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半熟果実
作:ドルフィン



19.シカト


 さて。時刻は七時四十五分。家から学校までは徒歩で三十分もあれば足りる距離なので、今日は遅刻の心配はない。つーか、今度遅刻したら、どういう目に遭うのかは昨日嫌というほど味わってるから、誰が遅刻なんてするか。
 まあ、そんなことは置いといて、とりあえず、深呼吸をしよう。さあ、大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて――って、やべ、普通に深呼吸しちまった。逆に、プレッシャーが増してんすけど……というのも、俺は今、夏菜の家の前に立っているわけだ。昨日、夏菜が俺を起こしに来た時間を考えれば、普段夏菜が家を出ている時間帯もおおよそ察しがつく。そして、今の時間はまさに夏菜が家を出るであろう時間帯なのだ。
 いや、しかし、いざ顔を合わすとなるとやっぱり気まずいな。どれぐらい気まずいかというと、カツラずれてんのに、本人はそれと気付かずフレンドリーに話しかけてきて、言うにも言えず、気付かないふりをする友人、ぐらい気まずい。俺だったら、絶対見て見ぬ振りしかできねえよ……。
 だが、しかし! ここで引くわけにはいかねえ! そうだ、ここで引いてちゃ男がすたる! 腰抜けにだって、意地ってもんがあるんだぃ。
 しかし、どうしよう。ここは、やっぱり夏菜を迎えに行ったほうがいいのだろうか。それとも、夏菜が出てくるのをひたすら待って、夏菜が出てきたところで、すっとぼけた顔して「お、おぅ、夏菜。偶然じゃねえか。一緒に学校行こうぜ」ってパターンが無難か。
「く……!」
 カップラーメンにお湯を注いで待つぐらいの時間真剣に悩み抜いた結果、俺は意を決して夏菜の家の門扉に手をかけた。
 そうだよ。危険をかえりみず死地に出向いてこそ男だ。今の俺は昨日までの俺じゃねえ。待ってろよ、夏菜! と意気揚々と足を踏み出そうとした直後、何の前触れもなく、ガチャリと玄関のドアが開いた。そして、そこには、はい。夏菜の姿が。
 ぐはあああ! なんだよ、この想定外の展開は! 神様なんか俺に恨みでもあるスか、畜生!
「……あ」
 門扉に手をかけたまま、完全フリーズ(戦闘不能)している俺を見て、夏菜は目を丸くした後に、気まずそうに顔を伏せた。そして、超気まずい膠着こうちゃく状態。
 や、やばいやばいやばい、心の準備が。できてないとは言わせねえぞ、てめえ散々アップアップしてたろうが、なんてもっともなツッコみは止めてください。だって、僕腰抜けだもん。
 って、おちゃらけてる場合じゃねえよ。ここでちゃんと謝って、夏菜に「よかったな」って伝えてやらねえと。じゃなきゃ、昨日言った俺の言葉が、俺の気持ちだってことになっちまう。
 息が詰まるほどの緊張の中で、俺はぐっと拳を握った。汗ばんだ手の平の皮膚にへばりつく感触が気持ち悪い。つばを飲み込むと、カラカラに乾いた喉がごくりと音を鳴らした。
 強張る頬を無理やり引き上げて、俺は夏菜に笑顔を向けた。
「よ、よう、夏――」
 俺が声を発すると同時に、夏菜は俯いたまま、何も言わず俺の横を素通りした。
「――菜?」
 その夏菜の行動がうまく理解できずに、俺は呆気にとられて少しの間その場に立ち尽くした。そして、慌てて振り返ると、足早に通学路を歩いていく夏菜の後姿が目に入る。
 えっと……これって、もしかして――。
「……シカト?」
 見えない謎の鉄球(100キロぐらい)が、俺の頭上に落ちてきた。







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