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半熟果実
作:ドルフィン



61.あてつけ



(おはよう、夏菜(星マーク)。この前は怒鳴ったりしてごめんな。夏菜の気持ちも考えずに、無神経なことしてたって、すごく反省してる(ペコリ)。でも、ちゃんと話聞いてくれないかな。南とはほんとになんでもないし、夏菜のこと好きって言ったのも、軽い気持ちで言ったんじゃないんだ。もうすぐ家出るけどよかったら、一緒に学校いかないか(アットマーク)。返事待ってるな)
 昨日から一睡もせず、ケータイとにらめっこをしながら考え抜いたメールの本文に、ささやかな絵文字を加えつつ、送信完了。ぐだぐだと言い訳を連ねた本文を削り取ってはまた加えの気の遠くなるような反復地獄。送信後に、やはり絵文字は余計だったかもしれないと気付き、ベッドに正座していた俺は、布団の上にうつぶせに倒れこみ、顔を埋めた。
 この土日の間に関係修復を図ろうとするものの、気まずくて声をかけることもままならず、週が明けてしまった。せっかくの休日を喧嘩したままで潰してしまう体たらく。しかし、夕飯をご馳走になりにいって顔を合わせても、当の夏菜が一言も口を利いてくれないのだから仕方ない。そんな俺たちを見て楽しんでいる紗枝さんはフォローにも回ってくれないし……こうして、翌週まで憂鬱を持ち越してしまった。
 決死の覚悟で送信したメールを意味もなく読み返してみて、意味もなくそれを胸に当て、意味もなく神頼みをしながら、意味もなく十分が経過した。粘り強くもう十分待ってみても、返事は返ってこない。駄目押しにもう十分待っていると、徹夜のツケに飲み込まれて安眠開始。親父に叩き起こされた時には遅刻までリミット五分。すがる思いで、寝ぼけながらケータイを開くも、新着メールは来ていなかった。
「起こすんならもっと早く起こせ、クソオヤジ! 遅刻すんだろがぁ!」
 全ての悲しみを八つ当たりに込めて、俺は家を飛び出した。ささやかな眠りの間に夏菜と仲良く登校していた夢の後味が、なんとも言えず苦かった。








 結局、夏菜と一度も話しどころか、目が合うこともなく放課後を迎えた。意図して俺という存在を視界に入れていないのが、夏菜の横顔からありありと伺えた。それだけならまだしも、他の男子生徒に見せる夏菜のフレンドリーな笑顔。あてつけだと分かっていても、辛い。いや、分かっているから辛い。笑顔の裏に隠れた夏菜の怒りの大きさがひしひしと伝わってきた。それより何より、結局、夏菜が他の男子と馴れ馴れしく話していることが気に入らないだけだ、俺は。
 大きく息を吐き出してみても、この気持ちのもやもやが晴れるわけじゃない。机に突っ伏して、意味もなくうめき声を漏らしてみる。やることなすこと、全てが虚しく通り過ぎていく。
 昼休みに勇気を振り絞って夏菜にメールを出してみた。夏菜はケータイを開きはしたけど、返信せずにまた友人との会話に戻った。完璧、無視。シカト。でも、それに心が痛いわけじゃない。
 夏菜に無視されて、他の男子と馴れ馴れしくされて初めて、想像した。
 偶然、俺と南が一緒に帰っているところを、夏菜がどんな気持ちで見送っていたのか。
 声をかけることもできたはずだし、引き止めることもできたはずだし、その状況を責め立てることもできたはずだ。でも、夏菜は何もしなかった。
 ただ、黙って俺たちの背中を見送ったのだろう。
 その時、多分、夏菜は今の俺と同じ気持ちだったはずだ。うまく、言葉にはできないけど……そう。全てが虚しく通り過ぎていく。そんな感じ。
 今の俺が直接夏菜に声をかけられないみたいに、夏菜も俺に声をかけられなかった。何もできなかった。見ているだけで心が痛む光景を目の前にして、目を逸らすことしかできなかった。今……夏菜が味わったその辛さを実感して、初めて気付いた。
 ――俺は、知らず知らずの内に夏菜に辛い思いをさせていた。
 そんなことに気付きもしないで「好きだ」と口にしたところで、それは、その場しのぎの言い訳にしか聞こえないだろう。だから、夏菜はあんなに怒っていた。
 今更そんなことに気付く俺は、やっぱり、どうしようもなく馬鹿なんだと思う。でも、今ならきっと、言い訳じゃない本当の気持ちを夏菜に伝えられる気がした。
 机に突っ伏したままで、顔だけを上にずらしてみる。ぼやけた視界は徐々にノイズを解いて、景色をそこに形作る。
 見慣れた教室。変化のない、退屈な匂いが漂う密閉された世界。その真ん中にその人物が浮かび上がった時、俺の瞳はそこから動けなくなった。
 夏菜のことをとっさに頭の中からかき消したのは、義務的な行為だった。それが、自分のためなのか、相手のためなのか、考えようとして止めた。
「南……」
 教室の最前列に立っていた南の姿を目の当たりにして、俺にできることは、そうして声を漏らすことだけだった。
 
 







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