面目くさった声で答える。

「そうでないと説明がつかん。顔を知ってるだけでまともに話した事もない令嬢相手に、胸元から手を突っ込んだらどんな反応をするんだろうか、とか考えないだろう」
「手を……何ですって?」

今、この顔も見えない男から神聖な祈りの場に相応しくない言葉が聞こえた気がする。
すごくいい声ですごいやましい言葉を聞いた気がする。
さっきまでの純愛な話の流れはどこいった。

「女の服はなんでああも防御力が薄いんだ!彼女の服は夜会で見るような令嬢達ほど開いている訳ではないが、それでも気になってしまうんだ!上から見ていたら手を突っ込みたくてかなわん!」
「…………」

レイリアは思わず自分の胸元を確認した。
スクウェア型に開いてはいるが谷間と呼べるものはない。
『妹様』はさぞ豊かな峡谷をお持ちなのだろう。

「……すまん。シスター相手に言うべき話ではなかった。だが、君が言ったんだろう。本心を包み隠さず話せと」
「いや、それは一目惚れとかそういうのではないでしょうか……?」
「性欲だ」
「……性欲」

えーーそうなのーー?そういうんじゃなくてさーーもっとさーー恋とかー?愛とかーー?そういうのじゃないのーー??

やや夢見がちな所のある少女は、心の中で反論する。
しかし、好きな性格と好きな顔形は別だと兄が言っていた気がする。
面倒見がよくて人好きのするレイリアの自慢の兄の、一点だけ理解できない所は女性騒動が絶えない所だった。
あの子、話していてすごく楽しいんだけどもう少しおっぱいがなあ…とのたまった彼に、侮蔑の視線を向けた事もある。
そこらへんは男にしかわからぬ何かがあるのかもしれない。

「彼女と話してみたいとかそういうものの前に、そう感じるんだぞ。性欲で間違いない」
「……そうですか。何か色々と…大変ですね…」

レイリアは寄り木細工の向こう側の影に胡乱な視線を向ける。
真面目に聞く気は失っていた。

「……どうしたらいいと思う」
「とりあえず今のお話は親友様とその妹様ご本人には言わない方向で」
「……そうだな」


男は帰り際にまた来ると言い残して去っていった。
気持ちを吐き出して晴れ晴れとした音声に、自分が人の役に立ったのだと感じたが、それ以上に疲労感が強くレイリアは暫く立ち上がれなかった。











それから半月がたち、レイリアは再び兄の面会に騎士団寮を訪れた。
所属する団員が家族と会うために作られた面会室へ向かう渡り廊下の途中、思いがけずルーツの姿を見つけた。
彼は眼下の射的場で弓を引いていた。
空気まで張り詰めるような緊張感の中で不動の姿勢のまま真っ直ぐに弓を射る。
その横顔に見惚れたレイリアは、矢が真ん中を射抜いた瞬間思わず息を飲んだ。
少女の気配に気づいた彼がこちらを仰ぎ見て、視線が絡む。
風に遊ばれる髪を押さえて微笑んで小さくお辞儀をすると、彼も小さく頷いてすぐに向こうへ行ってしまった。
訓練の邪魔をして気を悪くさせてしまっただろうかと心配になったが、兄と会って話すうちに心を落ち着かせる事ができた。




帰り際に再び教会を訪れたのは、あの悩みを打ち明けた男のその後が気になったからだった。
仮にも騎士団に所属している立場なら女性に対する礼儀作法も教えられているはずである。
それでもこの半月、彼が逮捕されてないか気になっていた。

あの時の自分は男の発言に動揺して、諌める言葉が出てこなかった。
彼のためを思うのならもっと言うべきだったのだ。
それはアウトだとか、妹様が困るだろうだとか、そんな風に育てた覚えはありませんとか。
後悔ばかり考えて無意識のうちにあの告解部屋に滑り込む。
扉を閉めると向こう側から声がかかった。

「半月ぶりだな」
「ひえ!?」

今まさに脳内を占めていた男の声に、悲鳴が出てしまう。
仕切りの向こうに見覚えのある人影があった。

「お前はここのシスターではないのか?少し前にも訪れたが、今日のように誰もいなかった」
「わ、私は半月に一度ここに奉仕しに参っているのです」

嘘に嘘を重ねる心苦しさから少女の声が上ずる。
男は納得したのか、そうか、今日は会えてよかったと零した。

「それよりも貴方、捕まってなかったんですね…!よかった……!」
「おい待て。俺がなんで捕まるんだ」

心から安堵の吐息を漏らすと仕切りの向こうから憤った声が返された。

「いやもうあんな事言われたら心配してしまいますよ。怖いですよ。自分の事じゃないのに思わず襟の詰まった服を着てしまいますよ」

レイリアは自分の首元を触る。
初夏だというのに襟の詰まったドレスにスカーフをしている。
厳重な警戒態勢だ。

「口にする事と、実際に行動に起こすことは別だろうが!俺は騎士になるんだぞ!そんな事はせん!!」
「口にした時点でアウトということもあるんですよ!」
「あれぐらい、騎士団の中では普通だ!むしろ微笑ましいくらいだろうが!先輩騎士の中には、狙った村娘を何日でひっかけられるか賭けをするやつ等すらいるんだぞ!!」
「信じられない!酷い!最低です!!!」
「俺はしてない!大体女の方だって、こちらをああだこうだと値踏みするだろうが!」
「そ、そりゃあ……そうですけど」

沈黙が落ちる。
お互い熱くなりすぎた事に気付いて、しばらく口を開かなかった。
仕切り直そうとレイリアは狭い室内で姿勢を正した。

「でも、またお会いできて嬉しいです。半月の間、貴方のことが気になっていましたから」
「ああ、俺もだ。半月の間、誰にも打ち明けられず悶々としていた」
「親友様以外の騎士団のお友達に、相談したりはされなかったんですか?」
「あいつらに言ったらすぐ親友の耳に入ってしまう…それに一度、名前を言わずにそういう話をしようとしたら、やっと女に興味を持ったのかと死ぬ程からかわれたあげく、俺に女への手管を教えるという口実でそいつらが今までこました女の自慢話をさんざん聞かされた」
「…騎士団の見る目が変わりました」

なんてろくでもない事を話しているんだろう。
もう恋愛小説の騎士様を純粋な目で見れないかもしれない。
でも思い返してみれば女同士の親密なお茶会も、そういう話が多かったような気がするわ。
どこそこの子爵様は権力はあっても夜が弱くてねえ…だとか、私の婚約者ったらキスした後にうっとりしたふりをしてあげるだけで満足するみたいなのよちょろいわ、だとか。

レイリアは叔母に連れていかれたお茶会でのお喋りを反芻して、いたたまれなくなった。
そういった話題が出ると、残念ながら自身の経験が全くない少女は愛想笑いで誤魔化していたのだった。

「えっと、半月の間に、また妹様にはお会いされたのですか?」
「会った、というか見かけた。何というかアレだな。髪を下ろしているのもいいな」
「は、はあ…」
「風になびいてふわふわしているのを見ると触りたくなる。ぐしゃぐしゃにして匂いをかぎたい」
「…貴方、私に一度ぶっちゃけてしまったから、もう何でも言っていいやって思ってません?」

レイリアの脳内の『妹様』は、小柄で豊かなバストを持つ可愛らしい女性である。
彼女はぐしゃぐしゃにされた髪に半泣きだった。

「実際にはやってないからな?それに微笑まれて手を振ってくれた。あんなに見つめあったのは親友に紹介された時以来だ」
「よかったですね!見つめあっただなんて素敵じゃないですか!」

例え片っ方がよこしまな事を考えていたとしてもときめく展開だ。
そうそう、そういうお話が聞きたかったのよ!と少女は相槌をうつ。

「後ろめたくてすぐ逃げた」
「逃げちゃダメでしょ!?」
「どういう顔をしていいかわからん。大体、女の要求は複雑だ。以前、俺に近寄ってきた女は堅物な所が素敵!などと言ったが、最後にはお堅い所が嫌いなのよと言われた。俺から口説いた訳でもないのに、フラれたような気分だ」
「ご愁傷様です……」

それは間違いなくフラれたのであるが、レイリアは淑女らしく口を閉じた。
基本的に融通がきかないというか、冗談を間に受けてしまいそうな雰囲気がある。
その時少女の脳内にある考えが閃いた。

「あの、妹様にご自分から声をかけて仲良くなってみてはいかがですか?」
「性欲なのに?」
「せ、性欲は置いておいて!お顔が好きだなとか、雰囲気が好きだなとかって、ある意味第一印象がいいって事じゃないですか。なら、話してみてもっと好きになる可能性があります!別に見かけから入る恋愛があってもいいと思うんです!そして心も合うなら万々歳ですよ!」

そうよ!それがいい!
勢いこんで話すレイリアに男は若干引いていた。

「…彼女に堅物な所が嫌だと言われたくない」
「ほらー!そういう風に思われたくないってことは、すでに気持ちがあるってことじゃないですか!少しずつでも挑戦してみましょうよ!」
「そ、そうか」

レイリアは一人きゃあきゃあと盛り上がる。
渋る男を押し切って、次にこの教会に来るまでに必ず妹様とお話すること、と課題を渡した。
そして半月後またここで結果報告をする約束を取り付けて、高揚する気持ちのまま告解室を出たのだった。











兄の話は面白い。
季節の話題から、自分の身近にあった話まで面白おかしく話してくれる。
都会に知り合いもいない田舎貴族、大変なことは多いだろうに優しさからかレイリアには辛い話をしなかった。
どんなに女遊びが激しくても悪い噂にならないのは、彼の茶目っ気のある性格に許してしまうからだろう。
レイリアは兄が笑った時にできる目尻の皺が好きだった。
精悍な青年に成長した兄がどこか幼く見えるのだ。
半月ぶりに会った兄は相変わらず元気そうで、彼女の心を和ませてくれる。

「レイリアは、最近どうだい?何かかわったことはあった?」
「そうね。この間知人の相談にのったわ」
「へえ、どんな人?」

兄の問いに、彼のシャツのほつれを縫っていた手を休めて遠い目をする。

「……すごく変な方なのよ。でもおかげで私にとっても学ぶ事が多いわ。男性は胸元の開いてる服を見ると手を突っ込みたくなる…とか」
「待って、レイリア待って。何それどういう事なの。どういう相談なの。お兄ちゃん聞いてない」
「お兄様が言ってた通りね。男性は好きな性格と好きな顔形が違うものなのね。気になっている人がいるけど恋ではなく性欲なんですって」
「うおおおお!誰だよそいつ!!!レイリア何を吹き込まれているんだ!!!!!」
「でも普段お兄様が話してくれる恋愛話もたいがい酷いわよ」
「俺は直接的な事はそこまで言ってないよ!どこのどいつだ!!人の妹に!!」

木製のテーブルをバシバシ叩き、兄が吠える。
騎士団の広い面会室にはあちこちにテーブルと椅子が用意され、自分達の他にも面会に訪れている家族や団員がいる。
そんなに騒がしくしていたら、他の方の迷惑になってしまう。
レイリアが声を抑えるように兄に告げるも、その知人がどこのどいつか言うまで騒いでやる!と子供のような返答をされた。
注目を集めている事が恥ずかしくなってきたその時、前のめりになっていた兄の襟首が掴まれた。

「…面会室で騒ぐな」
「ルーツ!」
「ルーツ様!」

現れた親友に、レイリアは姿勢を正し、兄は泣きまねをしてすがった。

「聞いてくれよルーツ!俺の妹に変なことを吹き込んだ男がいるらしいんだ!でもお兄様が出て来るとメンドクサイ事態になるとか言って誰か教えてくれないんだよー!変な事なんかしないよ、捕まえて三枚におろして蒲焼きにしてやるだけなんだよー!」
「お兄様!やめて!!」
「……男」

ルーツに変な誤解をされてしまいそうな兄の口ぶりに少女は慌てた。
ルーツの顔を伺うも、その堅い表情からは何も読み取れない。

「……兄であっても、分別のつく年頃の妹の交友関係に口を出すのはまずいだろう」

思いがけないルーツの援護射撃に少女は嬉しくなる。
しゅんと拗ねた兄に過保護過ぎだと言ってやってほしい。

「だが、兄が心配する気持ちも理解するべきだ。名前も言えない男との交遊はすすめられない」
「ルーツ!!それでこそ仲間だぜ!!」

兄はルーツの肩に手を回して胸をはった。
今度はレイリアがしゅんとする番だ。
表情豊かな兄弟に挟まれて、鉄面皮の男はやや困った顔をする。

「なぁレイリア、そんな男はやめておけよ。お前に変な事吹き込むような男だぞ。お兄ちゃんは許しませんよ」
「だからただの知人ですから。とある場所でたまたま同席しただけですから、お互いに名乗らなかっただけです。もうお会いすることもないと思いますわ」

兄の追求をかわすための嘘だった。
この後、その男性と会う予定がある。
顔も名前も知らないけれど。

「心配だなー……そうだ、そんな男よりもさ!こいつとか!ルーツとかいいと思うぜ!」

レイリアがルーツに憧れていることを知っている兄は、意趣返しにとんでもない事を言い出した。
肩に回した腕で引き寄せて指を指す兄に、ルーツの眉間の皺が増えた。

「お兄様!ご迷惑になるからやめて下さい!!」

「堅物だけどね、良い奴だよこいつは。どんなに劣勢の場でも心が折れない度量がある。それに賭け事はやらないし、酒は酔わない体質だけど飲みに付き合ってくれるし、女遊びなんて全然しないし……」
「おい、やめろ」

少女は真っ赤になって涙目になりつつあった。
レイリアにルーツを売り込む振りをして、本当の目的はルーツに妹を意識させたいのだ、この兄は。
兄妹だからわかる。
いたたまれなさ過ぎて、穴があったら埋まりたい。
調子にのってルーツの頭を拳でぐりぐりこづいていた兄は、逆に腕をひねられて間接技をきめられていた。

「兄が本当にすみません……いつもご迷惑をかけているでしょう」
「いや。こちらこそ兄君にはいつも助けられている。貴女が気に病む事はない」

兄と同い年のはずなのに、なんてしっかりした人なんだろう。
レイリアは自分の中のルーツへの思いがさらに深まったのを感じ、切ないため息をもらした。









三度目の来訪ともなると、慣れたものである。
今日はレイリアの方が先についたようで、教会内にはいつものように人の気配がなかった。
場所だけお借りするのも忍びないと、持って来た掃除道具で軽く長椅子を清めてまわる。
ひと段落ついた時、扉を押す音がしたので少女は慌てて告解室に飛び込んだ。
やがて見慣れた人影が仕切りの向こうに腰を落ち着けた。

「お久しぶりですね」
「……ああ」

男の声は重く、首尾よく成し遂げられなかったか、よくない結果に終わったのだと感じた。

「どうでしたか、ちゃんと妹様とお話できましたか?」
「話はした」
「まあ!」
「男がいるらしいんだ」
「え」
「本人の口からそう聞いた。ごく私的なことについて話し合うほど、親密なようだ」
「……そうですか」

それは確定失恋ではないだろうか。
レイリアはまるで自分の事のように心が絞られるのを感じた。
顔も見たことがない、仕切り越しの会話だが、いつの間にか彼の現状に自分の事を重ね合わせていたようだった。
上手い慰めも思いつかず重い沈黙が落ちる。
このまま別れては、お互い二度と会うことはないかもしれない。
そう危ぶんだ少女は意を決して口を開いた。

「他のお話を聞かせて下さい」
「他の話?」
「貴方だって常に卑猥な事を考えている訳ではないでしょう?もっと日常の悩みとか、愚痴とかあると思うんです。貴方の話が聞きたいです」
「……シスターは俺が初対面でぶっちゃけたから、常に俺が卑猥な事を考えているというイメージで話してないか…」
「いえいえ、そんな、ねぇ、気になさらないで。ほら、ありますでしょう?他のお話」

誤魔化し笑いに唸ったような返事が返されたが、気を取り直したのか男が話し出す。

「そうだな…ある先輩騎士が横暴で困っている。騎士団の性質上、上下関係があるのは当然の事だが、面白半分で後輩騎士に無茶な訓練をさせたがるんだ。夜警の練習だと言って3日徹夜させた後に鎧を着たまま山登りさせたりな。その時は大勢がもどして大変だった」
「酷い…教官は止めたりなさらないんですか?」
「そのへんは上手いこと誤魔化すのさ。馬鹿な後輩達は翌日の訓練に差し障りがあるのに徹夜で賭け事をしていたとか言ってな。おかげで罰としてさらに訓練を加えられた」
「騎士団って……」
「でも悪い事ばかりではないぞ。俺の親友は人をまとめるのが上手いから、弱っている者を励まして皆で下山できた。あれ以来俺たちの代は結束が固くなり、脱落するものの少ない優秀な世代だと言われている。何人かは先輩騎士よりも強いくらいだな」

言葉の端々から、男が親友に本当に真を置いていることがわかる。
少女は彼らの友情と、素直に友達を賞賛できる男を好ましく思った。
男所帯の上下関係は、ちょっとどうかと思うけれど。

「親友様とはどのように仲良くなられたんですか?」
「……堪え性のない話だが、最初の頃、先輩騎士と取っ組み合いの喧嘩をして勝ってしまったんだ。それからというもの、その先輩騎士から俺に関わるなと厳命を出されて同期の輪から締め出されてしまった。困ってる俺に気さくに話しかけて、また輪に馴染むようにしてくれたのがあいつだった」
「いい方ですね」
「ああ、感謝している。本当に」

だからなおさら、親友の妹にこんな気持ちを抱いていることは言えないのだ、と彼は続けた。

「……心で思っているのは、自由ではないですか」
「いや、しかし」
「無理に気持ちを捨てようとしても、辛いだけです。貴方は騎士でいらっしゃいます。ですが心はあるがままに。どうしようもなくなった時は、またこうして私に話して下さい」
「……君のシスターらしい言葉を初めて聞いた気がするな」
「え、あ、そうです!私シスターなんですよ!だからまたお話しにいらして下さい」

危うくシスター設定を忘れそうになったレイリアは、慌てて言葉を繋ぐ。

「自分がシスターだということを忘れていたのか」

男は少女の前で初めて声をあげて笑ったのだった。









それからというもの、二人の間で次会う約束は交されなくなった。
どちらともなく自然にこの教会に集まるようになったからだ。
最近身近に起きた事件や日々の細々としたことを語らい、半月後にまた会うのを繰り返す。
男は騎士団にいるということ以上は言わず、少女もシスターである以上のことは言わず、お互い顔を明かさないのが暗黙の了解になっていた。




「もう夏が終わりますね。過ごしやすくなってきました」
「そうだな。秋は食べ物が上手い。今からホイルの包み焼きが楽しみだ」
「騎士団の方は皆さんお肉が好きだと思っていました」
「肉も好きだが、騎士団の近くに包み焼きの店があるんだ。あれを夜食につまむのが好きだ」
「いいですねぇ、お魚にジャガイモにバターとアスパラガス…今度作って来てベンチの上に置いておきますからよかったら召し上がって下さい」
「楽しみだ」





「親友がまた女騒ぎを起こした。あいつのああいう所だけは理解できん」
「まあ!私の身内にもそういった方がいるんですよ。二股でもされたんですか?」
「本人が言うには、あっちとは自然消滅したと思って違う女の所に通っていたのに、女の方では別れたつもりはなかったらしい。何故か巻き込まれて、女二人とあいつの中に引き込まれて仲裁役を任されてしまった」
「それは大変だったでしょう…お疲れ様です」
「妹には言うなよと釘を刺されたな」
「どこも同じなんですねえ」





「春になったら、正騎士への試験がある。同期全員で受かりたいが…どうかな」
「皆様試験に向けて備えられているんでしょう?万事を尽くして天命を待ちましょう。もう大分寒くなってきましたから、お体だけは壊さないで下さいね」
「そうだな。俺は鍛えているから平気だが、君こそ体調には気をつけてくれ。この教会は底冷えする」
「ふふふ、実はこっそり膝掛けを持ち込んでいるんですよ。ご心配にはおよびません」

いつの間にか季節が二つ過ぎ、本格的な冬の訪れを感じる時期になっていた。
古い教会は隙間風が酷く、足元から突き刺すような寒さが上ってくる。
しかし、告解室の中は締め切られて空気が蒸れているため、顔まわりは火照って気持ち悪かった。
男はしばし迷ってから、意外な誘いを口にした。

「…なにか温かいものでも飲みに行かないか?」
「え?」
「その、だな。ここは冷えるし、ずっとここで話すのは得策ではないだろう。いつも付き合わせている礼をさせて欲しいんだ。女が喜ぶような洒落た店とはいかないが、茶の一杯でも奢らせてほしい」

口説いていると思われたくないのだろう。
焦る男の声は、段々上ずって聞こえにくい。
それでも茶の誘いを引っ込めるつもりはないようで、じっとレイリアの返答を待った。

「…私達はお顔を合わせてお会いしない方がいいように思います」
「何故だ」
「貴方こそ何故です?今までお互い顔を合わせないようにしてきたでしょう。私は貴方のプライベートなお話を沢山聞いてしまいました。もし貴方がもう相談は必要ないと感じた時に、顔を知っている人間がいると気まずいのではないでしょうか。今のままなら、例え街でばったり会ったとしても知らない人間同士でいられますよ」
「…知らない人間同士でいたいのか」
「そうは言っていません。ですが…」
「俺の心配にかっこつけるな。俺は散々情けない話もしたが、一度信頼した人間に背を向けるような真似はしない。君がどうしたいかだけだ」

男がどうしてここまで食い下がるのか、レイリアにはわからなかった。
今まで顔を合わせずにやってきて、上手くいってるというのにどうしてそれを壊すような事を言うのだろう。
可愛らしい『妹様』が好きな彼のことだ、もし顔を合わせてしまったら私の容姿にがっかりしてしまうかもしれない。
彼は容姿で態度を変えるようなそんな人間ではないとわかってはいるが、それでも少しでも失望の色が見えてしまったら、自分は二度と彼の前に出られなくなるだろう。

「…私はシスターです。男性の方と二人っきりで連れ立つことはできません」
「ああ…そう、だったな…そうか」
「で、でもこの告解室でなら、お話をしてもいいと思うんです。相談を聞いてるわけですから。それにもう私達、お友達じゃないですか」

男は黙ったまま返事しなかった。
レイリア自身、お友達という言葉にどこか引っかかりを感じて口をつぐんだ。
仕切りで区切られているとはいえ、こんな小さな部屋に一緒にいるのに、お互いが遠い。
これだけ親密になった異性は初めてだから、距離感がわからなくなってしまっているのだ。
顔を合わせられないことが悲しい、なんて。
ふいに男が尋ねた。

「君は、何故ここまで俺のくだらない話に付き合ってくれたんだ」

静かな口調に何かを訴える響きがあった。

「シスターですから。それに…」
「それに?」
「私にも、想う方がいるのです。貴方のこと、自分に重ねて見ていたんですね。きっと」
「そうか…君は、そうだったのか。……俺こそ、君にあれこれと相談していたのに、何を言っているんだろうな…」

男の消沈した様子にレイリアの心が軋んだ。
想う人がいるのに他の男と会っているはしたない人間だと思われただろうか。
それでもいつか彼がシスターを必要としなくなるまで、この不思議な関係のままでいたかった。





不思議な事と言えばもう一つあった。
告解室のいつも男が座る側の扉が、レイリアの力ではどうやっても開かないのだ。
男が扉を開ける時、引っかかりもなくすんなり開く音がするのに。
レイリアは教会に来たら必ず掃除をするように心がけている。
告解室を吹き清める時に扉の繋ぎ目を観察しても、開閉を邪魔するようなものは見当たらないのだった。
少女は掃除をする手を止めずに物思いにふける。
彼女の憧れの人であるルーツがあの面会室での騒ぎ以来、よそよそしいのだ。
以前なら顔を合わせれば挨拶を交わすだけの親交はあったのに、今では目礼だけでそそくさといなくなってしまう。
兄が話に混ぜようと引っ張ってきても、なんやかんやと理由をつけて切り上げてしまう。
そんな態度を続けられていたら、レイリアの方でも次第に身構えるようになって、上手く笑えなかった。
もしかしたら彼は、レイリアの気持ちに気付いて、関わらないようにしているのかもしれない。
暗澹たる考えが、少女の胸を苦しめる。
避けられているなら追いかけて、自分から話しかけてしまえばいいのに、彼を前にするとなけなしの勇気が萎んでしまうのだった。
兄に会うことと、この教会に来ること。
この二つの楽しみがなかったら、この都市に訪れることはなくなっていたかもしれない。



ふいに教会の扉が音高く叩かれた。
顔を合わせたくないというレイリアの願いを聞き入れて、男は教会に入る前に必ずノックをするようになっていたのだった。
告解室の神父側の席に着くと、あわてた足音が乱暴に教会の床を踏みしめ、信者の席に滑り込んでくる。

「こんにちは。今日は随分焦っていらっしゃいますね。何かありましたか?」
「すまない。教会では無作法だったな。何しろ君にいち早く相談したいことができてしまって気がはやっていたんだ」

男は告解室の壁にあちこち体をぶつけながら、話し出した。

「もうすぐ騎士団も長期休暇に入るだろう?正しくは、正騎士と従騎士は休みの日が異なっているのだが、俺と親友は来月からひと月、領地に帰ることを許されたんだ」

レイリアは勿論知っている事だ。
長期休暇は毎年の事であり、先程兄の面会に訪れた時もその話題になった。
今年の長期休暇はお土産に良いものを持ってくるよと悪戯めかして兄が言っていた。

「久しぶりの帰郷、楽しみですね」
「ところが、だ。俺の阿保な両親が、息子が帰ってくるというその時期に、家の大改装を手配してしまったんだ。改装の間、両親はこの都市にある別宅に移り住むらしいが、最近は顔を合わせる度に婚約者探しをさせられるから、正直一緒にいたくない」
「婚約者……」

騎士団は主に貴族の次男、三男が入る事が多い。
家格によって様々だが、基本的には幼い頃から婚約者を決められる長男とは違って、ある程度年齢を重ねてから決められる。
親に婚約者選びに引きずり回されるのが嫌だと言う次男、三男は多かった。
彼に、婚約者ができるかもしれない。
それは男にとって『妹様』を忘れるいいチャンスかもしれなかったが、レイリアには応援する言葉が出てこなかった。

「かと言って、俺だけ自邸に戻っても従僕達が気を使うだろう。いっそのこと騎士団寮に居座ってしまおうかと考えていたんだが」

男がそこで言葉を切った。
仕切りで区切られているのに、息を吸い嚥下する喉仏がみえるようだ。

「…親友のすすめで、あいつの家に厄介になる事になった」
「親友様のご邸宅に…!」

男の親友の家に行くということは、つまり彼の想い人である『妹様』もいるということである。
雪に閉ざされる一月もの間、顔を合わせる機会は十分にあるだろう。
もしかしたら、二人は急接近、なんてこともあるかもしれない。
レイリアはぼんやりと思った。

あれ、なんで私、こんなにショックなんだろう。
婚約者探しの話よりも、ずっと心が痛い。
彼はこんなにいい人だもの。
じっくり話をする時間ができたら、もしかしたらじゃなくて本当に妹様と恋人になるかもしれない。

「……いいチャンスではありませんか。きっと仲良くなれますよ」

少女はそう言って、唐突に気付いた。

私は彼が好きだ。
ルーツ様を想っているのと同じように、彼を想っている。
顔も知らない、名前も知らない彼を。
シスターの真似事をしている癖に、二人の人を好きになるなんてとんだ恥知らずだ。

「前にも言っただろう。どんな顔をして会えばいいのかわからんと」
「…そのままでいいんですよ。お話しする時間が取れれば、貴方のことを知ってもらえます」
「知ったところで、俺など堅物なだけで中身のない男だと思われるのがオチだ」
「そうですか?私は貴方と今日までお話ししてきて、楽しかったことはあっても、そんな風に思ったことはありませんよ」
「…!し、しかし…」

千載一遇のチャンスだというのに男は煮え切らない。
むしろレイリアに応援されるのが不本意だと言わんばかりである。
レイリアは次第に苛立ちを感じ始めていた。
彼が幸せになる可能性があるなら、迷う事なく踏み出して幸せを掴み取ってほしい。
そうじゃないと自分はいつまでも彼の事が好きで、いつか振り向いてくれるんじゃないかと希望を持ってしまいそうだった。

「なにをそんなに躊躇しているんです!当たって砕けろ!頑張ってみたらいいんですよ!砕けたって、私がいるじゃないですか!」
「そ、それはどういう意味だ!?」
「失恋したら慰めてあげますって意味ですよ!」
「ああそうか、なんだ…そうだよな」

男のがっかりした声に、私は慰めの言葉をかける相手としても役者不足なのかとレイリアは憤る。

「だが二人っきりになったら、俺は何をするかわからん!」
「まず何かしてみたらいいんですよ!何ですか貴方は!何もしないうちからあーだこーだと言い訳して!!意気地なしじゃないですか!」

言葉の大部分はレイリア自身を責めて言った言葉だった。

私は何もしてない。
しない癖に後悔している。
ルーツ様にももっと、自分から話かければよかったのだ。
目の前の彼にも、顔を晒す勇気があればよかったのだ。
意気地なしめ!

「胸元に手を突っ込むかもしれんぞ!」
「突っ込んだらいいんですよ!!!!」

頭がオーバーヒートして口走る言葉に歯止めが効かない。
普段ならやめなさい!と怒っている所なのに。

「わかった!俺はやるぞ!」
「やってきなさい!!!」

意気揚々と出て行く男の足音を聞きながら、レイリアは両手で顔を覆って脱力した。
行かせてしまった。
本当は『妹様』の所に行かせたくなかった。
でも顔を晒すのが怖い自分が、ただ話を聞いているだけの自分がそんなことを言う権利はないのだ。
心に想う男性が二人いる罰なのか、どちらの恋も上手くいかない。
レイリアは狭い告解室の壁に背を預けてポツリと呟いた。

「突っ込んだらいいんですよ、は言い過ぎでした……」











冬の長期休暇直前の最後の面会日だった。
騎士団に訪れたレイリアに、もうすぐ休暇で帰るんだから寒い中来なくても良かったのに、と兄が言った。
休暇中の予定を立て、田舎の社交界にも顔を出さなければと話し合う。
以前兄が話していた『お土産』はもう準備ができたらしい。
レイリアが聞き出そうとしてもただにんまりと笑って、今年の休暇はきっと社交なんかしてる場合じゃなくなると思うぜ、と言うだけだった。


ルーツとはすれ違うことすらなかった。




重い扉を押して入ると、すっかり馴染んだ教会が少女を出迎える。
男はすでに告解室にいるようだった。
レイリアは並ぶベンチの間をゆっくりと進みながら考えた。

これがきっと最後だわ。
半月後には、彼は親友の邸宅に招かれ、妹様と一月を過ごす。
想いを告げるなら今しかない。
妹様とうまくいったら、男がこの教会を訪れることはなくなるのだから。

告解室に入ってもお互い挨拶もせずに黙っていた。
前回が馬鹿な会話をしてしまったから、お互い話し出し辛いのだ。
それでもレイリアは意を決して口を開く。

「私とお顔を合わせてくれませんか?」
「俺と直接会ってくれないか?」

二人して相手の言った言葉の意味がわからず、固まった。
しかし、そのことは一旦置いておいて、まずは自分のお願いを話そうと口を開く。

「君の心配はわかる。初対面で、胸元に手を突っ込むうんぬん抜かした男と会うのは怖いだろう。だが、そんな真似は決してしないと誓う」
「以前、お茶を断ったくせに今更だと思われるかもしれません。ですが、貴方のお顔を見て伝えたいことがあるのです。妹様のお屋敷へ行く前に、私と会ってください!」

またしばらく間があった。

「顔を合わせてもいいのか?」
「貴方こそ、いいんですか?」

思いがけず互いの意見が合致した事に、両者とも驚きを隠せない。
自分から対面を望んだくせに、出来過ぎた展開に急に怖気づいた。

「で、でも私きっと、貴方をがっかりさせてしまいますよ。私は背が高くて平凡な顔立ちで、魅力的な体つきという訳ではありませんから」

予防線を張ってしまう自分自身が情けなかった。

「俺とて同じだ。同期にはいつも、鉄面皮だと言われる。それでも君となら、草原で語り合うだけでも心が満たされるように思う」
「…それはそれで、魅力のない女と言われているようでイラッとします」
「イラッとするのか」

男が喉で笑う。
おやつを貰った猫のようだ。

「君こそ、いいのか」
「?」
「君はシスターで、思う男がいるんだろう。俺と顔を合わせて、困らないか」
「……彼は兄の親友で、お話したことも数えるほどなんです。元々、実るはずのない思いでしたもの。それに、今は貴方とお会いしてみたい」
「……ありがとう」

少女は二人の間を遮る寄木細工の仕切り手を置いた。
告白しなければならない。
自分の想いだけではなく、今までついていた嘘を。
罪を告白して謝らなければ。

「ごめんなさい。私は、本当はシスターではないんです」
「!?」
「そして、」

「……貴方が、好きです」


力任せに扉が蹴やぶられる音が響く。
男が告解室から飛び出したのだ。
気づいた少女も、慌てて扉を押した。
彼は嘘をついて騙していたことに、怒っているのかもしれない。
もしくは想う相手がいると言った口で、男に好意を告げた自分を不誠実だと憤ったのか。
どうにか謝ろうとレイリアは顔を上げた。

天窓から差し込む光が冬の澄んだ空気の中に満ちて、一層明るい教会内。

その教会の告解室の真ん前で二人は初めて対面した。

レイリアが謝ろうと吸い込んだ空気は、吐き出されることなく喉の奥で止められた。

そこにいたのは。

黒髪で彫りの深い顔立ち、見上げるような長身で、兄の親友、レイリアの憧れの人である。

ルーツ、その人だった。


ルーツは普段の鉄面皮が嘘のように呆然としていた。
目はレイリアに釘付けのまま、耳の端から赤くなって行く。
静かな教会内に、男の声が転がった。

「…まさか、俺は本人に相談していたのか…?」


今までの相談内容が電流のようにレイリアの脳内に流れる。
全てのピースがあるべき場所に収まり、冗談のような真実が少女の目の前にあらわれた。

つまり彼の言う親友の妹、とは自分のことだったのだ!

白日の下に晒された、嬉しいような恐ろしいような事実にレイリアの全身が痺れた。
しばらく瞬きも忘れて見つめあう。
二人はまるで誰かに仕組まれたように導かれて出会った。
現実逃避だったのだろう。
少女は場違いにも頭の片隅で兄から聞いた話を思い出す。
この教会には噂があった。
いわく、天使がいると。

ややして金縛りが溶けると、レイリアは自分の胸元をかき合わせて呟いた。




「て、手は突っ込まないでくださいね…」

「今はしない!」

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