握り返す手 〜Far far-off utopia〜
セイバーの胸に槍の矛先が微かに刺さっていた。
それは最後の足掻きとも取れたが今更彼女がそんな見苦しい真似をするとも思えない。
だが彼女は笑っていた。
満足そうにロンギヌスが触れているのを見ながら。
「私の勝ちです母上………」
「モードレッド………アナタは何を………」
彼女の言葉の意味が解らない。
何故彼女はここまで清々しくいられるのでしょう。
「母上、今のアナタは私を娘と見ていてくれている。
私は認めて欲しかった………
例え造られた存在でも愛して欲しかった、見てもらいたかった」
「モードレッド………」
過去の行いが目に浮かんだ。
禁忌とも言える異形の存在。
息子だとしても歪んだ存在。
それを私は遠ざけていた、嫌悪していた。
王としてそれは認めてはいけないと言い聞かせてきた。
「だから、だから母上が道を外して国を置いていこうとするのが耐えられなかった。
そのままだと国は滅び、母上の努力が水に帰すのは嫌だったから………」
モードレッドは傷を押さえながら私を見上げていた。
優しく、求めるような眼で。
「だから母上には気付いて欲しかった。
自らの本心に、私の本心に」
抱き上げていた。
知らず知らずに彼女の体を。
傷付いて、血が流れている傷を無視してでも。
「母上、お聞きください。
私は母上の娘です。たとえ産まれが歪でも、私は円卓の騎士にしてアナタの娘なのです………
ですからお聞かせください。
母上はまだ国に執着するのですか?」
そんなモードレッドをセイバーは抱き抱えて運んだ。
そして2人で寄り添う。
セイバーとモードレッドはちょうど壁に寄り添う形で。
「いえ、国は既に滅びました。
引かれた幕をまた開けばそれまで演じてくれた者達を愚弄しますから」
モードレッドはそれを満足そうに笑んだ。
「しかし、数奇な物ですね」
「運命が、ですか?」
「ええ」
「私は違うと思いますよ」
「へ?」
彼女は胸の傷を押さえながらぶつかり合う力と力を見守っていた。
「私はただ求め続けていたんです。
暗闇の中で、民を殺したアナタへの。
ただ王としての誇りを重したアナタへの恨みだけを糧に生きていました」
「………すいません」
「謝る必要なんてありませんよ。
私はただあの暗闇に毒されただけです…………
ですが何も見えず、何も感じないあの暗闇からマスターは私を引き上げてくれました。
そしてチャンスと答えの1つをくれた。
これは偶然性のない必然なんです」
「そうですか……私も「今なんて言ったのかしらあ〜ちゃ〜?」わた「ふん、その歳での性根変えはキツかろう」わた「むき〜〜〜〜!歳には触れるな〜!」……………」
「母上?」
「ただ私は救われたのは間違いではありません。
一度救われ、二度目にマスターだった士郎を救われ、3度目で囚われた私を助けてくれもした…………。
これだけは嘘なんかじゃありません」
2人は共に笑いだしてしまった。
あの頃には到底かなわぬその姿を時を越えた今、やっとで果たされた。
まあ時折――――
「ふふ、少し灸を据えてあげましょうか、坊や?」
「いやいや、老人の話を聞くのは悪いが時間が時間だ」
「むっき〜〜〜!!!私はまだ―――」
などが隣から聞こえているが空気を重視して全力でスルー。
「クス、ああ………名残惜しいです」
「ならば残ればいいではありませんか、私と共に―――」
私はそれを見たくはなかった。
光の粒子となって消え行く娘の姿を見なくてはいけなくなる。
だが、見たくても見れない。
目が、目が霞んでいるから。
「それは、とても魅力的ですね………」
「ならば!ならば今暫く!」
堪えきれぬ涙が彼女の傷を濡らす。
何故、何故だ?!
なんで私の周りはこうも大切な人がいなくなり続ける?!
「シロウ達のご飯を一緒に食べましょう。
幼い頃出来なかった剣の修行もしましょう!
アナタのワガママも聞きましょう…………だから逝かないでくださいモードレッド」
消え始めた手足は私の涙を受けて雪のように無くなっていく。
確かに想いは伝わった、ですがこんなのはあんまりじゃないだろうか?
「なら………御願いがあります」
「ええ、いくらでも聞きます。だから!」
既に無い娘の手が私を抱きしめてきたように感じた。
密着する彼女からは存在という物が希薄になっているのが解る。
「迷わないで」
「………」
「これから先、自分の選んだ道を疑わずに進んでください」
「そんなの御願いにはなりません」
「いえ、御願いです。
私の中にある理想を、母上のままで居続けてください」
「モー、ドレッド…………」
既に下半身は消え失せ、希薄になる体を抱きしめる。
名残惜しむのではなく引き留めるために。
だが無駄でしかない。
「私は………不幸ではありませんでした。
こうして母上の側で逝けるのですから」
「ぅ、あぁっ」
涙が止まらない。
言葉を紡ぎたいのに。
想いを伝えたいのに。
時間があまりにも足りなすぎる。
「ああ、ですがせめて…………贈り物を――――」
そして腕からごっそりと何かが消えた。
霞む視界が今は有り難かった。
もし晴れた視界では今よりも辛すぎる。
「モードレッド………?」
そこには既に誰もいない。
確かめるように己の体を抱きしめる。
温かかった彼女の体温が体から向けていくのを惜しみながら慟哭する。
そして…………
「ああああああっ!」
我慢することなく全てを吐き出した。
彼女はもういない。
これから先も、過去に戻っても愛する娘はいない。
ならせめて泣きたかった。
気が済むまで、晴れるまでは全てを忘れて。
全てが終わりを告げるように光が爆発した。
混沌に打ち勝つ閃光。
閃光は弱々しく輝きながらも暁の体に届き、戦う力を削いだ。
もう戦う力はないと言わんばかりに息荒く天井を睨んでいる。
「ハァハァ、っく」
「士郎!」
「先輩!」
無様だなと思いながらも倒れる体を皮肉る。
今になって魔力回路がズタズタになった痛みが戻り、体中の筋肉が断裂する。
だが暁はもっと酷い。
体には袈裟に切られたような火傷が痛々しく湯気をあげ、服はあの熱気で大半が焦げている。
体中が爆発と刀傷でボロボロ、しかし眼だけはギラギラと輝いていた。
「ルシア!」
支えられる俺の横をイリヤが駆けていく。
倒れる暁に走り寄り頭を抱き上げる。
「バカ!バカバカバカ、嘘つき!」
「…………」
「なんでイリヤを置いていこうとしたの!
なんでこんなことなんかしたのよ!
私はただ一緒に居て欲しかったんだよ。
約束は守るんじゃなかったの!」
泣きながら離そうとしないイリヤを暁は見ようとはしなかった。
いや俺にはそれが無理して見ないようにしているとしか映らない。
「答えて、答えなさいルシア!」
「………」
暁はとうとう目を瞑ってでもイリヤを無視しだした。
そして俺達の足音で再び目を開ける。
「俺の勝ちだ、暁」
「ああ、だがまだ俺は負けてないらしい」
「強がりは止しなさい。
そんな体と空の魔力でどうするってのよ?」
だが暁の目には敗北という言葉が浮き出すことはなかった。
「そう、アナタの負けですアキラ。
アナタがモードレッドを頼ろうとするなら無駄でしかない」
「アイツは、悔いを残して逝ったか?」
「いえ、とても満足そうでした」
「そうか」
暁は観念したように体の力を抜いた。
「俺はまだ勝てないらしい………切嗣」
そしてズタズタに傷付いた手でイリヤの頬を撫でた。
きっと頭を撫でようとしたに違いない。
ただ上がらなかっただけだろう。
それでもギリギリ上がるのが頬だったから撫でたのだ。
「悪いな、イリヤ………俺は最低な嘘つきになっちまうかもしれない」
「なんでよ、まだルシアは生きてるじゃない!」
「ダメなんだよ、俺にはもう」
泣き続けるイリヤを起き上がり、抱きしめながらあやす。
そしてまた―――
「すまない、切嗣」
オヤジの名前を呟いた。
「どういうことだ暁………」
「どっちに対しての質問だ?」
「両方に決まってんだろ!
なんで切嗣の、オヤジの名前がそこで出る!
なんで………なんでまるで死ぬような言葉を吐く!」
傷口が痛む。
喉から血が溢れる。
だが目だけは暁から外さない。
「士郎、お前は切嗣との最後の晩に何を誓った?」
忘れもしないあの時の約束。
切嗣が果たせず、未練を残さぬように俺が背負った理想。
そして俺達が殺し合うきっかけになった理想。
「全てを救う正義の味方になること」
「そうだ………それこそが全ての間違いなんだよ」
「何でですか!先輩の考えの何が間違いだと言うんですか!」
そしてそこにいる誰もが息を飲んだ。
「士郎、お前はな―――空っぽだったんだよ」
それは静かで、そしてあまりにも惨い言葉だった。
「お前はな他者を模倣することで自分を形成していたんだ。
もちろん其れだけならば俺はお前を殺すことなどせんし、逆に助けただろうな」
「なら、いったい先輩の何がいけないんですか!」
「そいつはな、自己を形成する事がなかった!
数年だ!俺が居なくなり、お前達2人が来た刺激さえ既に士郎には何の影響も与えはしなかった!
その証があの夜の問いだ」
それは数年ぶりに会った暁が俺に投げかけた言葉。
暁は滲み出る血を無視して立ち上がる。
リリスと呼ばれた剣を杖にしながら俺を強く睨む。
「切嗣の理想はな、お前みたいに甘い理想じゃない。
切嗣が望んだのは徹底的な1の排除だ!」
「う、嘘だ!オヤジが……あの不器用で優しかった切嗣がそんな理想を持つわけがない!」
「それこそが間違いだ!
魔術師殺し『エミヤ』、俺達の父親はな魔術師の忌み名の最高峰に君臨する魔術使いなんだよ!
切嗣の理想は完全な1の排除、関係のない者を犠牲にせず害悪のみを排除し平和な世界が欲しい。
それが正しい理想だった………」
言葉が出ない。
あの切嗣が人殺しをしていたと言うのだ。
「だがお前は!お前の理想はあくまで全て!
害悪さえ救うと言った!
それがどういうことか解るか?
つまり害悪を救う代わりに誰かを殺すって言ってたんだよ!」
「…………」
「違わない!誰かを殺すのは誰かを救うこと、誰かを救うってのは何かを壊すのが世界のルールなんだよ!
だがお前はそれを無視しようとした。
曲げられないルールを曲げようとし、結局はそのルールに他人を苦しめる。
それがアーチャーだと気付かないわけがないだろ」
「止めて………」
桜が俺の体に抱きつき、消え入りそうな言葉で止める。
逆側の凜は何も言い返せないと理解し、悔しそうに唇を噛んでいる。
「だからお前は自分を犠牲にすることでそれを成そうとした!
これが切嗣がお前に魔術を教えたくないと拒んでいた理由だ!
お前は他者を助けるということを模倣するのに魔術も使う筈、そうすれば間違い無く無理をする。
無理だけならいい、命さえ投げ出すかもしれない。
つまり切嗣はお前の父親として拒んだ。
そんな親心も理解出来ないまま今ここにいるんだよ!」
「ルシア、そこまでにしてよ!」
とうとうイリヤまで暁を止めに入る。
だが暁は止まることを知らぬのか自らの内を吐露する。
「全てを救うだと、巫山戯るな!
お前の言っていた『全てを救う』ってのがどんなのも知らないくせにそれを軽々しく言うな!」
暁の怒声が洞窟内に響き渡った。
両隣の2人は怯み、一番近くにいたイリヤは完全に脅えきっている。
初めてキレた暁に俺は言おうとした言葉を忘れてしまう。
「…………理解出来るか?
全てを救ってやったってのに救った本人は救われない光景が」
そして暁は涙を流した。
怒りで顔を真っ赤にしながら、憎悪の対象と対峙するような形相のまま涙を流し地面を、イリヤの髪を濡らす。
「なにが全てだ!なにが救っただ!
正しい筈の選択をしてもそうだ!
たった1人で全てが救われる?
たった1人の害悪を生かせば全てが消える?」
誰が聞いても答えは決まっている。
確かに前の俺なら害悪さえも救おうとするだろう。
だが、今の俺の両手には既に大事な物がある。
だから答えは1つしかない。
「そんなのが正しいんだよ。
その1人を救えば世界が滅びる?
だからなんなんだ!俺には関係ない筈だ!
だが俺は救えなかった………
俺の手は既に多を救う選択しか許されはしない」
痛々しかった。
今の暁は迷子のように不安で張り裂けそうな表情で泣いている。
「救世主?救ってくれてありがとう?
なら、なら俺は誰が救ってくれる!
殺した害悪こそが俺の大事な人だった。
家族を、親友を、兄弟を見殺しにしてでも一緒に居たかったのにだ………
ただ先生と一緒に居たい。
また無茶を言われ、喧嘩して、笑いながら毎日を過ごすそんな平凡な幸せの何がいけないんだよ………」
「解らない。俺は、俺達は今の生活が好きだ。
この他愛ない幸せが何より愛おしい」
暁はその答えに若干の笑みを浮かべながら泣いていた。
いつの間にか抱きついていたイリヤの頭を撫でながら。
そしてその手が止まる。
「だが俺はそれを奪われた。
そんなありきたりな幸せを救った全てにだ!
全てを救う代わりに自分を犠牲にする。
その代償がこの命ならすぐに差し出してやる。
だがな!救った奴らは違う物を代償にした!
先生の存在だ!先生が存在した証を徹底的に排除していった!
俺の中の思い出をアイツらは踏みにじり続けやがった!
どうだ士郎。全てを救う正義の味方ってのはな、自分を救う事は許されないんだよ!」
知らない真実。
惨い、あまりにも惨い世界の真実。
もし俺があのままなら両手に抱いたこの大事な物を奪われたかもしれない。
そんなのは嫌だ。
「士郎」
「先輩?」
自然と2人を抱き締めていた。
不安を取り払うように強く、2人の鼓動が分かるほどに。
「お前はどうだ士郎。
お前は全てを救えるのか?
自らを殺す覚悟があるのか?」
「俺はそれでも全てを救う」
「…………」
「世界なんて意味の解らない不確定なもんに大切な者を奪われるくらないなら、俺が先に奪う。
俺は決めたんだ、桜だけの正義の味方になるって。
凜とずっと一緒に歩み続けるって。
そして俺にはみんながいる。
セイバー達がいるんだ。
俺が救われない訳がない、そしてみんなを救えない訳がない。
だから俺はみんなの正義の味方だ」
暁は何かに満足したように笑った。
そして抱き付くイリヤを抱きしめる。
「2つ目の答えだ。
俺はな、もうすぐ世界から消える」
「え?」
イリヤが暁を見ようとする。
だがそれを暁は許さず、抱きしめながら続ける。
「俺は元々50しか生きられない。
そして限界異常の魔力を引き出す代わりに寿命を減らしてきた。
お前達と会った時、既に俺の残る寿命は半分以下。
30を迎えられない程になっていた」
それは余りにも信じられない。
そしてまるで他人事のようだった。
「限界に限界を重ねた故の代償。
だがそれで俺は約束を果たせるんだ」
約束。
それが何なのか解らない。
いや何かは予想出来る。
だがそれを考えようとすると頭が白くなってしまう。
「なあ、凜ちゃん桜ちゃん………
君達は幸せかい、幸せになれるかい?」
「嫌………です答えたくありません」
「ふざけんじゃないわよ!こんなんじゃ、こんなんじゃ後味悪すぎるじゃない!」
2人は涙で顔をグシャグシャにしながら答えようとはしなかった。
だが暁は2人に歩み寄り、頭を撫でる。
「頼むよ」
「ぅ………ひっ、く………幸せになれます」
「当たり前、じゃないのよぅ!
アタシ達が居るんだから当たり前………うぅ……あ……っ」
2人はたまらずに泣き出してしまう。
子供のように、ただ泣き続ける。
「セイバー、アーチャー。
お前達はどうだ?お前達は幸せになるよな」
「もちろん、アナタの行為を無駄にはしません」
「何故だろうな、違うはずなのだがこう言わねばならない気がする。
――――ありがとう、兄貴」
セイバーとアーチャーの答えに暁は満足そうにまた笑った。
「バーサーカー、ライダー。
短い間だったが、これからもみんなを守ってくれないか?」
「もちろんだ」
「ええ、アナタのおかげで桜は救われました。
短い間でしたがありがとうございますマスター」
そしてキャスターへと視線が向く。
「メディア、幸せになれよな。
この世界でお前達が幸せに過ごせるようにしておいたんだからな」
「何から何までありがとうございますマスター、アナタも達者で」
フードを取り、素顔で暁に笑むキャスターにまた満足そうに笑う。
「士郎、最後に聞かせてくれ…………
お前の理想はいったいなんだ?」
「いい、たくない………今じゃなくたって良いだろうが!」
「士郎」
「こんなの、こんなのってないだろ!
なんでお前が死ななきゃいけないんだよ!」
「仕方ないんだ、目的は半ばに果たしているしな」
「そんな簡単な言葉で片付けるな」
たまらずに暁につかみかかる。
その顔が気に喰わなかった。
俺が悪い訳じゃないのに、困った顔をする暁を見ているとまるで俺が悪いように思えてきた。
ああ、無駄なんだな。
たまらず両手から力が抜ける。
「士郎、お前の口から聞かせてくれないか?」
「…………みんなの、俺の周りにいる全ての為の正義の味方だ。
そして俺自身も幸せしてやるぐらいの」
「なら士郎、胸を張れ。
お前はもう空っぽじゃない。
この戦いで自分を確立させ、そして勝ち残り、自分だけの答えを出せた。
誰の模倣でもなく、経験の積み重ねた者が出す答え………それは自我の証だ。
そして無理はするなよ。
お前の中のアンリマユは確かに治まってはいる。
だが限界を超えればお前だって寿命を減らす。
この意味が分かるな?」
「ああ………」
温かい体温だった。
満足気に笑う暁の横顔がすぐそこにあり。
抱き締められたせいで我慢していた筈のそれが溢れた。
せめて笑ってやろうと決心していたのに、涙が流れやがった。
「ありがどう、兄貴………!
今までずっど、ずっと――――嬉しかった!」
「気にするな、兄貴が弟を守って何が悪い」
止まることのない涙で暁の顔が霞んだ。
だがそれでもハッキリと見えた。
優しい、兄貴の笑顔が。
「イリヤ」
「っ(ビクッ)!」
とうとうやって来た。
来て欲しくない時が、認めたくない時間が。
「イリヤ」
「…………」
必死にその声を無視する。
噛み締める唇が切れようと、涙が今にも零れようとも。
泣き出してしまう自分を必死に押し殺す。
「イリヤ、お前を最高の笑顔にさせるのが俺じゃないのが残念だよ」
「…………」
「だけど聞いてくれ。
俺はな、お前の事が大事だったんだ」
「なら………」
ならなんで私に冷たくしたの!
なんで私を無視して、置いていこうとするの!
「ならぁ………」
そう言いたいのに言葉が上手く発音出来ない。
押し殺した感情の一端がそこで漏れたからだ。
「ぅ…………ぅぅ、くっ、あぅ」
必死に堪える。
今泣けば優しくしてくれる。
だけど泣けばルシアは行ってしまう。
変わらないことだと理解していても意固地に涙は我慢する。
「イリヤ」
「…………」
暖かで、優しい匂い。
耳元で優しく囁かれ、頭を撫でてくれる。
抱き返そうとする両手に力が籠もる。
ダメだ、ダメだと抵抗し。
流れる涙は上を向くことで耐える。
「さようならだ」
「っ―――!」
薄れ始めた温もりを引き留めるために手を伸ばす。
だが伸ばした手は後少しの所で空を切る。
「キャスター、リリスはお前に預けるぞ」
「畏まりました」
空洞の中央。
そこで未だに漏れ続ける悪意の魔力。
魔法陣を中心に蠢く呪い。
その目の前まで暁は歩き続けた。
「待っ―――て………」
声がかすれた。
引き留めるための言葉が思い浮かばない。
「ル、シア………!」
だから、喚ぶ。
呼べば来てくれた、ならば―――
「魔力は――で賄うしかないな」
だが届いていない。
黙々と何かをするルシアに何も言えない。
「なんで、なんで私だけが………」
「イリヤ」
「士郎?」
「後悔しちゃいけない。
俺だってあの時、オヤジと話せたから後悔がなかった。
後悔ってのは消えない痛みだ。
イリヤ、行くんだ」
未だに涙を流している士郎がいた。
後悔は消えない痛み。
そうだ、切嗣が居なくなって母様も居なくなった時に後悔した。
もっと話せばよかったって、もっと甘えればって。
「イリヤ、行きなさい。
あなたはここに居ちゃいけないわ」
「イリヤさん、私達も後悔したことがあるからその痛みは解るんです。
行かなければきっと後悔します」
「解ってる!けど……、けど何を話したらいいのかわかんない!」
そうだ、何もわかんない。
今行っても何も出来ない。
そんな私の背中を誰かが押した。
「バーサーカー?」
そこには狂化が解けたために人並みの背丈になっているバーサーカーがいた。
何も言わず、ただ私の背中を押し続ける。
「ダメだよ、ダメなのぅ!」
「行くんだ、行くだけでも意味がある。
話せないから後悔するのではない。
最後の時を過ごせないから後悔出来ないんだ」
バーサーカーは有無を言わせずに私の背中を押した。
既にルシアは沸き立つ魔力を纏めあげ、魔法陣を書き始めていた。
「あ、………ぅっ、ルシア!」
「――――」
「私、私ね!」
ルシアの手が止まった。
振り向くルシアにたまらず抱き付いた。
「私、幸せだったよ!
ルシアがいたから私、あの雪の中でも暖かかったんだよ!
だからね、だらけ………ぅ、うあぁぁぁぁん!」
ダメ、もう止まらないよ。
我慢なんか出来るわけないよ!
好きなお兄ちゃんがいなくなるのに、もう会えなくなるのに泣かないでいろなんて無理だよ!
「俺も、楽しかった。
お前の笑顔が見れる度に俺も嬉しかった。
だからなイリヤ………笑ってくれないか?」
「ぅ、っく………ぅあ、無理だよぅ!
ルシアともう会えなくなるのに泣くななんてえ!」
「だからだよ、最後にお前の笑顔を見せてくれ」
「ぅ、なら………私のワガママ聞いてくれる?」
「いいぞ」
「キスして、ちょうだい。
私からするんじゃなくてルシアから………ね?」
そう言って目を瞑る。
何も見えなくて気付いた。
手が震えながらルシアのコートを握っていた。
そして……………
暖かな木漏れ日の中、高々に鐘がなる。
リンゴーン、リンゴーン、リンゴーンと。
まるで4人の幸せを願うように、門出を祝うように。
「おめでとうセイバー」
「綺麗ですよセイバーさん」
「えぇ、ありがどう御座います士郎、桜」
2人の言葉にセイバーは頬を染めた。
「アナタもねアーチャー」
「本当、いつもの無愛想な顔が今日は緩んじゃってるじゃないアーチャー」
「ああ、ありがどう凜。
そしてイリヤ、少し君には普段の私がどう見えてるか聞かねばならないようだ」
2人の言葉に喜びと青筋を浮かべるアーチャー。
漆黒で自らを主張するタキシードを着込む新郎。
純白で、無用な装飾などなくとも新婦を輝かすドレス。
それらを着た新郎新婦に士郎と凜、桜、イリヤは大きな花束を送りながら祝いの言葉を向ける。
華やかで優しい光が教会に差し込む。
「まさか聖杯戦争がこんなふうに終わるなんてな。
協会の説得とか大変じゃなかったか」
「別にそうでもなかったわ。
イリヤの言葉もあって協会は『聖杯が前回の残存した魔力でパンクした』って言って白をきったから」
「でも本当は苦労したんだよ。
残ったサーヴァントを誤魔化したり、聖杯が完全に消えた理由をアインツベルン代表で話すのも。
御爺様を説得するために母様や切嗣も頭を下げたんだから」
「ああ、本当に感謝しているよ2人共。
さてそろそろ式が始まるから行こう」
4人は2人に『また』と言ってその場を後にした。
そして残った2人は幸せそうな表情を一変させた。
「シロウ、おかしいと思いませんか。
三度の聖杯戦争でこのようなことは一度もなかった。
さらに我々が現界しているなど…………まるで誰かの意志を感じます」
「ああ、さらにはランサーの言動が引っ掛かる。
ランサーは何故桜の中にマキリがいるのを知っていたのか、さらに何故奴は『マスターの命令』と言っていた。
あの後に現れたバゼットがマスターだと言っていたが令呪もなければそんな命令に覚えがないように見える」
「えぇ、それに切嗣とアイリスフィール。
さらにはランスロットとそのマスターが生きてるのはあまりにもおかし過ぎる。
3人は運が良かったと言っていました、切嗣に至っては仕事のせいで死んだことにしなければと言っていた。
何かを隠しているのは確かなのですが…………」
「誰がこれを仕組んだのか、そして何故我々がこうして居られるのか、最後に―――」
2人の会話を裂くように部屋に誰かが入る。
それは服の上からでもわかるほどに鍛えられた職種に似合わぬ、だが服が最早体の一部かと思われるほどに着こなした神父だった。
「まさかコイツに式を仕切られるのが俺の中で一番の疑問だ」
「私もそれには同意します」
「ふむ、まさか開口一番が今日の式を仕切る神父に対してその言葉。
どうやら私は存外に憎まれているらしい」
「何を今更」
そこにはこの教会の神父、言峰綺麗がいた。
「ならば次は衛宮切嗣辺りの式も考えるとしよう」
「止めておけ」
「なに心配する事などない。
私には“無尽蔵ニ湧キ出ス財布”(ギルガメッシュ)が居るのだからな。
今度の式もそれから出したにすぎん。
誰も傷つかず、誰も迷惑しないのなら文句も当然あるまい」
「いえ、その財布が問題ですし財布がよく許しましたね」
傲慢でさらにはセイバーに付きまとっていたギルガメッシュがまさかこのような式の為に自ら財を削ること自体未だに2人は信じられなかった。
「なに、立派なのは外見(財産)だけで中身(頭)は原始時代でな。
簡単な世辞などすぐにどうとでもなるのだよ」
「「…………」」
2人は揃ってこの神父を外道だと思った。
セイバー達の部屋から反対側の部屋では同じく結婚式を控える新郎新婦がいた。
アーチャーとは違い紺のタキシードを着込んだ眼鏡の男性、葛木宗一郎はジッと窓辺から外を眺めていた。
外には彼らを祝うために様々な人達がこぞって集まっている。
「お待たせしました宗一郎様」
「いや、待つ程でもない。
似合っているぞキャスター」
「宗一郎様、今の私はもう名を隠す必要がないのですよ」
「そうか、ならば似合っているぞメディア」
「ふふ、ありがとうございます」
白を基調としその上に薄い透けた紫の刺繍とベールをかぶるメディアは宗一郎の言葉がそれ程までに嬉しいのか頬を染めながら身をよじる。
その手には新婦に似合わぬ美しい銀の剣が抱かれていた。
コンコン、コンコン。
2人の会話の合間に扉がノックされた。
既に学校の関係者や柳堂寺の者達は挨拶を終えている。
ならばいったい誰かとメディアは不機嫌そうにそちらに向く。
「まったく空気の読めない来客ね、開いてるわ」
メディアの声に扉を開けて入ってきたのは美しい白金の髪を揺らした青年であった。
紅いコートにそれに見合った紅い瞳。
そして手には大きな花束と花束の中には小さな小箱が入っているそれを手に持っている。
そして青年は中へと入ると突然メディアの機嫌が治る。
「マスター!」
「ふむ、暁か久しいな」
それは今から数ヶ月前まで“存在”していた青年であった。
顔や体は成長こそしているもののその笑顔は変わりはしなかった。
「えぇ、お久しぶりです葛木先生。
そして………おめでとうメディア、祝いに花束だけってのは寂しいからネックレスも付けといたぞ」
花束を受け取ったメディアは子供のようにハシャギながら小箱を開ける。
そしてそこには1つの翼のネックレスがあった。
6つの羽が半分半分に分かれて2つになるペアのネックレス。
羽が絡むようにハートを作るのがペアである証拠であろう。
「しかし、今までどこに行っていた?
誰もお前のことを覚えていないので心配していた」
「探し物ですよ、それに誰も覚えていないのは俺がそうしたからです」
「ふむ、お前にも込み入った問題もあろう。
悩みがあるならいつでも来い。
多少ならば私でも力になれるはずだ」
「ありがとうございます」
2人は窓辺で話し合う。
そこにメディアを交え3人は他愛ない話しをした。
そして数十分後、部屋に新たな来客がやって来た。
「葛木先生、キャスター、入るぞ」
それは衛宮士郎の声であった。
扉の向こうではさらに数人の声が聞こえる。
「そろそろ行くかな………」
「もう行くのですかマスター?」
「ああ、せめて“覚えている”奴らにはちゃんとした挨拶をしなければな」
「そうか、達者でな」
「ええ、2人共お幸せに」
暁はそう言って席を立ち上がる。
そしてメディアは抱いていた剣、リリスを差し出した。
「マスターの命に従い、預かっていた物をお返しします」
「本当に迷惑かけたなメディア。
縁があったらまた逢いに来るよ」
そうして暁は扉を開けて士郎達に軽く会釈をしてその場を後にした。
暖かな風と桜が教会を彩る。
数々の祝いの言葉がパイプオルガンと共に全てを包みあげる。
『御節介よねぇ、ルシアも』
『何を行っているのですかリリス。
マスターはただお優しいだけでちょっと無駄が多くてウザったいかもしれませんが立派じゃないですか!』
「お前ら煩い。
それ以上騒ぐなら深海に沈めるかヨグソトースの中に投げ込むぞ」
『『…………』』
青年は1人離れた場所から教会から現れた新郎新婦を見守っていた。
4人が4人幸せそうに赤い絨毯を歩く。
それだけでもここに来ただけはある。
「さて、そろそろみんなで帰るか」
「うむ、お主の兄弟とやらが楽しみよな」
「アネッサも待っているかもしれません。
帰り際に何か買っていきませんかマスター?」
『本当にアネッサのため?
最近御手洗団子にハマってきたから買ってこうの間違いじゃないのぅ』
「ち、違います!絶対、完全に、私はただアネッサのためを思って―――』
『そうですよリリス。
そんな誰もが感づける事実を、本人が気付いていなくて誤魔化されるのが人情なのですからここはスルーしなさい。
そうですね、アネッサもきっと喜びますよ』
「違います、違いますから〜!」
「うるせえよお前ら!」
そして彼らは浮かび上がる魔法陣を通り抜け、帰る。
ただ名残惜しそうに残る足跡だけがその場に残る。
「幸せそうだな」
「君だって幸せになるんだろう士郎?」
「ああ!オヤジやアーチャーが幸せになったんだ俺だってなってやるよ!」
切嗣と士郎は並んで教会から出てきたアーチャーとセイバーをみて、決心を強める。
「ならまずはお嫁さんを探さなきゃね。
で、どっちが本命なのかしら?
家庭的でヤンデレな桜ちゃん?
それとも綺麗でツンデレな凛ちゃん?
あ、そうか両方って選択肢があったわ!」
「いや、ツンデレとかヤンデレってなにさ?
てかなんで今そんな話題になるんですかおかしいでしょう!」
口に手を当て近づくアイリに士郎はたじろごうとする。
だが両腕を誰かにガッチリと固められていた。
「それは―――」
「―――私達も気になっていました」
「いやいやいや!ほら、今は2人を祝ってやろうよ、な!」
そんな3人をよそに花嫁達がブーケを振りかぶった。
それを好機と見た士郎はそれを2人に伝える。
「ほら、花嫁がブーケを投げようとしてるしさ、この話は保留にしよう!
うん、それがいい、間違いない!」
「っち、逃げたわね」
「先輩、後で姉さんも交えてじっくり話し合いましょうか」
「あらあら、大変ねシロウちゃんも」
「はは、君も好きだねアイリ」
そして投げられた。
2つのブーケが人混みの中に弧を描きながら。
少女達が必死に手を伸ばした。
幸せになれるというジンクスの為に。
2つのブーケが弾かれ、風に流れ、ぶつかり合った。
そして1つが転がり込むように1人の少女の胸元に落ちてくる。
「やた、やったーーーっ!」
それは銀髪を風になびかせながら掴み取ったブーケを掲げる少女だった。
握られたブーケから祝いの言葉のように優しく甘酸っぱい香りが漂う。
1つは握られた。
ならばもう1つと女達の目が最後のブーケを探す。
「あっ!」
あった。
誰がそこまで打ち上げたかわからないが二階の窓よりも高い場所からブーケが風に流れながら落ちてくる。
そしてそれを誰もが見送ってしまった。
見つけた場所が場所なだけに全員が対応に遅れてしまったのだ。
1人の少年が必死に女性を説得する声だけがその場に響く。
落ちてくるブーケは強い風にさらに流された。
そして少年は後ろから迫る何かを感じ取り無意識に動いた。
あまりにも間が悪く、悪魔の悪戯で彼はそれを弾くことが出来なかった。
士郎はブーケをがっしりと掴み取ったからだ。
それには会場全体が固まる。
当の本人は手に持つブーケを見て考える。
だがその後ろにいた女性はニパっと少女のような悪戯な笑みを浮かべる。
「あら〜、おめでとう士郎ちゃん♪」
「いや、なんで――(ゾクッ)?!」
背筋にえもせぬ悪寒が走る。
殺気と怒気と憎悪と嫉妬をこう………
「ミックスしてかき混ぜたみたいな感じだね士郎」
「なんで先を言うオヤジ」
「君のためを思ってさ」
「し〜ろ〜う〜」
「ひっ」
振り向いたそこには修羅がいた。
魔力とは違う何かが色を持って立ち込める。
「士郎、お姉ちゃんにそれを寄越しなさい」
「もちろん私によね士郎?」
「2人共寝起きなら無理をしない方が懸命ですよ。
さっ、それを私にください先輩♪」
誰もが笑顔の後ろに何かを潜める。
ダメだ!たとえ恨まれようとも渡してはいけない!
「え、と………」
渡せるのは1人。
誰かに渡せば他の誰かにボコられる。
だが誰にも渡さなくてもボコられる。
逃げ場などない。
故に――――
「うぉぉおおおっ!」
「あっ、こら士郎!」
「なんで逃げんのよー!」
「ふふふ、逃がしません」
逃げ続けることだけがこの身に許された選択肢。
ゾロゾロと女性陣が居なくなる中でその場に残った唯一の勝者たるイリヤはブーケを抱きしめながらアイリ達の下に走る。
「見てみて母様、切嗣!
私がブーケを取っちゃったよ!」
「おめでとうイリヤ」
「ふふ、イリヤはどんな人と結婚するのかしら?」
「それはね―――――」
誰もが笑顔であった。
無くなっていた何かがその場を埋め、代わりに何かが抜けることでバランスが取れた。
笑い合う声が響く。
誰もが笑みを漏らし、互いに杯を交わす。
有りもしないものは求めず、ただ本当にある幸せに気付く。
あまりに近すぎて、あまりに大きな幸せだった物に気付く。
これこそが幸せなのだとみんなが笑う。
そしてその中心で少女が純粋で幸せそうな笑顔を浮かべた。
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