嫉妬と妄執と彼女と恋(8/13)縦書き表示RDF


嫉妬と妄執と彼女と恋
作:破邪東光



第8章 嫉妬の過去


校長室。俺は新城みずきのお願いを受けて、一教育実習生の立場を忘れてその場所にいた。
今日はもう定時を過ぎているので、校長と話をするのは明日にしようという提案は勿論即座に却下されたからだ。
善は急げとは言うがいくらなんでも急ぎすぎる。

幸い、光石渉校長はまだ校長室にいた。
光石渉。57歳。つまり事件当時の30年前は27歳。教師生活4年目のまだまだ新米教師だったという。
若さゆえの過ちが引き起こした事件と言ってしまうのは簡単だが、この事件にはまだ俺もみずきも知らない裏がある。
そんな気がしていた。

どこの校長室も似たようなものだとは思うが、この学校の校長室もまた壁には歴代の校長の写真が左から順に初代、2代… …と丁寧に飾られていた。
どうやら光石は写真が11枚で終わっているを見る限り、第12代目の学校長らしい。

その光石は俺の真正面に位置する立派な机のこれまたいかにも高そうな回転椅子に深々と腰をかけていた。
まるでドラマのワンシーンのようだ。
とはいえ、いかにも偉そうにしているその姿を生で見るとけして気分がいいものではないが。

「で、話というのはなんだね?的矢先生」

白髪の目立つ髪に眼鏡をかけた初老の光石は、これまた相手を見下す偉ぶった顔で俺にそう問い掛けてきた。
いちいち腹が立つ男だな。

「いえ大したことではないのですが」

おそらく校長にとっては大したことなのだろうが。

「なんだね?教育実習初日でいろいろ慣れないこともあるだろう。遠慮なくなんでも聞きたまえ」

それではお言葉に甘えて遠慮なくいかせて頂きます。

「校長先生はこの学校の七不思議をご存知ですか?実はその七不思議の一つにその昔、文芸部の部員が当時の顧問との禁断愛の果てに自殺してしまったという事件があるのですが、ご存知でしたか?」

あえて校長が当時の顧問とは知らないふりをして、校長の反応を見ることにした。
その結果は予想以上のものだった。
先程まで偉ぶっていた光石の顔色が見る見るうちに青ざめ、終いには肩をガクガク震え出したのだから。
逆にここまで分かりやすい反応を示すと、完全に当時の顧問が自分だと認めたようなもので拍子抜けものだが。

「な、な、何のことだね?き、き、君は何がい、言いたいんだ!ま、まさか、そ、その事件に私が関与しているとでも?」

いくらなんでもどもりすぎだ。
完全に過去の旧悪を暴かれて動揺している。
こうなれば完全に主導権はこちらのものだ。

「いえ、校長先生なら何かご存知かなと思って参考までに伺ったまでです。ただ、僕が考えるにこの事件にはまだ我々が知らない秘密があるような気がして。いいですか。彼女は当時の顧問が他の女子生徒とも交際していたことにショックを受け、二人を屋上に呼び出しあろうことかその二人の目前で飛び降り自殺をした。彼女の腹には先生の子供の命が宿っていたにも関わらず… …。これが一般に伝わっている七不思議の大筋です」

校長の表情は固まったままピクリとも動こうとしない。
やはり何か隠しているな。
そんな校長の態度に構わず俺は一呼吸置いた後で話を続けた。

「しかし、どうもおかしな話です。お腹に子供の命を宿したまま飛び降り自殺をしたという話も勿論ですが、なぜその女子生徒は自殺直前に退学処分とされていたにも関わらず簡単に学校へ侵入することが出来たのでしょうか?勿論30年前当時の学校のセキュリティは今ほど頑丈なものではありませんから、放課後の学校に部外者が侵入することなど閉められた校門の柵を飛び越えれば容易に可能だったかもしれません。でも、だからといってなぜわざわざ二人に見せ付けるためとはいえ屋上からの飛び降り自殺をしたのか?いや、こうは考えられないでしょうか。自殺をしたのはその女子生徒ではなく、当時二股をかけていたお腹に子供の命を当然宿していないほうの女子生徒だったのではないか?と。それならすべての謎に説明がつきます。その日、先生はおそらくその女子生徒に別れ話を告げていた。勿論理由は付き合っていた彼女に赤ちゃんができたことを先生がその時点で既に彼女から知らされていたからです。それを聞いた彼女はショックを受け、先生の制止も振り切り屋上にその足で駆けていった。そして、彼女はそのまま屋上から飛び降り自殺をした… …」

校長はその当時のことを思い出したのか涙目になっている。
どうやら返す言葉もないらしい。
その様子がそのまま俺の仮説が真実であることを証明しているように思えた。

「以上が僕の立てた仮説です。つまりこの七不思議の嘘は二人を屋上に呼び出し、その目前で自殺したという場面だったんですね。実際にはそんな場面は存在せず、二人が口裏を合わせた嘘だった。でも、もう一つ謎が残るとすればなぜその二人の入れ替えに30年もの間誰一人気がつかなかったのか。その答えは…
 …」

校長が静かにため息を吐き出した為、話はそこで中断した。
その続きは校長自らが告白するという合図なのだと俺は受け取ったからだ。
校長、いや光石渉はもう一度ため息を吐いた後静かにしか張りのある声で語り始めた。

「彼女、榊原紅子の友達と私が二股をかけたと君は言ったね?しかし、それは間違いだ。確かに二人は同じ文芸部でとても仲が良かった。しかし、彼女らはけして友達関係ではなかった。なぜならば、紅子と仲の良かった榊原蒼子は彼女の双子の妹だったのだから。その双子という当時としては珍しい形態が私の判断を誤らせたのだ。私は紅子を愛していた。勿論今でもそうだ。しかし、ある日私は致命的な間違いを犯した。あろうことか背恰好も声も性格も何もかも似ていた妹の蒼子を紅子と間違えて過ちを犯してしまったんだ。勿論、紅子と同じく私に気があった蒼子はそのことを知っていて私を誘惑したという裏はあったが。しかし、そのことを知った紅子は当然の如く激怒した。妹と私を間違えるなんてと私には嘆き、私を誘惑した妹に対してはそれ以上の怒りを露にしていたよ。しかし、その怒りも長くは続かなかった。ご存知の通り、紅子が妊娠していたことがその数日後に明らかになったからだ。私はその事実を喜び、同時に蒼子に対する格好の言い訳になると小躍りしたものだがね。まさか、事実を知った蒼子が自殺するとは夢にも思わなかった… …」

こうして、女の嫉妬は恐ろしいと俺の背筋を振るわせた七不思議の一つ、30年前の女子生徒飛び降り自殺事件は無事解決した。
名探偵気取りの俺の明晰な推理力によって。

いや、本当にそうなのか?
本当にこの事件は俺が真っ先に解決したと言えるのか?
何か重要な事実を忘れているような。
 
あ。
思い出した。
そうだ。
やはり、今回も彼女、新城みずきの思うままに動かされていたことを。
確か彼女はこの事件を語ったときに那珂川と少女二人の名前についてこんなやりとりをしていたのだ。

「じゃあ、その女子生徒とその友達の名前もそこに当然掲載されていたんだろ」
これは那珂川。
それに対して、みずきが返した言葉は。
「勿論、彼女とその友達の名前もちゃんと載ってたよ。那珂川君には悪いけど個人情報保護法の観点から名前までは教えることはできないけどね」

はめられた。
何が個人情報保護法の観点から二人の名前を教えられないだ。
最初から雑誌を見つけた時点で二人が実は双子だったということを知っていたんじゃないか!
つまり、俺はまんまとみずきのゲームに乗り、探偵としての素質を試されたということになるのだ。
まったく、最初から答えが分かっていたというのにわざわざこんな対決まで強いるとは俺にはみずきが鬼か悪魔に思えてきた。

「えへへ。ばれた?でもよく解けたわね。さすが名探偵的矢中!ちなみに現在の奥さんの名前が紅子ていうことも調べればすぐに分かることだったんだけどね。30年前生まれた子供だから現在はもう三十路の立派な女性に成長しているでしょうね。確か調べたところによると名前は奇しくも妹の償いも込めて蒼子と名づけられたはずよ。現在は既に結婚していて、子供も二人いるとか」

文芸部の部室に戻って、みずきを問い詰めると彼女はなんでもないことのようににべもなくそう答えたのだった。
そこまで調べておいてこの俺に校長室での緊迫した対決を演じさせるとは。
もはや怒りを超えて、呆れさえ感じる。

新城みずき。
やはり、彼女は一筋縄ではいきそうにもない。
そんな彼女に惹かれ始めている自分にも実はこの時既に気がついてはいたのだが、その時はあまりそういうことは深く考えないことにしていた。
そう、その時はまだ。












ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう