kiss.04 タイムリミット
「センセのバカぁぁぁぁっ!!!」
窓拭きを終えてから取りかかった雑巾がけ。半分までは勢いよく飛ばしていたけど、後半になるとキツくなってきた。
体育館の半分程の広さがあるフロアを、たった二人でこなすんだから当然。敢えてモップがけにしなかったところに、諏訪の曲った根性を感じて仕方ない。
笑顔見せられて一瞬でも心を許したあたしはバカでした、はいバカでした!
やっぱりあいつはメガネのサド教師でした!
「ごめんね。オレのせいだよね」
タオルを首から下げて、口にヘアゴムを加えながら髪をまとめる橘くんが申し訳なさそうに言った。
「あーもう全然違うって! これが目の敵にしてるあたしじゃなかったら、絶対こんなことにならないと思うもん。こっちこそごめんね。ホントいちいち突っ込んでくるから、頭くるっ!!」
「……そうなんだ?」
怒り狂うあたしに小さく噴き出した橘くん。
苛立ちは体力を無駄に消耗させる効果があるらしく、すっかり疲れ切ったあたしは仰向けに倒れ込んで、額に腕を乗せると目を閉じた。
「やっぱ諏訪ってばオニ……」
(今日はサイアク……)
追試でペナルティって話から始まって、寺の小坊主みたいに働かされて。
(追試かあ……勉強しないとなー)
「追試って?」
「へっ?」
その声に腕をどけると、真上からあたしを覗きこむような橘くんのアップがそこに。
「うわっ!」
思わず飛び退いて半身を起すと、四つん這いになった彼がそこにいた。
――心臓に悪いからヤメテクダサイ。
「この前のテスト?」
「……あたし、言ってた?」
思わず口を手で覆う。
「うん、寺の小坊主がどうとかって」
わわわっ。意識だだ漏れで口にしてたんだ。恥ずかしいやら情けないやら。
「日本史苦手でさあ、万年追試、って感じなんだ。今度の追試で一発クリアしないと、あたし限定でペナルティだって言うんだよ? 有り得ないでしょ? 鬼畜でしょ!?」
「り……時任限定……? 随分と熱心に指導してもらってるんだね」
熱心に指導……ねえ。真面目な顔で言われると、そうね、なんて思えてしまう。
モノは言いよう、すごいな日本語。
「指導という名の、嫌がらせに決まってるんだってば」
「……嫌がらせ?」
「そ、あたしが―――」
「底なしのバカだからな」
えぇえぇ、そうですとも。おっしゃる通り、何か文句ある……って、
「……えぇぇぇっ!?」
明らかな第三者の声の方を向けばそこには、職員室で待機しているはずの諏訪が仏頂面で立っていた。
「終わったならさっさと支度しろ! 散々待たせた上に、俺に残業させる気かお前ら!」
道場のカギらしきものを指でクルクル回しながら、不機嫌そうな声を上げる。
時計を見れば7時を回っている。――不機嫌なのも当然か。いや、っていうかね? そんな態度はこっちが取りたいくらいで――とグチグチ文句を言ってる場合じゃない。
慌てて更衣室へ駆け込もうとして
「あのー……」
遠慮がちにあたしは訊いた。
「ああ?」
「シャワー浴びる時間くらいはあるんでしょーか……」
「15分でここから出なければ、遠慮なく閉じ込める」
「ひっ……分かりましたっ」
本当にやるだろうから、ぞっとする。
あたしは慌てて更衣室の扉を、閉じた。
***
――タイムリミットは15分。
脱ぎ捨てる、という言葉そのままに。更衣室に飛び込んでからのあたしは、移動しながら道着と袴を体から引きはがした。それを投げ捨ててシャワールームへ入って汗を流す。
電車通学だから、どうしても部活後の臭いは落としておきたい。……なんて思うのは、可愛い乙女ゴコロでしょう?
それを制限時間つけて監禁しようってどうなのよ。あの鬼教師っ!!!
諏訪ともたつく自分の手元にイライラしながら着替えを済ませて更衣室を出ると、
「3分前。セーフだな、つまらん」
出てすぐの左側の壁に寄り掛かって待っていた諏訪が時間を確認した腕を下ろして、目の前を横切っていく。
「……はい?」
今、つまらん、とか言いませんでした?
「あれ? センセ、橘くんは待ってなくていいんですか」
「とっくに帰った」
「えぇぇぇー! 帰っちゃったんですか」
駅まで一緒に帰ってもらおうと思ってたのにな。優しそうに見えてそういうとこ気が利かない薄情モノ?? もしそうなら、ちょっとがっかり。一緒に汗を流して掃除した仲なのにぃ!
「ありがとうござました!」
電気が消され真っ暗になった道場内に一礼をして玄関へ降りる。
先に扉の前で待っている諏訪が、じっとあたしを見ていた。
「……? なんですか?」
何も言わない諏訪に首を捻る。
「1分前」
「すぐ出ます、出ますからっ」
容赦なく残り時間を読み上げるその言葉に、慌てて靴のつま先だけ突っ込んで走って出た。
すると。お決まりのように、靴紐をふんづけて前のめりになる。
「うあっ!」
荷物が手から気持ちいいほど勢い良く飛んで行き、転ぶ寸前、伸びてきた腕があたしを抱きとめた。
「あ、ありがとうございます……」
思わずしがみついた腕の持ち主にお礼を言う。
見上げるとまた、あたしをじっと見る。
「……センセ?」
「放してもらわないと、鍵が閉められないんだが。なんならこのまま放り込んでやるか?」
「やですっ!!」
掴んだままの腕のことだと気づいて、慌てて手を放した。
「ほら」
屈んで靴紐を結び直している所へ荷物を拾い上げてくれた諏訪が、それを差し出す。
意外な優しさに何かあるんじゃないかと、ちょっと引いた。
「あ……どうも……」
「時任、お前――」
手際よく鍵を閉めながら諏訪が言う。
「はい?」
「身長が止まった分、胸に発育が回って良かったな」
「……は? ……はああああああ~~~っ!?!?!?!?」
戸締りを終えて、ニヤリと笑った諏訪が振り返った。
どさくさに紛れて、そんな分析してんじゃないっ!!
こんのエロ教師ぃぃぃっ!!
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