第12章 嫉妬の影
ベートーベンの絵が衆人環視の許で忽然と消えた!
まるで姿なき怪盗ルパンが現れて、警察の目の前で颯爽と名画を盗んだような。
大げさではあるが、いくら机の下に隠れていたとはいえ那珂川のいびき声以外何の物音もしなかったのだ。
音楽室から廊下に通じる扉は一つ。もう一つの音楽準備室に通じる扉もあるが、勿論そこからも何の物音も聞こえなかった。
「あなたたち、まだいたの?」
その時だった。
声のしたほうを振り返るとそこには吹奏楽部部長の三島夕実の姿があった。
また忘れ物を取りにきたのだろうか?
「あ。三島先輩。実はまた絵が盗まれたんです!しかも、私達が監視していたにも関わらず」
みずきが冷静に三島に状況を説明する。
「また?まあいいわ。取りあえずもう遅いから今日のところは帰りなさい。勿論赤川さんを一人にしないようにね」
それに対して三島はなぜか冷たい反応。
まるで早くこの部屋から出ていって欲しいと言っているようだ。
まさか、何か知っているのか?
「三島さんといったね?今日も忘れ物を取りに戻ってきたんですか?それとも他に何か」
それまで俺の存在に気がついていなかったのだろう。三島は驚きの表情でこちらに振り向く。
「あなたは?」
なにしろこの学校に来てからまだ2日目なのだ。
相手が3年生ということもあって、覚えられていないのも当然だろう。
「申し送れました。昨日から教育実習で1週間本校でお世話になることになった的矢中です」
こんな状況で自己紹介とは切迫した空気がぶち壊しだ。
「的矢あたる?面白い名前ですね。まあ、そんなことより先生。これはどういうつもりなんです?先生までグルになって私をおちょくってるんですか?」
「おちょくる?」
明らかに三島の様子はおかしかった。
これだけで三島がただ単にこの音楽室に忘れ物を取りにきたわけではないことがわかる。
「三島先輩。何か隠してますね?じゃなければ変です。私が絵が消えたて言っているのに眉一つ動かそうとしないんですもの。これじゃあまるで、最初から絵が消えたことを知っていたみたいじゃないですか?」
俺も感じていたことをみずきはずばり言い切った。
三島の表情が見る見る青ざめていく。
「ば、馬鹿いってるんじゃないわよ!とにかくあなたたちはもう帰りなさい!先生もこんなことしてると校長に言いつけますよ」
その校長は昨日俺がちょうど今の三島のように追い詰めたのだが。
俺はしかし、これ以上三島を問い詰めるだけの確証もまだ持ち合わせていなかったのでここは黙って引くことにした。
「分かりました。今日のところはこれで帰りましょう。赤川さんは勿論新城さん、那珂川君の3人は私が責任を持って家まで送り届けますので」
こうして、尚も食い下がる新城を無理矢理説き伏せ俺たち4人は音楽室を後にした。
幸いにして今日はベートーベンが赤川春美をつけ狙ってくる気配は感じられなかった。
逆にそのことが三島夕実への疑惑をさらに深める結果にはなったが。
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