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未定 作者:iRije
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第3章 庵暗裏

12月5日 13時10分

 初めて学校の先生になろうと思ったのは、いつ頃だっただろう。
 ヤンキーの生徒たち相手に臆せず立ち向かい、ともに青春するテレビドラマを見てからだろうか。それとも、冴えない女教師が超絶イケメン男子高校生と禁断の恋に落ちる少女漫画を読んでからだろうか。
 どちらにしても、実際に教師という職業を決めたのにはもっと別の理由があった。今となってはそれにも大した意味はなかったと悟っている。

 そんなどうしようもないことを考えながら、特別棟の3階トイレでタバコを吸っていると、窓から思わぬ現場を目撃してしまった。
 男女の密会、と言うより言い合いだろうか。特別棟の裏、部室棟横の駐輪場から制服のスカートとズボンだけが覗いている。二人は向かい合っているようだが、なぜだか平穏な話をしているようには見えない。
 そのうち女の子の方が、男の子の袖を引き部室棟の裏に入っていった。
「破廉恥な」
 心にもないことを呟いてみる。
 一本目の吸い殻を携帯式の簡易灰皿に入れて、胸ポケットから二本目を取り出す。
 オイルの残り少ない百円ライターで火をつけるのに手古摺っていると、男の子だけが部室棟の裏から飛び出していくのが見えた。特別棟に入っていくようだ。
 特別棟?!我に返り、自らの置かれた状況に焦らずにはいられない。

 わたしの勤務する東山高等学校は、3年前まで男子校だったこともあって、男女比が5:1と非常に暑苦しい。
 教室棟は、共学となるとともに改装されたため、女子トイレも女子更衣室もあるが、特別棟には女子トイレがない。
 つまり、今わたしがいるのは男子トイレなのだ。
 なぜこんなところでタバコを吸っているかという事には、非常に深い理由があるのだが、今は省かせてもらおう。
 それよりも、あの男子生徒が階段を上がってくる可能性がある以上、速やかにここを出なければならない。
 音を立てないよう、ゆっくりとドアノブに手をかけ、時計回りに捻る。近くには誰も居ないみたいだ。すぐにその場を離れ、西と東にある階段の西側を降りる。

 2階まで降りると、男子生徒の後ろ姿に出くわしてしまった。なんだか、落ち着かない様子だ。
 経験則からして、この時間に特別棟に来る生徒など然う然ういない。きっとさっきの生徒だろう。
 ん?というか、もしかして戸村くんではないか?
「戸村くん?」
「な、西口先生」
 やっぱりそうだった。私が密かに付けている『信頼できる生徒ランキング』第2位の戸村くんだ!ちなみに1位は、THE優等生の猫田さん。
「どうしたのそんな深刻な顔して」
「なんでもないですよ」
 なんか隠してるな。まさか戸村くんがねえ、女の子と揉め事かあ。ま、特別棟に来ないようにだけ釘を刺しとくか。
「それに、ここは特別棟だよ?放課後までは用はないはずでしょ」
「いやあ、こっちのトイレ人来ないし、落ち着いてできるから好きなんですよ」
「あ、わかるそれ。わたしも、長そうなときとか…あ、いや」
 しまった。いやもはや、しまったとかじゃない。こっち男子トイレしかないのに、わかるとか。完全に終わった。てか、こいつ来てたのかよ!あれ、あんまり動揺してない?もしかして知ってた?それとも失言に気づいてない?もしかして誤魔化しきれるのでは。



同日 14時15分

 子供というのは、どうもよく解らない。子供といっても、歳はわたしと6、7歳しか離れていないはずだから、8歳年上の夫を持つ身としては何とも言えない気分だ。あの人からしたらわたしも子供なのかな。あの人、老け顔だし。
 わたしも5年ほど前までは女子高生だったわけで、こんな風に先生たちを悩ませていたんだろうか。
 いや、自分で言うのもなんだが、わたしは優等生だった。だから、断じて先生を困らせたりなんかしていない。と思う。
 しかしながら、どうして逃げられたのだろう。何か気に障ることを言っただろうか。「誰にも言わないなら」とか、「何かあったの?」とかが、ウザいと思われたのだろうか。何を言ってんだ。生徒の私情にいちいち踏み込んでくんじゃねーよ。おばさん。とか思われたんじゃなかろうか。
 駄目。駄目だわたし。あの子はそんな子じゃないじゃない。それこそ優等生で…やっぱりわたしが何かしたのかな。
「先生」
「あっ、はい?!」
 教室中に笑いが起こった。いかん、声が上ずってしまった。
「みのりちゃん、どうしたの。エロい声上げて」
「沢木君、そういうのやめなさい。先生ほんとに怒るよ」
 くそ沢木、こんな時だけ発言しやがって。あとで野球部の顧問に言いつけてやろ。
「ごめんって、謝るから」
 おっと、心の声が聞こえたか。
「それより、さっき呼んだのはだあれ?」
「あっはい、私です」
 申し訳なさそうに手を上げたのは、猫田さんだ。くそ、かわいいな。
「どうしたの?猫田さん、わからないところでもあった?」
「あ、いえ。というよりその…そろそろ演習の解説しないと授業終わっちゃいますよ」
「あ、ほんとだ。」
 みんなの眼差しが痛い。
「じゃあ、今日はここまでにします。次の授業で解説するので、しっかり終わらせておいてください」

 授業を終えケータイを確認すると、1件の着信があった。
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