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未定  作者: iRije
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第11章 鍵括弧

「おかしい」

「何が?」

「わからない」

「なんだよそれ」

「………」

「おい」

「え?あ、なに」

「どうしたんだ、ぼっとして」

「う、うん。どうしたんだろう」

「どうしたんだろうってお前なあ…。疲れてるんじゃないか」

「いや、大丈夫。で、何の話だっけ」

「ならいいけど。えっと、そうだ東山高生だ」

「うちの生徒がどうかしたの?」

「今日、巡廻中に5丁目のコンビニあたりで高校生を見つけてな」

「あそこなら、別に」

「不思議じゃないって言いたいんだろ?昼間だったんだよ。それも1時とか2時だ。ん?3時くらいだったかな」

「いくら進学校と言っても、うちにだってそういう学生の一人や二人いるわ。」

「それがさ、不良ってのとも違かったんだよな。なんていうか、見た目は優等生って感じでさ。なんか心当たりないか?ん、これうまいな」

「そう?お義母さんからもらった味噌、使ってみたの。…心当たりって話聞いたんでしょ?」

「ああ、だけどその…」

「その?」

「逃げられた」

「は」

「いや、危ない感じはしなかったから、大丈夫だとは思うんだけどな。まさか、警察相手に本気ダッシュかますやつだとは思わなくてよ。慌てて追いかけたら、すっころんだ」

「それでその怪我ね」

「まいったよ」

「七味取って。そだ、明日は?」

「はいよ」

「ありがと」

「夜勤だ。悪いな。」

「何が?」

「いや、夜一人にさせてさ」

「その分、今日構ってもらう」

「なんだそれ」

「なんだか、眠れなそうなの」

「じゃあ、風呂入ったら難しい話してやる。好きだろ?」

「ばか」




「起きてるか?」

「眠れないって言ったでしょ」

「こんなに布団があったかくても?」

「チーズまんになっちゃいそう」

「ピザまんじゃなくて?」

「純粋なのよ」

「なるほど。それで、どんなのがいい?」

「そうだねえ、この世界についてとか」

「はは、哲学なら俺よりみのりのほうが詳しいんじゃないか?」

「そうだけど、宇宙とかそういうのは、あなたの方が詳しいでしょ」

「お前も好きだな」

「あなたが楽しそうに話すからね。それにわたし、ロマンチストなの」

「そうなのか」

「そうだよ?だから古典やってるの」

「へえ、知らなかったな」

「言ってなかったかもね」

「さあ。宇宙とかとはちょっと違うが、世界ということなら魂の話をしよう」

「魂?」

「そうだ。みのりは人が死んだらその意識は何処へ行くと思う?」

「どうだろう。消えてなくなるか。天国に行ったり、もしくは転生するとか」

「そうだな。脳科学とかそういうのでは、人の意識と言うのはシステムの一環でしかないから、死んでしまえば機能を失い消えてなくなってしまうものなのかもしれない。しかし一方で、人は古くから魂的なものの存在を信じている。天国や地獄に行くとか、転生するとかな。日本人は神に強い信仰を持っていたりする人は少ないけど、そういうのをまったく信じないわけじゃない。儀式はそれなりに大事にするし、幽霊の存在を信じる人も多い」

「何が言いたいの?」

「つまりな…君の言ったことはすべて正しいってことかな」

「はあ」

「正解はないのさ、もともとね。それでだ。魂なるものの存在について考えてみる。それらは天界あるいはそれに準ずる異界に転送されるか、この世をさまようか、それとも転生するのか。俺はこの転生に注目したい」

「中二っぽい」

「ロマンチストってことだろ」

「そういうとこ好き」

「前世とか来世ってのは、その魂が宿った前の生命や次に宿る生命のことを指して言うが、俺はそもそも魂ってものに時間の前後概念があるのか疑わしいと思っている」

「時間を自由に操れるってこと?」

「自由に操るというか、俺達の世界の時間軸に捕らわれないって感じかな。さらに、それを客観視することさえできるんじゃないかと思ってる。外から観測し、必要な時に干渉する。魂とは本来、俺達より高い次元にある存在じゃないかと思うんだ。それを肉体に宿すことで、生命は生まれる」

「よくわからん。でも、その話だと魂って存在は何も肉体に宿って生命活動をする必要が無いように感じるんだけど」

「確かにそうだな。なんだわかってんじゃねえか」

「なんとなく思っただけよ」

「まあ、この考えにはいくつも矛盾があるし根拠も何も示してない。それでも面白い考えだと思ったんだよ」

「これは、あなたの仮説なの?誰かの本の話じゃなくて?」

「たまには提唱者になりたい時だってあるさ」

「ふふっ、ほんとにばかね」


「SFとしてはまあまあじゃないか?」

「書くつもり?校閲なんてしてあげないよ」

「ええ、いいだろ」

「SFは専門じゃないもの。古典には出てこない」

「竹取物語があるだろ」

「なにそれ、ふへっ。あれを書いた人はscienceを知らないよ」

「知ってたら、それこそSFだな」

「それに、公務員は副業禁止でしょ」

「儲かるような話になったら、考えるさ」

「そうね、それがよさそう。ふああ~わ」

「もう寝れそうか?」

「いい夢が見れそう」

「おやすも」

「なにそれ」




「…ち先生、西口先生?」

「え?あ、はい」

「どうかされましたか?」

「田口先生。いえ、どうしてですか?」

「なんだか上の空といった具合に見えたものですから」

「あ、すみませんぼっとしてしまって」

「お疲れでしょうか?」

「いえ、そんなことないんですが…なんだか慣れなくて」

「無理もありませんね、西口先生はこちらに赴任されてまだ一週間もたっていませんから」

「まあ、それもそうなんですが、なんだか職員室って落ち着かなくて。こうして、自分の机をいただいても、まだ自分の場所だっていう実感がないというか…」

「ああ、そうでしたか。それはそうですね。私もそうですから」

「え、田口先生がですか?東山高は長いと伺ってますが」

「そうですね。長いと言えば、長いかもしれません。もう11、いや12年ほどになるでしょうか。ああ、そうか。気づけば、教員の中では私が一番長いかもしれません。もう、赴任したころからこの学校にいるのは用務員さんくらいになってしまいました」

「それでも、自分の場所だと感じないんですか?」

「そうですね。そう考えるときもあります。いつも頭を悩ませているわけではありませんが、ふとした時にそのようなことを考えます。私の居場所は本当にここでいいのだろうかとね。お恥ずかしい話です」

「でも先生は、生徒たちにもニックネームで呼ばれるほど好かれていて、とても馴染んでいるように思えます」

「そうですね。この学校の生徒は優しい子ばかりです。彼らは私を愛称で呼んでくれますが、それは私の居場所がそこにあるからではありません。私はここに長くいますから、彼らにとっての私は、彼らの社会の一部ではなく、学校と言う場面の一部なのでしょう。そういう意味では、西口先生。あなたはお若いですから、あなたのほうが彼らの社会に近いところに居るかもしれません。もちろん職員たちも、あなたがこの東山高等学校にお勤めになることを、歓迎していますよ」

「ありがとうござ…います。涙が出そうで、す」

「おや、これは申し訳ないことをしました」

「先ほど、何故教員になったのかわからないというようなことをおっしゃっていましたが、それは教員以外にやりたいことがあったということですか?」

「ああ、いえ。やりたいことがあったと言うより、いまだに教員という職業が自分に向いているんのだ、という実感が持てないというだけ話です」

「後悔しているということですか?」

「後悔はしていません。間違っているとは思っていませんから。そうですね。たとえば、自分が何者かと言う命題は、多くの場合青年期に訪れるものですが、職に就くなどして道を決めた後は、ある程度解消するものです。私にはその答えがまだ出ていないのかもしれない。と思うことがあります。若い生徒さん方の考えることは私にはもうわかりません。難しいものですね。今の私が教えられるのは、教科書に載っている知識と、少しの技術くらいのものです。それが取るに足らないことだとは思いませんが、大したことだとも思わないのです」

「大きな志をお持ちなのですね」

「そんなんことはありませんよ。年甲斐もなく駄々をこねているだけです」

「それならその…やめようと思ったことはなかったのですか?」

「…」

「あ、すみません。失礼な質問でした」

「いえ、そんなことはありませんよ。ただ、教師を辞めるという発想に今まで至っていなかった自分に驚いてしまって。でも、そうですね。やめることを思いついてもそうすることはなかったと思います」

「どうしてですか?」

「どうしてでしょう。少なからずこの職業をおもしろいと思っていたからかもしれません」

「その、この職業はどんなところがおもしろいのでしょうか」

「さあ、どうなんでしょう。わかりません」

「わからない?」

「ええ。もう40年この仕事をしていますが、やってもやってもわかりません。わからないからやるのかもしれませんね」

「哲学的ですね」

「哲学ですか。西口先生は、朝起きた時、自分は昨日の自分とは違うかもしれないと考えることはありませんか?」

「どういうことですか?」

「いえ、思わないならいいのです」

「はあ」

「そうでした。西口先生」

「は、はい」

「お願いがあるのですが」

「…なんでしょうか?」

「今年度、美化委員会の顧問をやっていただけませんか?」

「美化委員会ですか?」

「ええ、今年度から委員長になった佐伯さんと、副委員長になった戸村くんは私が去年から担任している生徒で、西口先生が副担任を務めるクラスの生徒でもあります。二人とも気配りのできるいい生徒さんですよ。きっとあなたの助けになります」

「ああ、あの二人。わかりました。やらせていただきます」

「書類は後で渡します。では」

「あ、田口先生」

「はい」

「わたしのようなペーペーの新任教師が言っても説得力ないかもしれませんが、田口先生はその…教師に向いていると思います」

「…」

「…」

「ありがとうございます」

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