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kiss.38 和みのひととき

 諏訪に連れて来られた店は、確かに中華料理店ではなかったものの。
 大通りを一本挟んだ奥にある、隠れ家的な雰囲気漂う小さな和食料理店。店内に足を踏み入れると離れになった奥の部屋へと案内された。
 あたしみたいなのを、敷居の高い店にばかり連れて歩く諏訪の気が知れない。

「あのさセンセ……」

 思わず声も極端に小さくなってしまうほど、明らかに場違いな店内の雰囲気に圧倒されてしまう。

「あたし普通にファミレスとかがいい」
「バカ言うな。俺は貸切出来る店か個室のある店以外行かない。当然店の料理が口に合うのが条件だ」
「はああっ!?」

 担任も持たない一高校教師のサラリーしか得ていない人物が言うセリフとも思えない。
 だけど諏訪はどこぞのお坊ちゃまという噂だし?そこを考慮すればあり得るのかもしれないけど。

「ねえセンセって、どれだけお金持ちなの? 働いてる意味が分かんない。ヒマ潰しとか言わないでよ?」
「悪かったな、暇潰しで」

 ……うっ、サイテー。

「貸切や個室にこだわる理由も分かんない」
「人前で食事をするのが嫌いなだけだ」
「あたしとは平気なくせに?」
「新種のサルは人とは呼ばない」

 このぉ!!!
 ぷるぷると怒りに震えるあたしを見つめて、くすくす笑う。

「図星指されてぐうの音も出ないか」

 ほんっと根性悪い、この男!!!
 タイミング良く料理が運ばれて来なければ、すぐにでも店を飛び出したのに。
 美味しそうなお造りの盛り合わせやら蟹やら天ぷらやらを所狭しとテーブルに並べられたら、部活上がりで空腹を訴え続けてた胃はぐうぐう鳴りだすし。

「うわっ、美味しそ~~~う!! お刺身大好き、カニ大好き~~!!」

 久々目にしたカニを前に我を忘れてバンザイするあたしを見て、諏訪が声を上げて大笑いした。

「……お前の反応は、小学生通り越して幼児並だな」

 メガネを外して目尻を押さえる仕草に、どきんと鼓動が脈打った。
 まるで爽やか好青年みたいだなんて思ってしまったから。 外したメガネを胸のポケットにしまいこんで、箸を持つ手に色気なんかを感じてしまったんだと思う。

「せっ、センセはさ! いつもこんな贅沢な食事してるの」
「なわけあるか。普段は家で食う」
「ひとりで食べてると淋しくない? あたしもたまにあるけど、なーんか食べた気しないっていうか」
「別になんとも」
「……だよね」

 鬼の諏訪が“淋しい”なんて言うワケないよね。

「けど最近、ひとりで食事が日常だった意識を誰かさんに変えられたせいで、その意見に同感せざるを得なくなった」
「……へっ?」

 誰かさんはきっとあたしなんだろうけど、言われた言葉に心当たりが全くない。

「必死になってしょうもない話をしながら幸せそうなアホ顔で。見てるこっちが胸やけする位の食いっぷりを見て、不思議と和んだ」
「いつの話ですかそれっ」
「卑猥発言した中華の時の話だ。おまけに女に払った食事代で過去最高金額叩き出したし。あれは一生忘れない」

 ……あら。あたしってばそんなに食べてたっけ?あの時は確か生理前でやたらお腹が空く時期っていうか……って待てよ?

「それってさ、あたしが食い地張ってるってことをさり気なーく嫌味で言ってるつもり?」
「これでも一応最大級の褒め言葉のつもりだ。素直に受け取れよバカ女」

 とか言いながら。綺麗な箸使いで焼き物に手を伸ばす。

「センセってさ、バカ女とかよくも生徒に言うよね!? それに素直に受け取って欲しいなら、もっとマシな言い方あると思うけど!」

 きつく噛みつけば、諏訪が意外にも途端に口黙る。

(言いすぎた……かな?)

 まさかね、と笑い飛ばしてる自分と。だけどひょっとしたら、と気になっている自分。

「食事が楽しいなんて感じたのは、あの時が初めてだ」

 一転素直に真面目口調で言われたら、どう反応していいのか対処に困る。
 じっと見つめ返されたわけじゃない。諏訪は黙々と食事を続けているのに、あたしひとりドキドキしたりして。
 なんかちょっと――舞い上がってる?

「え……ええっと、家で食べるってことはさ。少しは料理とかするんだ?」
「グラスの置き場所しか分からなくても、料理は出来るものなのか」
「……あー、それはムリ……」

 なんとか捻りだしたその場凌ぎの質問に、独身・ひとり暮らしの背景を垣間見て諏訪も普通の人なんだってちょっと安心した。 それにしたってグラスの置き場所しか知らないっていうのもどうかと思うけど。

「晩飯は使用人に用意させてるからな」
「使用人!? ひとり暮らしじゃなかったっけ?」
「ああ」
「それなのに、使用人がいるのっ?」

 疑問ばかりの連続に嫌気が差して来たのか、向かい側の諏訪の眉間にシワが寄る。

「炊事も家事も俺にしろっていうのか」

 その返事から推測するに、食事も掃除も洗濯も。その“使用人”とやらが全て代行しているらしい。
 前言撤回。やっぱりこの人を凡人と一緒にしちゃいけない。

 そうだよ! 大体、この店に来る時点からかなり常識外れだった。店には駐車スペースがないからって、近くにある一流ホテルのエントランスに車横付けで「車を頼む」のたったひと言で車置いてきた人なんだから。
 コインパーキングの存在を知らない訳でもあるまいし。タダ同然だから別にいいんだ、とか言っちゃってさ。
 ホントこの人一体なに様なのよっ!?

「大人でしょっ!? ひとり暮らしってことは自立してるんでしょぉっ!? しなきゃダメに決まってるじゃん!! あたしだってそれくらい出来るよ?」

 ラストのひと言が、効いたらしい。
 ひくりと、諏訪の頬が強張る瞬間を目撃してしまった。
 箸の動きがぴたりと止まる。ゆっくりと、アッシュグレイの瞳がばっちりあたしを捉えた。

 ――そうして。にんまりと、作り笑顔を浮かべたのだ。

(こ……怖いぃ~~~~っ!!)

 どんなホラーに出てくる魔物よりよっぽど恐怖だよ!!

「なら得意気なお前に、ぜひとも指導願おうか」
「し――指導? ってさそれは……」
「週末、俺の城へ招待してやるから手解きしてみせろ」

 人にモノを頼む態度にしたらかなり偉そうだけど。頷いても……いいんだろうか。
 自宅でふたりきりなんて危険なシチュエーションに、自ら飛び込むことに対しての危機感が働いていた。

(あ、でも使用人がいるっていってたし。ふたりきりじゃないんだ)

 それなら、と。

「いいよ。いいとこ見せて、センセのあたしを見る目、変えるんだから!」

 そうと決まれば目の前のご馳走を思う存分味あわせていただこう。
 箸の動きは終始止まることなく、綺麗に平らげたどころか釜めしのお代わりをいただいた。まだ食うだろ、と諏訪が追加してくれた5品もまたあっさりと。

「美味しかったぁ!」

 箸を置き手を合わせ感謝するあたしを、微笑ましく見つめる諏訪と目が合った。

「満足か」
「あ……うん」

 妙に優しくされたら調子狂っちゃうよ。  

 ***

 店を出てホテルへ戻る。外はすっかり暗くなっていた。家に食事をしてくることは伝えていたけど、予想以上に遅い時間になっていたから携帯を取り出して連絡を入れることにした。

「あ、お母さん? …うん、食事今食べ終わってこれから帰るね。――え? あ、大丈夫。送ってもらうし…えっ、あーごめん紗枝とじゃないんだ。…だっ、誰だってっ……へっ? なんで?  …鋭いねお母さん……い、いいってば! ――う……分かった。ちょっと待ってて」

 重いため息をひとつ。通話口を塞ぎながら隣の諏訪を見上げた。

「……あのセンセ?」
「なんだ」
「うちの母親がお礼がてら挨拶したいそうなんですけど……」

 紗枝と食事してくるって言ったけど、“送ってもらうって?”と鋭い突っ込みを入れてきた母親にはすぐバレた。

 腰が抜けて動けないあたしを送り届けてもらったり、中華料理店でご馳走になった話(もちろんいろいろ不都合部分は割愛させてもらって)をしていたこともあって、 最近の『剣道部顧問・諏訪』は母親の中では“ますます”好印象だったりするんだ。

“諏訪先生って若いし格好いいじゃない。あの声がまたステキねぇ~! お母さんすっかりファンよ”
 
 高校に入って初めての大会を応援に来た母親は、間近で見た諏訪の感想をあたしの試合そっちのけで延々家で熱く語っていたくらいなんだ。

(あんまり会話して欲しくないんだけどな)

 あたしの願いとは裏腹に、諏訪はすぐに黙って手を差し出した。“電話を貸せ”ということらしい。

「お電話代わりました。諏訪です」

 バカ丁寧な口調に背筋がゾクゾクした。授業の時より格段に愛想がいいのは、父兄相手なら当然なのかな。

「――いいえ。いつも無理を言ってるのはこちらで。……ええ、私はそのつもりなんですが本人がなかなか」

 ん?なんの話?あたしのこと?
 挨拶するだけがすっかり話しこんでる様子に、次第に不安を覚えたあたしは漏れる声を拾おうとしたけど無理だった。
 楽しそうに笑いながら一体なににそれだけ盛り上がってるんだか。

「それは非常に心強いですね。……ええ、頑張ります。この週末にも家へ呼びましたが、きちんと帰しますのでご心配なく」
「ちょっ……!」

 そんな話までしてどういうつもりよっ。

「はい、では失礼します」

 結局延々ホテルに着くまでの5分少々。諏訪とお母さんは話しっ放しだった。
 返って来た携帯をポケットにしまいこんで、睨みつける。

「週末の話までしなくてもいいじゃない!」
「お前が話す手間を省いてやったんだろうが」
「……センセんち行くなんて言うつもりなかったのに」
「宿泊許可くらい簡単に取れそうな雰囲気だったぞ」
「はぁぁぁぁぁっ!?」

 大絶叫のタイミングと共に、駐車場から出してもらっていた諏訪の車が目の前に滑り込んだ。運転席から姿を見せた黒スーツの係員がすかさず助手席に回って扉を開けてくれたから、足早に乗り込んだけど。
 家に着くまでの車中はずっと、諏訪を非難し続けたんだ。
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