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凡人と天才?
作:詩音



*21*






「葵君が心配ですか?」

酒井先生の車の中。外をぼんやり眺めていた私に声をかける先生。無論その視線は前方を見つめていて。

「まぁ」
「今頃喧嘩の真っ最中でしょうね」

羽山先輩の姿が浮かぶ。

「戻ってください」
「それは出来ませんが、心配することはありませんよ」

私を見ることなく、酒井先生はクスリと笑う。

「ちょっ、何でですか? 六対一じゃ明らかに勝ち目なんて」
「聞きましたよね? 僕は合気道の有段者だと」

私は静かに頷く。

「僕は葵君に病院送りにされたんですよ?」
「……あ」

酒井先生は羽山先輩にボコボコにされたんだ。今までそれを忘れていた私は小さく声を出して反応した。
その様子を見て酒井先生はまた笑みを溢す。

「それに葵君は喧嘩で負けた経験が無いらしいですから」
「でも喧嘩がバレたら……」
「学年トップですから退学はないですよ。うちは成績第一ですから」

少し安心した。成績第一っていうのはちょっと悲しい気もするけど。

「そんなに喧嘩が嫌いですか?」
「え……」
「以前、僕があなたを監禁して葵君が助けに来たときも喧嘩を嫌がってましたね。何か理由があるんですか?」

しゃべらない理由もない。
私は重い口を開いた。



「ねぇ知ってる? 昨日の夜羽山先輩が喧嘩したらしいよー?」

佳苗さんは早くも情報を手に入れて私に伝えてくれた。

「……うん」

それが今は少し辛い。無理矢理笑ったけど違和感あるだろうな。

「どうした?」
「?」
「変すぎだよー、また何かあったんでしょ? 言ってみなさい。」
「佳苗さんには敵わないね」

苦笑した後、私は昨夜のことを全部話した。

「……ホントに?」
「うん、春日って先輩とか染谷先輩とか……」
「そうじゃなくて! 本当にパシリ辞めたの?」
「ああ、うん」

私よりも佳苗さんの方が熱くなってる。

「菜々先生に譲っちゃうわけ? そんなの…」
「あの二人には絆があるし、一ヶ月くらいで知り合った私には勝ち目なんてないから」

もっと深く突っ込みたそうな顔を佳苗さんはしてたけど、ぐっと抑えた。

「先輩は何て言ってるの?」
「さぁ……?」
「さぁ、って」
「返事聞く前に電話切られたんだもん」

でも羽山先輩から返事を聞くのも怖かった気がして、切られてどこかほっとしたんだ。

「後悔しないなら、あたし止めない。次移動だから行こ?」
「うん」

その日私がパシリの仕事を放棄していることに周りが気づき、パシリ終了の噂は瞬く間に広まった。





「沙織!」
「何? 佳苗さん」
「羽山先輩一週間停学だって!」
「停、学?」

自然と声が震える。

「やっぱり昨日の喧嘩が」
「ごめん、先帰る!」
「あ、ちょっと沙織……! もーやっぱ気になるんじゃん。嘘つきー」





「勢いで学校を出てきたけど……どうしよう」

沙織は一人町の中を歩いていた。
私先輩のこと何も知らないんだ。どこにいるかもわかんないや。

「ゲホッ!!」
「ウッ……!!」
「……え?」

コンビニの裏で鈍い音とうめき声が聞こえる。
こういうときの直感って当たるから嫌になるよ、まったく……。

「なんだ、此処で一番強いって言った割りにはそれほどでもねぇな」

羽山先輩は特に疲れたそぶりも無く、ひょうひょうとしている。
周りには倒れている傷だらけの同い年くらいの男の子が三人。
予想通りの光景につい頭を抱えてしまった。

「テメェ……」
「その制服、森ノ宮だろ? 進学校の生徒がこんなことして良いと思ってんのかよ……っ」

うめきつつ男達は毒づいた。
よく見れば森ノ宮に因縁をつけてくる高校の制服で。
うちの学校で最悪の人に絡んだな、と思ってしまった。

「それ脅し? 元気あんな。その方がやりがいあるけど」

満面の笑顔になる葵。男達の顔が真っ青になった。

「死にたくねぇなら、十数える間に俺の前から消えろ」

羽山先輩は男の子の胸ぐらをつかんで睨みつけた。

「いーち……にー……」
「うわぁぁぁっ!」

数え始めると同時に三人は逃げ出した。



「つまんねぇの」

それを見届けてから塀に寄りかかって煙草に火をつけた羽山先輩。

「肺ガンで死にますよ」
「っゲホッ……!」

突然声をかけたせいか、煙草の煙が変なところに入ったみたいで羽山先輩は咳き込んだ。

「ゲホッ、ウェッ……」
「大丈夫ですか?」

あまりの苦しさにしゃがみ込んだ先輩の目線にあわせ、私も一緒にしゃがむ。

「おま……っ、何でここ……」

まだ苦しいのか言葉が途切れ途切れ。

「帰ってたら喧嘩してる声がして。……もう終わったみたいですけど」

私の言葉に羽山先輩は何も言わなかった。

「何で喧嘩したんですか?」
「向こうが俺にカツアゲしたんだよ」
「今のことじゃありません。昨日のことです」

射るような目で先輩を見る。先輩は所々顔に怪我をしてて、自然と眉間にシワが寄った。

「ちゃんと言ったじゃないですか、来ないでくださいって……」
「お前には関係ねぇだろ。もうパシリなんかじゃねぇんだから」

煙草を足で踏み潰し、羽山先輩は立ち上がった。自然と私はそれを見上げるようになる。

「そうですけど……停学になったって聞いて気になって……」

最後の方の言葉はだんだん小さくなって聞こえなくなった。

「同情ならいらねぇんだよ」

冷たく言い放って羽山先輩は私に背を向けた。

「こういうとこ、危ねぇからもう来んな」

わしゃわしゃと私の頭を撫でて、先輩は帰っていった。

「同情なんか、してないです……」

顔をうつむかせ、私は一人呟いた。
触れられたことが遠い昔に思えて、私は無性に悲しかった。





「あたし上原佳苗は、宮原修平先輩が好きです」
「……へ?」

それが私と羽山先輩が話してた同時刻にあったことで。

「……告白した?」
「そー」

私の部屋で紙パックのジュースを飲みながら佳苗さんから聞いたときは開いた口が塞がらなかった。
その様子に佳苗さんはぷっと笑いだして。

「いや笑い事じゃないから! ねぇ……誰に?」
「修平先輩」
「……宮原先輩?」

佳苗さんが小さく頷く。

「返事は」
「断られたー。好きな人いるってさ」

口を尖らせて佳苗さんは言う。
綺麗に巻いた髪を指に絡めて気を紛らわしてるように見えた。

「そうなんだ……」
「でもね、あたし諦めないって言ったの。修平先輩も片想いだから。それで宮原先輩じゃなくて修平先輩って呼ぶことにしたんだ」

そう言い切った佳苗さんの表情はどこか晴れ晴れとしていて羨ましく思った。

「ねぇ、いつから好きだったの?」
「入学式のときから。中庭で迷ってたら案内してくれたの」
「そうだったんだ」

私の知らないところでもちゃんと世界は回ってる。当たり前のことだけど、そう実感した。

「……これ」
「?」

差し出されたのは綺麗に折り畳まれた一枚のメモ。

「あたしがいなくなってから見てねー?」

そう言って数分後佳苗さんは自分の部屋に帰ってった。
残された私は言われた通りにメモを開く。

「……っ」

立ち上がった瞬間、テーブルに無造作に投げ出されたメモがヒラリと床に舞い落ちる。


『明日の昼休み、屋上で話したいことがある。来るまで待ってるから。
  宮原修平』


それは明らかに宮原先輩の気持ちがわかるもので。

「どうしてこうなるのかな……」

私は天井を仰いで小さく呟いた。





佳苗さんに会いづらいな……。
私はため息をつく。悩み過ぎて昨日は眠れなかった。クマが出来て最悪な状態。

「沙織」

後ろから呼ばれて振り返る。

「佳苗さん……」
「おはよー」
「お、おはよう」

どう接したら良いかわかんなくて、目もあわせられなかった。

「普通にしてていーよ。ちゃんとわかってるから」
「え?」

どういうこと?
平然としてる佳苗さんに首を傾げた。

「んー、前から知ってた。先輩の気持ち」
「……ごめん」

頭を下げる。申し訳なさでいっぱいだった。
周りの気持ちに気付けないで、私は自分のことばっかり。

「何謝ってんのさー。沙織が悪いわけじゃないんだから! それより、ちゃんと修平先輩に会ってね?」
「……うん」

その後は、なるべくいつも通りでいられたと思う。





「宮原先輩」
「よ」

私が屋上に来たとき、宮原先輩はもう立っていた。

「来ないと思った」
「……佳苗さんと、約束したから」
「そっか」

宮原先輩は一瞬驚きの表情を見せたもののすぐに元に戻した。
互いにうつむいて沈黙が流れる。風が少し吹き始めた。

「俺、沙織のこと好きだ」

顔を上げて、先に沈黙を破ったのは宮原先輩だった。

「ごめんなさい私……」
「言わなくて良いよ。ちゃんとわかってるから」
「……?」
「沙織が見てるのは葵先輩だろ?」

動揺して目を泳がせる。

「俺はこの一ヶ月半ずっと葵先輩といる沙織を見てきた。真面目で人の心配ばっかして…なんかほっとけなかった」

私は何も言えなくて、宮原先輩の顔を見つめるだけ。
先輩は話を続けた。

「見てたから、沙織の気持ちくらいわかるよ」
「ごめんなさ」
「謝んないで」

修平は沙織の言葉をさえぎって言った。

「沙織のおかげで女好き治ったし、茶髪もなかなか似合うこともわかったんだから」

ニッと笑う修平の顔は幸せそうだった。

「じゃあもう戻るわ。呼び出してごめん」

謝られるようなこと、何もされてない。
私は首を横に振る。軽く私の頭を叩いて宮原先輩は屋上から去っていった。

「何も知らなかった……っ」

私はしゃがんで、両掌で顔を覆う。

みんな相手の気持ちがわかってても、ちゃんと思いを伝えてる。

「決めた」

空を見上げた私の表情は決心を固めた真剣なものだった。
















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