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地球儀とダンス

作者:憂国万歳
 昏倒させる倒れる原住民の子供を受け止める横たえる目を覚まさないか確認するに隠す船へ戻るUMAを搬入するUMAの表皮を殺菌する原住民の子供に触れた部分を殺菌する外に出るハッチを閉める卵形の船の周りを回る運転席のドアを開く乗る閉める正反物質融合炉を起動する中空に投影型操作端末を表示する周囲の様子を確かめる回りに誰もいないか確認する反重力場を微細に展開する宙に浮かび上がる大気を抜ける宇宙に飛び出す口頭指示で静止重力を発生させる見知らぬ土地にさよならを告げる。
 ここでやっと一息ついた。UMAを盗み出して宇宙に飛び出すまでは緊張の連続だった。極微の断片をつなぎ合わせてあたかも曲線を描いているように見せかける時間ほど、心臓に悪い物はない。持って回った言い回しが浮かぶほど頭は混乱していた。息を静めると脈動が聞こえてくる。血液が血管を破らんと体中を駆けめぐる。深呼吸を繰り返して冷静になろうと努める。
 頭がいくぶんか冷えてきたところで体の三方を取り囲むように突き出るボードを叩き、動力をマイクロブラックホールのジェットに切り替える。船は中古のためジェットの切り替えは口頭指示を受け付けない。船は微かな振動も感じさせないほど静かに亜光速へと加速する。もちろん船の操縦を自動操縦に切り替えるのも忘れない。手動操縦でジェットを使うとなると船の回りに常時気を配らなければならず、星へ帰るまでに精神が参ってしまう。その点自動操縦なら中古とはいえそういった些事から解放される。つくづく有機知能制御万歳である。
 ほうっと息吐いて背もたれに寄りかかると、檻から不気味なうめき声が聞こえた。反射的に背もたれから体を離して振り返る。断続的に続く声は高く、それでいて気味の悪い震えを持っている。もちろん直に聞こえてくるわけではない。我が国が誇る超高音質音声通信を通して聞こえてくるのだ。各種生物――超長距離惑星間の運び屋たる私の場合未確認生物、UMAである――を移送中にも様子をつぶさに観察するため、などという謳い文句が付いているだけに中古で買ったにも関わらずやたら音質と画質だけは良い。電源を切っていなかったことに私は舌打ちして、端末に投射されたUMAを見る。
 妙に長い顔に付いている二つの眼は、ぎょろりとしていましも転げ落ちてしまいそうだ。暗色系の表皮はいかにも血の巡りが悪そうで、なにより搬入する際触った感触も忘れられない。ひょろりとした首はがっちりした体に繋がって、がっちりした体からは嫌に細い足が四本突き出ている。それだけでも不気味なのにこんなにも細い足で体重が支えられているのだからなお不気味だ。体毛がひとかたまりになって尻の部分にもくっついているのだが、表皮との不調和が甚だしいほどふさふさだ。
 ……UMAは気持ち悪い。いくら未確認生物という括りで見たとしても、どんなにその星特有の環境に適した進化を遂げたといっても、これは酷い。なんでこんなに気味の悪い生物がこの宇宙に存在するのだ。運び屋は船さえあれば一人でできる気楽な仕事である上に給料もいいが、ふとした拍子に虚しさが去来する。その“ふとした拍子”が今なわけだ。きっかけが商売の品であるUMAだったのは皮肉であるが。そんな時はとにかく他の何かを考えて思考を逸らそうとするのが常だ。
 ――それにしても。それにしても、だ。思考を切り替える。
 今回の仕事で訪れた星の変化には目を見張った。以前あの星へ捕獲しに訪れた時――初めての仕事だった――文明らしい文明は見られなかった。二度目に訪れた時、原住民はまだ道具を使うことを覚えたばかりで定住することすらせず、日々狩猟に明け暮れていただけだった。比べて三度目に訪れた今回はどうだろう。まだ星の周辺だけではあるが――しかもほとんどが無人飛行だったが――宇宙へと進出するまでに至っていたではないか。亜光速で航行するため船内の時間が外と比べて伸びるとはいえ、最後に訪れた時よりあれほどまで急速に文明が発展していたとは。私たちの進化の歴史を見せられているようで、どこかくすぐったく感じた。
 もうかなり昔、私が産まれるよりももっと以前、私たちの星もまた“宇宙水準”に達していなかった。歴史の教科書を紐解けば分かるように、私たちの星の回りを回る惑星に初めて旗を立てた時から文明の成長が爆発的に早まった。これについては影の位置がおかしいやら真空で旗がはためいているやらと色々と噂もあったようだが、今となってはそんなこと誰も言わない。今私たちが宇宙にいるということが実感を伴った証拠として存在するからだ。
 宇宙水準に達する前、私たちの星もまた生物が奪われる側だった。それが今奪う側に回っている。一度国に帰り、もう一度あの星を訪れる頃には重力の軛から完全に解放されていることだろう。一つの文明が宇宙に飛び出すことは喜ぶべきなのだ。まだ見ぬ隣人のことを思うと胸にこみ上げてくるものがあった。
 パネルを操作してUMAに簡易健康診査を受けさせる。国に帰ってから『実は病原菌に冒されていまして……』なんてことになっては洒落にならない。UMAの命に関わるのはもちろんのこと、未知の病原菌が我々に牙を剥くことだってあり得るのだ。宇宙からやって来る細菌が猛威を奮うなんて筋書きは創作の古典ともいえるが、宇宙進出以降は現実的な問題として常に行く手へ立ちふさがってきた。念には念を入れて過去に運んだ未確認生物の情報を参照し、適当に抗生物質を二、三選ぶ。端末に映像が表示されていなくともアームが伸びてUMAに抗生物質が打たれる様が見えた。
『先輩』
 声が響く。一瞬誰かが隣で呼びかけたのかと首を巡らせる。私は今さらながら一人乗りの小さな船であることに気付き舌打ちした。
「誰だよ」
『ひどいっすね、俺っすよ』
「名乗らないくせによく言うよ」
『新参の運び屋っす。後輩って呼んでください』
「分かったよ」
『あざーっす!』
 基本的に一人を好む運び屋でもたまには誰かの声が聞きたくなるときがある。むしょうに広い宇宙で自分以外の存在を確認したくなる時があるのだ。己の経験に照らし合わせて言えば、新参にありがちなことではある。正直この口調は鬱陶しいがUMAのことを忘れるためにと我慢することにした。
『先輩の仕事っぷり、見せて貰いましたよ』
「見てたのか。どうせならお前の素顔も見せてくれればよかったのにな」
『俺の顔みたら先輩、絶体化け物っていいますもん。少なくともお仲間さんと思ってくれないっす。醜男ってレベルじゃないっすよ』
 饒舌で誇張気味な後輩の弁であるが、運び屋稼業で食っている私には身につまされるものがある。運び屋は一人で仕事をするため見た目についてはめっぽう無頓着だ。その例に漏れず私も外見について注意を払ったことはない。誰かと会う機会があるといったらUMAの受け渡しのときぐらいだろう。
『それにしても先輩の運んでるの立派っすね。それに比べて俺が運んでるのなんて、こーんなに小さいのばかりですよ。質より量ってことなんす。だから先輩のぐらいになるとすぐに船の積載限度がきちゃいます』
 立派とはなにごとか。こんな醜悪なものが立派とは、センスが狂っている。
 それに、こーんなに小さい、と言われてどれぐらいの大きさを指しているか分からない。通信だけは四次元を見いだしたことによって空間/距離に左右されなくなったが、映像を送るほどまでに達していない。
「盗みに行った先のセキュリティが脆くてよかったよ。UMAがデカイ上にセキュリティも厳しかったら大変だった」
『違いないっすね。前もってその星の文明レベルを調べておかなくっちゃ。この前なんか盗み出せたと思ったらいきなり撃たれましたもん。戦闘機でババババーッ!』
「下調べ不足だ」
『反省してる人にその物言いっすか?』
「ん? お前、何か言ったか?」
『なんでもないっす! 先輩は超絶格好いいっす!』
「まあ何でもいい。お前は勝手に連れ帰られる物の気持ちになったことがあるか?」
『唐突っすねえ。……そりゃあイキモノ運んでたら誰もが一度は通る道っしょ』
「誰もが通る道、か」
『あー、なんだかこっちまで憂鬱になってきた。アレっすか情が移ったとか? 今からでも遅くないっす。返してきた方がい――』
「情なんて移るわけないだろ」
『またまた嘘言っちゃって。本当のところは新参者と話したせいで初心に立ち返ってるんでしょ?』
 ……こいつ本当は俺より運び屋歴長いだろ。
『そんなこと無いっす。俺は先輩の姿を見て育ってきたんですから』
「勝手に心を読むなよ」
『意識と無意識の仕切りを作るのは大事っすよー。赤い彗星が聞いて呆れるっす』
「なんだそれは? 赤いってのは赤方偏移してるからだ。亜光速で移動してるなら誰だって赤い彗星だ」
『ストップしてくれりゃ青い巨星っすねー』
 そんなことを言っているうちに帰るべき場所、愛すべき青い星が見えてきた。とはいっても端末に表示されているだけなのだが。マイクロブラックホールジェットの出力を絞って段階的に逆噴射する。再び反重力フィールドを展開して大気に軟着陸してから、ゆるゆると降りていく。
 海面に設けられたゲートが無愛想に開いて最低限度歓迎の意を表していた。端末に周囲の状況を表示させると、一隻の船が隣のゲートから飛び出してくるのが見えた。いくつもの立方体が集まった無骨な作りの船である。見たことの無い形だが、UMAを捕獲しに行っている間に作られた新型だろう。
『お、先輩帰ってきましたね。っていうかそんなボロイ船で運んでたんすね。俺の船なんて時空ひん曲げ――』
「うるさいなあ」
 立方体がぐるぐると空を舞う。青空の下で鈍色の立方体がダンスした。『それじゃあ先輩さようーならー』
 後輩の船が宇宙へと飛び出すのを見送り終ると、私とUMAを乗せた船はゲートに滑り込んだ。頭上でいくつもの隔壁が閉じていくのを感じながら海の底に作られている巨大構造体へ降りていく。最下層に到着すると、船体番号の認証と搭乗認証が何回も繰り返さた。煩雑な処理が終わり、やっとのことでUMA運びの旅が幕を閉じる。あとは引き渡すだけ。こんなにも厳重にチェックせずともよいものを……。それを思えば回収に向かった先の国、NIHONはどうなっているのだか。様々な未確認生命体を集めて見せ物にしているようだったが、セキュリティの意識は皆無らしい。NIHONだけであの星にいる未確認生命体の全てを回収できるのではないか。
「おーい、誰かー」
 運び屋の休憩室で受け渡しの順番を待っていると息せき切って研究者が警備員を伴って走り込んできた。
「おい、君」
「なんでしょう」
「今さっきゲートが開いたんだが誰か出て行くのを見たか?」
「ああそれなら後輩が……」
「後輩だって? ちょっと詳しく話を聞かせて貰おうか」
 研究者は有無を言わせぬ口調でそう言うと警備員二人に私を拘束するよう命じた。大人しく歩こうとしているのに警備員二人は無理矢理引っ張っていく。
「何があったんですか?」
「盗まれたんだよ」
「盗まれた?」
「未確認生物全部が盗まれたんだよ!」
『馬は餞別にあげるっすよ、先輩。それにしてもガキん時に出合った宇宙人に会えるとは正直思ってなかったっす。それじゃ人類も宇宙市民になったということで!』
 所内放送が流れる時と同じように、ポンパーンと音が鳴ってから後輩の声が聞こえた。そうかあいつが。毛のない隣人の笑顔が見えた気がした。

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